無償の愛では重すぎる
ハビィ(ハンネ変えた。)
神園四季とモブとの会話
人間は様々な色を認識するが、実は見ている物体自体に色が付いているわけではない。大体の人間は林檎が赤いと思うけれど、それは正しいとは言えないのだ。色というのは光が物体に反射して見える反射光のことで、目を通して入ってきた光から人の脳が勝手に作り出したものでしかない。だから、隣同士で「綺麗な空だ」と言っても、違う景色として見ている可能性だってあるのだ。
「……四季くんさあ、もうやめない?」
「はい?」
太ももあたりまでに感じるぬるりとしたものの不快感に眉をひそめていると、ベッドに腰掛ける男は言った。男の名前は……なんだっけ、なんちゃら川さん、多分。とりあえず、水鳥川(仮名)さんで良いか。彼の本名なんてシャワー中に撮った免許証の写真を見ればわかることだ、大して興味もないけれど。水鳥川さんは、まあ顔は悪くない、テクニックもそれなり、羽振りはサイコー。愚痴と持論語りが大好きなのがマイナス点だが、彼女は別に居るらしく、ガチ惚れされる心配はない。
「誰かと寝るのはもうやめなよ、援交なんて今回で最後にしよう」
「理由はなんですか」
僕は極めて冷静に、鋭くそう聞き返す。絶対に引くつもりは無い、言う通りにする義理も無かった。振り返ると無機質な顔の水鳥川さんと目が合う。彼は不機嫌を隠そうともせずに膝を指先でトントンと叩いていた。幼稚だ。まるで強請ったおもちゃが手に入らなくて癇癪を起こす子供みたいだ。干渉してこないのが彼の長所だった気がするんだけどな。
「君は顔だって綺麗で頭も良い、彼女でも作って真っ当に生きたらどうだい」
「真っ当、ですか、お金払って未成年と寝てる貴方には言われたくないですね、それを言うなら貴方からやめてみたらどうですか」
「だから、それは無理だって何度も言ってるじゃないか」
「なら、僕もやめません」
「頑固だなぁ」
きちんと処理しないと腹を下すのだ、彼だって分かっている筈だ。話は終わりか?とばかりに睨みつければ、水鳥川さんはご機嫌取りのように缶ビールを差し出した。ちなみに、ここは彼の家ではなくラブホテルの一室だ。
「……なんですか?」
「あれっ、見てわかんない?酒だよ酒」
「僕、未成年なんですけど……いりませんよ」
「優等生かよ!真面目だな、こんだけインモラルなことしてる癖に」
水鳥川さんは何が面白いのか、けたけた笑いながら近所のコンビニで買ったらしい缶ビールを開けた。まだ飲み始めたばかりだろ。水鳥川さんは既にアルコールが回ったかのように上機嫌である。
「……腹痛に苦しむのは嫌なのでシャワー行ってきますね」
「おー、行ってこい行ってこい、あと、さっきの話はマジだからな、俺から見れば、君は真っ当に生きた方が似合ってるよ」
僕は何も答えずに部屋を出た。似合って見える、か。視覚というのは、脳が光の反射で起こす錯覚に過ぎない、所詮見える色や形は人によって違うのだ。僕と水鳥川さんに関わらず、誰だって見える景色が他者と完全一致することは無い。認識しているものが違うなら、理解出来ないのは当たり前のことだと思う。シャワールームの鏡を見ると感情の剥がれた鋭い目が映り込んだ。もう水鳥川さんと遊ぶことはないんだろうな。嫌いじゃなかったんだけど。僕はシャワールームの床を流れる白濁を横目に、今日はハズレだな、と簡素な感想を抱いた。
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