四季から見た閑野由祈とは
「誰の目にも映らない透明人間と肉体を持たない幽霊の違いはなんだろう」
「生きてるか、死んでるか、の違いじゃないですか?」
僕の答えに口元だけを歪めて柔らかな笑みを溢した彼女は本当ではない偽物で、きっと誰の目に見えないのだ。
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「神園くんったら図書室で勉強?なんだか、奇遇だね」
いつだって窓際の席をキープする彼女は俺のクラスメイトだ。確か、名前はシズノさん。漢字は忘れてしまったけれど、音はあっているはずだ。シズノさんは学期末の試験で全教科満点を叩き出した優等生。クラスの誰かは彼女を化け物なんて言っていたっけ、あまり興味が無かったので詳しいことは聞いていないけれど。屋上での会話以降、僕らは知人以上親友未満の緩やかな交友を続けていた。余談だが、世間一般ではこれを友達と呼ぶらしい。
僕がシズノさんと話すうちに気がついたことは幾つかある。まず一つはシズノさんは自身が何者なのかをあまり周囲に悟らせないということだ。もしかしたら、目の前にいる筈のシズノさんはこの世のどこにも存在していないのかもしれないと思わせるような。生きているのに死んでいるような。おかしな話だが、彼女の存在は幽霊や透明人間に近い。空白というより、むしろ透けているのだ。これだけ目立つ存在の筈なのに、誰もが数年後には忘れてしまえる雰囲気がある。
「希死念慮について調べてみようかと思ったんですよ」
「それ、中学生が読む内容じゃないね」
今日も神園くんは不思議な感じだね、とシズノさんは小首をかしげた。もう一つ分かったことは、具体的な理由は分からないけれど彼女は希死念慮、つまり漠然と死を願っているということだ。僕には理解できない感覚だと思う。シズノさんは僕が目の前の席に座ったのを確認すると視線を本に落とした。夕日に照らされながら細い指先でページを捲る姿は澄み切っていて、まさに深窓の令嬢という言葉がぴったりくる。彼女が夢中で活字を追いかけている本のタイトルは『Alice's Adventures in Wonderland(不思議の国のアリス)』、原文で読んでいる辺りがなんとも彼女らしい。
空の椅子に囲まれた木製のテーブルの上には先程僕が哲学の棚から拝借した数冊の本があったけれど、シズノさんを見ていたらなんとなく読む気が起きなくて、僕は右手で頬杖をついた。色素の抜け落ちたような白い肌、伏せ目がちな左右の色が違う瞳の上では長い睫が揺れる。今日も彼女の真実は見えない。元より姿かたちのないものを掴むことは到底不可能なのだ。けれど、それでも良いと思える。元々僕らの性格上、干渉しないからこそ成り立っているような関係なのだ。僕はきっとこれからもずっとシズノさんの本当を見ることはないのだろう。そんなこと考えているといつの間にか本を閉じていたシズノさんは僕の目を見返して楽しげに問いかける。
「神園くんはウミガメのスープって知ってる?」
「シチュエーションパズル、水平思考問題の類ですね」
「わー、やっぱり知ってるんだ」
神園くんはそういうの得意そうだよね。そう言ってシズノさんは悪戯好きな女の子さながら無邪気に笑う。その笑顔を見るのはそれなりに好きだった。
▼ E N D
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