閑野由祈の中学時代
私は正直、人が亡くなる事に意味を見出す事ができないのです。先日、母さんが亡くなった時も、別に、そうなんだ、ふーん。なんて他人事だった訳でして。両親に養子として引き取られた私は言葉通り『他人』だったのだけど。私が見たのはいつだってモノクロの額縁の中の世界なのです。中と外の境界線を飛び越えることは一部例外を除き完全不可。どんなに辛いことがあっても全ては額縁内で完結した出来事でしかないのだ。モノクロの世界で息をする。全てが夢でしかないならば、私はきっと生きていける。
中学校の屋上、白い柵の隙間から眼下に広がる街並みはいつも通りで、頭上に果てなく広がった青空はあまりにも眩しすぎる。あの日から止まない頭痛。閉じた瞳の奥で赤い魚がモノクロの海流で揺れて、弾けた。
「青く澄んだ空と透明な海の明確な違いはなんだろう」
「面白いことを考えますね……沈むか、沈まないか、じゃないですか?」
「えっ?」
空虚に投げかけた疑問に答えが返ってくきた。驚いて振り向いた先にいたのは、クラスメイトだ。きっちりと着こなされた皺ひとつないブレザー制服。目が合うとにっこり細められた真紅の瞳が印象的だと思う。私はぽかんと口を開けた。立ち入り禁止の屋上で日向ぼっこをする性質の人間が私以外にもいるとは思わなかったのです。しかし、どう見ても彼が自分と同じような後ろ暗さを背負っている風には思えない。
「えーっと、確か私のクラスメイトだよね、神園四季くん」
「おや、意外ですね、貴女は他人にあまり興味を示さないタイプかと勘違いをしていましたよ」
「えぇ?クラスメイトの名前位はフツーに覚えているよ」
笑みを崩さずに言い放った神園くんは私の隣に立って同じように手すりにもたれる。本当は教室から後ろに誰かが付いてきていることには気づいていた。貴重な休み時間に人をつける物好きもいるのだなと思っていたくらいで、まさかこうやって声をかけられるとは予想外である。私が微笑み返すと神園くんは顎に人差し指をあて、首を傾げた。
「流石学年一位さん、それにしても貴女は随分と変わってますね」
「うん?そうかな?フツーじゃない?」
「ところでこんな場所で何してるんですか?」
「昼間の光に焼かれながら、空と海の違いについて考えていたの」
「後味が悪いのでここから飛び降りるだなんて馬鹿なことは考えないでくださいよ」
「……なんですか、神園くんってば不思議なこと言うね」
世間に紛れたやたらと勘の良い人間というのは総じて厄介なのだ。学校で紐なしバンジージャンプを決行出来るほど私はアグレッシブになれない。自殺なんて考えはないけれど、スッと地上からいなくなれたらどんなに楽だろうと考えたことならある。私の感情はとうの昔に死に至らしめられた。あの日からずっと、私は頭に痛みを抱えて深い海を沈み続けている。
「色が見える仕組みってご存じですか?」
「錐体細胞の刺激についてのこと?なんとなくで良いなら分かるけど」
「僕は今この瞬間、貴女と違う空を見ている可能性だってあると思っています、まあ、僕と貴女に限った話ではありませんが」
「……神園くんって意外と口下手だったりする?」
目の前に差し出される小指。無責任な約束だ、ペラペラの偽善なのだ。けれど私は、不思議と自然に指切りをした。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないです、とにかく、自殺は止めてくださいね」
「君がそこまで言うのなら」
▼ E N D
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