四季と奇令の墓参り

中二の夏休み、母さんが焼かれて白い煙になって風に揺られながらのぼっていった、僕は母の葬式のことを思い出した。父さんに肩を抱かれながら泣くんじゃないと囁かれたけれど、声と腕はぐちゃぐちゃに震えていたので僕ではなく自分に言い聞かせていた言葉だったのかもしれない。煙と灰になった母さんは僕の生みの親ではないけれど、共に過ごした日々は暖かかった。片手で数えても指が余るような短い年月だったけれど。彼女は確かに僕の母親だったのだ。


家から持ってきた湿気たお線香は中々火を受け入れてくれなくて少々手間取ってしまったけれど、きちんと燻る赤い先端には安心出来た。背後には灰色の墓を見つめている金色の目が二つある。先程から僕の後をつけていた男は僕の再従兄弟で名前は空喰奇令(そらばみきれい)。僕の四歳年上な彼は従兄弟叔父の再婚相手の連れ子なので血の繋がりはないし、ハッキリと言ってしまえば赤の他人である。奇令さんと母さんは関わりは無い筈だが、あまりにもじっくり眺めているのでなんだか気味が悪くなる。僕が声をかけると顔は動かさず視線だけを向けて鋭い犬歯を見せて笑いかけてきた。正直に言えば、僕は奇令さんが苦手である。


「暑いねぇ」

「そうですね……」

「アイス食べたくない?四季くんが好きなやつコンビニで買ってきたんだけど」

「いつ買ったんですか、要りませんよ、というか確実に溶けてますよ」

袖から覗く指先で差し出されたコンビニ袋は汗をかいていて、奇令さんの白い顎にも透明な雫が伝っている。ビニール越しに見えたアイスのメーカーは確かに僕の好きなモノばかりだったけれど、彼が選んだという事実を考えると受け取る気にはなれなかった。というか、なんでこんな日にも長袖のセーターを着ているんだこの人は。見ているだけで暑苦しい。

「ねぇーえ!四季くん学校の宿題終わったぁ?」

「……粗方は七月中に終わらせましたよ」

「凄いねぇっ!流石だねぇっ!おれなんて夏休みの宿題はぜぇんぶ、最終日に片付けてたよ」

「そうなんですか……じゃなくて」

「偉いと思うなぁっ!……うん、なぁに?」

「母さんに何か思い入れでもあったんですか?」

「うーん、数回会ったくらいだなぁ?髪が綺麗な人だよね?あんまり記憶にないや、ごめんねぇ」


そう言って、目を細めて白い歯を見せて笑う奇令さん。向けられた方が戸惑ってしまうような、明るく無邪気で無防備な笑顔。

「じゃあ、なんで墓参りなんて来たんですか?」

「四季くんとお喋りしたかったからだよ?別に墓地でも公園でもそんなに変わらないし」

す、と奇令さんの両目が墓へと向いたが、一瞬のことだった。理由は分からないが、奇令さんは僕に構うのが好きらしい。住んでる場所が遠い為、あまり顔を合わせることはないが、会うと必ずと言って良いほど話しかけてくる。赤い目だから目立つと言うのだけれど、別にそこまで珍しくもないだろう。それに、僕からしたら奇令さんの方が目立つと思う。明るい髪色に耳につけられた複数のピアス、なにより雰囲気が無駄に人目を引くのだ。どんな時でもニコッと崩れない微笑。少し話せば直ぐに気がつく不気味な違和感。


「いつものことだけどさぁ、人間ってただ死んだだけなのに処理とか手続きとか面倒臭いのー」

「死んだだけって……」

「食べて遊んで寝て起きて働いて、男女でえっちぃことして産まれて、ある日コロンって動かなくなるんだよ、それだけのことなのに皆大げさに騒ぐよね」

熱い風が吹いて、墓地の周りを囲んでいる木々が微かに葉を鳴らした。僕は外見だけで相手を判断出来るような技術はないし、数回会っただけで相手の本質が見抜けると思う程、傲慢ではないつもりだけど。やっぱり、この人はおかしいのだと思う。唐突に目の前に伸びてきた掌が髪に触れそうになって、僕はその手を叩き落とした。乾いた音を響かせた奇令さんの手は行き場をなくして宙を彷徨っている。僕が睨みつけると奇令さんは首を傾げてから、相変わらず犬歯が見せて笑った。


二日前、彼の足元に転がっていた赤いボロ切れがかつて生きていた動物だと気がついたのは、腕から幽かに香る鳥肌が立つ赤のせいだった。近頃、お茶の間のニュース番組を騒がせている連続猫虐待殺傷事件の犯人はおそらく奇令さんだ。僕は殺している現場を直接見た訳では無いが、きっと彼は夜な夜な公園に集まった野良猫を殺害していたのだと思う。隣で話しかけてくる奇令さんに何も返さずに僕は歩き始めた。

「おれねぇ、四季くんの目が好きだよ、血がそのまま浮き出たみたいな赤い瞳、ホルマリン漬けにして飾りたいくらい素敵だと思うけど、賢くてお利口さんな四季くんが盲目になるのは可哀想だから、死ぬまでは抉るの我慢するよ」

嗚呼、気持ち悪い。


▼ E N D

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