【Do you know what real love is?Sacrifice.】

喫茶店の扉の前。仁王立ちで僕を睨む少女に見覚えはない。そこに居られると入店できない、困った。無理やり押しのけるという手もあるけれど、年下の女の子に手荒な真似をするのもなんだかなぁと思い。僕はあえて冷たく睨む視線を受け止めた。しかし彼女としては僕が視線を受け止め見返すことさえ気に触るのか、幼い顔立ちが憎悪に歪んだ。


「ねえ、」

呟かれた言葉は風に流されそうな小さい声だったが、不思議とクリアに響いて耳に届く。高く女の子らしい声。よく見ると彼女は妹の中学と同じ制服を身に付けていた。

「……真実の愛って、なんだか知ってる?」

眉間に皺を寄せた彼女は悔しげに自らの茶髪に触れる。握られた拳は真っ白で。僕は何も答えずに首を傾げ、彼女のか細い言葉に耳を傾けた。すると俯き震え出す彼女。その様子に思わず、大丈夫ですか?と声をかける。

「どうして……こんな男が」

途端。弾かれたように顔を上げた彼女と目が合う。あ、ミスった。憎しみに満ちた双眸。激情に駆られた手が学生鞄を荒々しく探り、その手が銀色を掴み出した。小ぶりの鋏。鷲掴みにされたそれが鈍く光を反射する。大きく足を踏み出して、勢いのまま右手が高く振り上げられる。予想外の行動に目を丸くする僕。だが、みすみす刺される気は、ない。


動作は遅れたが、振り下ろされた鋏を間一髪で避けることはできた。けれど、刃物を持って襲ってくる人間に背中を向けることはできない。どうする。そもそも彼女は誰だ?思考を回し。次の動きを迷ったせいで隙ができた。持ち直された切っ先がまっすぐに突き出される。


刹那、殴られたような痛み。シャツに広がる赤。直前、右手で彼女の手首を掴んだ。でも勢いを殺すことはできなかった。腹部に刃物が突き刺さり、感じたことのない痛みに脂汗が浮かぶ。僕はより深く刺し込もうとする彼女の手首を必死に掴んで抑えた。


悲鳴が周囲を包み込む。僕らの異様な雰囲気に気付いた通行人の声だ。僕を刺した彼女が目を開き、その顔には恐怖が広がった。そして逃げ出そうとする彼女。掴まれたままの手首。逃がさない。逃がしてやるものか、僕を刺した上に逃亡なんてさせない。それに。


「貴女に、とって、愛、とは?」

僕は先程の彼女の質問の答えを聞いていない。腹に刺さったままの切っ先が傷口を広げるのも構わずに口を動かす。彼女は、アンタが悪い、私は悪くないと叫ぶ。暴れる腕を意地でも離すかと手に力を込め。「なあ、」繰り返し尋ねる。彼女はまるで化け物を見るような目で僕を捉えた。


「ひっ……ちがっ、こんなつもりじゃ」

「答えて、」

「あ、アンタが悪いのよ!私は悪くない!離せ!離せ!離せ離せ離せえええ!!!」

「、なあ」

いつまでも答えない彼女に苛立ち。空いた左手を振り上げ、頬を叩く。思ったより鋭い音が響いた。彼女の身体の痙攣は止み、そのまま膝から崩れ落ちる。遠くに聞こえるけたたましいサイレン音。親切な誰かが呼んだらしい。問いに答えず、気絶した彼女。なんだか拍子抜けだと気が緩み。救急車のサイレンをBGMに僕の視界は暗転した。


▼ E N D

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