四季くんの妹の咲々良視点の話

光は波長によって色が違う、赤、橙、黄、緑、青、 藍、紫、この色が太陽の光の色である。光には長さがあり、一番短いのが紫色で一番長い波長が赤色だ。これらの光は全て大気中の空気の分子にぶつかって、色々な方向に屈折し飛んでいく、中でも藍色や紫色、青色がよく飛んでいきやすい。その為、空は青く見えるのだ。


固く閉ざされた瞳は全ての光を遮断する。眼球に広がるのは闇だけの筈だが、何故か目の前に見えるのは切り裂かれてズタボロになったぬいぐるみの山。真ん中に立つのは私よりも年下であろう少女だった。私は床に散らばる綿を迷う事なく踏みつけ、君がやったのか?と問う。少女はいいえ?やったのは貴女よ、とシニカルな笑みを返した。


足元を見れば、鋭利な刃物で首が切られた物、両腕を切断された物、無理矢理引き千切られたのか、水色の山が腹部から溢れ出ている物もある。バラバラになったぬいぐるみをもう一度直そうとした形跡が見られるものまであった。継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみは大きく首を傾け、此方を見つめる片目はずるりと落ちそうだ。


顔を上げれば、いつの間にか目の前には少女がいて驚く。よくよく見てみると、少女の顔はどこかで見たことがある。確か、君は。私が口を動かすと。視界は暗転。純粋な闇に戻る。微かに浮上する意識。そろそろ目を覚まさないと兄がこの部屋に入って来てしまう、兄は優しく心配性なのだ。私は重くて仕方がない瞼を持ち上げた。


眠い目を擦りながら起き上がり、のんびりとした動きでベッドから下りた。現在、私の部屋には百個近くのぬいぐるみが飾られている。勿論、夢の中で見たぬいぐるみの様に散らばっているわけでもなければ、バラバラになっているわけでもない。ごく普通のぬいぐるみが飾ってあるのだ。まあ、こんなにぬいぐるみがある時点で普通ではないけど。私は熱の篭った寝巻きを脱ぎ、タンクトップにショートパンツというラフな私服に着替える。今日は土曜日で学校は休み、明日は日曜日だから今日の夜も夜更かしが出来るのだ。そう考えると少し気分が明るくなった。


ドアを開けて廊下に出ると視界に飛び込んできた、兄の足。スラックスから覗く足首と切りそろえられた綺麗な爪が私の頭より少し高い位置にある。相変わらず色が白くて羨ましい限りです。血の繋がらない私とは文字通り遺伝子から違うのだ。下を見れば、赤いネクタイが顔にかかった兄がいた。床に手をついて足を天井に向ける。壁に頼らないバランス感覚が素晴らしい。


「どうして逆立ちなんてしてるのよ」

廊下のど真ん中で尋ねる。通せんぼの様に存在する逆さまの兄に半目を向ける妹、シュール過ぎるシチュエーションである。兄は器用に首を傾げ、逆立ち健康法、と答えた。

「なにそれ」

「知らないんですか?逆立ちが脳の働きに良いとか、血行が良くなるんです、妹もやりませんか?賢くなりますよ」

「お兄ちゃんはもう完全無欠な天才くんだからやる必要ないでしょ、私はお兄ちゃんに助けてもらうから馬鹿でも平気」


兄はいきなりつま先を私の方に倒してきた。距離があるので蹴られる心配性はないが、少しビビる。体勢を崩した兄は床に踵をつけ、私よりも高い位置に頭を置いた。兄は現人類のあるべき姿、二足歩行に戻ったのだ。進化の過程を見た!前を歩く兄に向けて私は手をぱちぱちと叩く。

「……?なにしてるんですか、さっさと朝食を食べてください」

お前に言われたくねえよ。


クーラーの効いたリビングで呑気にトーストをかじる私と反対に、忙しなく家事を済ませていく兄。チラチラと時計を確認していたので予定があるみたいだ。兄は休日にも関わらず、しょっちゅう制服姿で出かける。それも、自分の高校の制服ではなく、適当に実在する学校の制服を通販ショップで購入して着ているようだった。


私の兄は所謂、援助交際というモノをしているらしい。らしい、というのは実際している現場を私が見た訳では無いからだ。なんとなくの女の勘。きっと賢い兄のことだ、私が気づいていることには勘づいている。隠す気があるのか、無いのか。よく分からない。誰にだって知られたくないことのひとつやふたつあるのだ。それは家族ですら例外ではない。私が今朝見た夢のように。どっちにしろ、私の兄には変わらないから良いのだけど。


「じゃあ、行ってきます、留守番よろしくお願いします」

ローファーを履きながら兄は言った。私は出来る妹なのでわざわざ涼しい極楽浄土なリビングから暑苦しい玄関へ兄を見送りに来たのだ。

「へいへいほー」

間抜けな返事に兄はくすりと笑う。ドアが閉めるまでの間、一瞬見えた空は何故かいつもより鮮やかな気がした。昔、兄は色の知覚というのは光の波長の変化により脳が起こす現象だと話していた。だから、空自体に色がついているのではなく、光の錯覚で青く見えるのだ、と。私の兄は優しくて賢い、理想の兄だ。昔から馬鹿な私の些細な疑問に答えてくれる。兄が隠しているつもりならわざわざ知ろうとは思わないけれど。きっと援助交際をする理由だって、私が尋ねれば兄は答えてくれるのだろう。


▼ E N D

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