由祈視点で奇令のセリフが長い回

「アナタ、人を殺したことがありますねぇ」

目の前の彼はなんの前触れもなく現れて、なんの前置きもなく、極自然のようにそう言った。明るい髪色と耳に付けられた複数のピアスが目を引いた彼は口角から牙のような犬歯をむき出しにして笑っている。ある日曜の昼下がり、ファミレスのボックス席でチョコレートパフェを突いていると、名前も知らない赤の他人である筈の彼はなんの断りもなく私の目の前に座ったのだ。私は何も答えなかった。ただ黙って、ゴリゴリと音を立てながらスプーンをコーンフレークに突き刺してた。


「血の匂いはどうでした?肉を引き裂く感触はどうでした?凶器の感触はどうでした?悲鳴は心地よかったですか?壁の色は何色でしたか?憎かったから殺したんですか?好奇心で殺したんですか?逃げたくて殺したんですか?会いたくて殺したんですか?幸せになりたくて殺したんですか?不幸になりたくて殺したんですか?憧れたから殺したんですか?普通になりたくて殺したんですか?異端になりたくて殺したんですか?勝ちたくて殺したんですか?負けたくて殺したんですか?生きたくて殺したんですか?離れたくて殺したんですか?近づきたくて殺したんですか?嬉しくて殺したんですか?悲しくて殺したんですか?楽になりたくて殺したんですか?死にたくて殺したんですか?証明したくて殺したんですか?消したくて殺したんですか?償うために殺したんですか?隠したくて殺したんですか?正しくありたいから殺したんですか?悪になりたいから殺したんですか?嘘を吐くために殺したんですか?重ねたから殺したんですか?守りたくて殺したんですか?壊したくて殺したんですか?復讐したくて殺したんですか?好きだから殺したんですか?嫌いだから殺したんですか?無関心だから殺したんですか?楽しくて殺したんですか?必要とされたくて殺したんですか?衝動的に殺したんですか?理由なんて無くて殺したんですか?」


私は黙っていた。何をどう解釈するかは人それぞれなのだ。それにあながち間違ってもいないので特に否定も肯定もしない。額にじくじくと痛みが走って指先で押さえつける。彼は初めから私の返答なんて気にしていないかのように、一切の興味もないかのように言葉を続けた。

「方法はなんですか?縊殺ですか?殴殺ですか?虐殺ですか?絞殺ですか?強殺ですか?故殺ですか?誤殺ですか?惨殺ですか?斬殺ですか?刺殺ですか?射殺ですか?銃殺ですか?焼殺ですか?磔殺ですか?毒殺ですか?爆殺ですか?撲殺ですか?密殺ですか?薬殺ですか?轢殺ですか?」

私は黙っていた。コーンフレークのところをアイスと絡めて作ったパフェの美味しい部分の寄せ集めを自らの口にちまちまと運び続けている。口内にゆっくり染み渡る冷たい甘さ。目の前の彼は右手で頬杖をついて私に向けて言葉を発する。それにしてもよく回る舌だと思った。


「答えなくても分かります、アナタからは強い死の匂いがします、死を願う匂い、死を恨む匂い、人殺しの匂い、おれとは違う匂い、もっと暗くてもっと後ろめたい、アナタには殺してでも隠し続けたい過去がありますねぇ?」

私は黙って聞いていた。

「快楽殺人じゃあないのなら、貴方が殺したのはどんな人ですか?優しい人ですか?怖い人ですか?弱い人ですか?強い人ですか?普通な人ですか?異常な人ですか?健康な人ですか?病んだ人ですか?正常な人ですか?壊れた人ですか?理性的な人ですか?本能的な人ですか?幸せな人ですか?不幸な人ですか?無機質な人ですか?暗い人ですか?明るい人ですか?好かれてる人ですか?嫌われてる人ですか?冷たい人ですか?暖かい人ですか?憎まれる人ですか?忘れられる人ですか?」

私が黙っていた。今口に含んでいるチョコレートのような甘い笑みを浮かべた彼は袖から覗く掌を私の髪に伸ばしてきて、私はゆっくり目を逸らす。


「んー、アナタは人殺しだけどいい子なんですねぇ、可哀想な子ですね、イイコイイコ」

彼は私の頭にポンポンと手を乗せて、軽く整えるように撫でてきたが、最初に述べた通り名前も何も知らない赤の他人である。チラリと眼球を動かすと彼の金色の瞳に映る自分はヤケに余裕が無いように見えた。猫のように細められた瞳に全てを見透かされた気になって、居心地の悪さと共に奇妙な既視感を覚える。

「……もしかして、神園くんの知り合いですか?」

唇を動かすと、彼は目をぱちくりとさせて、私の記憶と重なる笑みを浮かべた。

「よく分かったねぇ、再従兄弟なんだよぉ、義理だけどね」


▼ E N D

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る