四季がクラスメイトと寝た話

日常。それは当たり前に繰り返される日々を言う。例え、緩やかで穏やかなものだとしても、破滅的に狂っていても、変わらずに繰り返されるものならばそれは日常なのだ。日常は常に目の前にある。もし、非日常的な何かが起きたとしても所詮は日常という敷かれたレールの一部でしかないのだ。


ホテルを出て別れ際、男に呼び止められた。

「はい、四季くん」

差し出された五枚の福沢諭吉が無機質にこちらを見ている。ホ別3、ラブホテル代含まない三万円のつもりだったのだけど。

「こんなに要らないんですけど……」

「いいよ、気持ちよかったからサービスしてあげる、次もよろしくね」

今回の男は……名前なんだっけ、朝だか夜だかなんちゃらさん。面倒だから朝比奈(仮名)でいいや。朝比奈さんは上質なスーツをかっこよく着こなす四十代位の男性だ。仕事は金融関係とかなんとか言ってたけど、本当かは知らない。羽振りは悪くないから、どのみち稼いではいるのかな。


「……ありがとうございます」

朝比奈さんは別れ際にはいつも、初めにこちらが提示した額よりも多く金をくれる。最初は断るが、受け取るまで帰ってくれず、別段あって困る物でもないので結局はそのお金を受け取っている。彼の左手薬指にはリングの跡、泥酔した彼から聞いた話によると既婚者で子供もいるようだった。正直、援交相手の僕にベラベラと喋ることでは無いと思う。何をする訳でもないけれど。朝比奈さんはセックスが上手いし、顔もそこそこ好みだから、タダでも良いんだけどな。名前はうろ覚えだけど。


援助交際は気持ちいいからやっているだけ。金は一応貰うが、形式的なものだ。万札であれば額にそこまで拘りはない。小さく手を振り、朝比奈さんの姿を見送っていると、突然。カシャリ。少し距離のある電柱の方からシャッターの音がした。僕の持っているスマートフォンと同機種のカメラ撮影の音だ。少し驚き目をやると、そこには僕の高校と同じ制服を着た男がいた。電灯の明かりに照らされた顔は、見覚えがある。クラスメイトだ。彼はゆっくりとスマートフォンを持つ右手を下ろし、思いつめた顔をしていた。


「高校生がこんな時間にラブホ街に居ると補導されますよ」

僕はにこり、と一見害の無さそうな笑顔を貼り付けて彼に近寄る。

「い、家に帰ろうとしたら道に迷ったんだよ……」

「そうなんですか、それは災難でしたね」

「……神園、お前、さっきの」

ゆっくりと距離を縮めていた僕は彼の目の前に立ち、首を傾げた。言い訳はいくらでも浮かんだ、誤魔化そうと思えば出来る。でも言い逃れする気は無かった。最も彼は周囲には言わない、言えるはずがない。確信がある。

「そうですよ、って言ったら、どうします?」

「…っ、おまっ、俺は!」

「……僕のこと、嫌いになりましたか?」


顔を近づけ、彼の頬に左手を添えて目を細める。彼が僕を好いていたのは知っていた。彼が僕に向けている感情はLIKEではなくてLOVE。周りが気づかないのが不思議なくらい視線はあからさまだった。彼は綺麗な顔をしていたし、運動部のエースだかなんかで、女子生徒にもモテていた。正直、彼が僕の何処に惹かれたのかは謎だ。まあ、告白されることもなければ、実害も無かったので放置していたのだが。今は少し後悔している。


「き、嫌いになった、って言ったら、どうすんだよ」

目の前のクラスメイトは、何かに耐えるように言う。わかりやすいなあ。僕はスマートフォンを握る彼の右手を指先で撫で、耳元で囁く。

「僕は好きですよ」


好きな子が男とラブホから出てきて、金を受け取っているところを目撃した。なんて、まるでチープな漫画みたいなシチュエーション。視界に収まる、先程とは違うホテルの天井。覆いかぶさってくるクラスメイト。ぴったり当てはまる予想通りの展開。男子高校生なんて、一にエロ、二にエロ、三にエロってくらいにエロいことしか頭に入ってないのだ。撮られた写真は彼のスマートフォンの中。暗証番号は設定していないようで、不用心だと思った。楽だから良いけど。


「俺、本当に、神園のこと、好きなんだよ、神園、好き」

天井のライトに照らされるクラスメイトの顔は、ココロとカラダがバラバラになったような笑顔だ。まるで無理やり繋げた継ぎ接ぎみたいにぎこちなくて、少し泣きそうにも見える。やっぱり綺麗だなって思った。好みかもしれない。でも、それだけだ。僕は自分の日常から逃れようとも思っていなければ、変えようとも思っていない。それは、彼が何をしたところで揺らぐことはないだろう。何故なら僕はこの日常に満足しているからだ。


▼ E N D

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