妹の異常性
誰一人としてマトモな人間など存在しない。存在したとしても、それは上っ面だけで本当にマトモな人間なんて、この世に誰一人として存在しないのだ。それでも世間一般の人間達は自身が抱える異常性を隠すように無意味な社交辞令の笑顔を交わし、話したくもない他者と会話をし、この世界で生きている。ご苦労なことだ。
私、神園咲々良(かみぞの ささら)は普通じゃない。それを自覚したのは小学三年生の冬。人っ子一人いない公園、ベンチの上で右側に頭を置き横たわった状態で泣き叫んでいるのは当時私を虐めていたクラスメイトの女の子。ガムテープで彼女の背に固定された両腕を左足で踏みつけ、私は自分の右ポケットの中に入れていた小瓶を弄ぶ。彼女の両手首に土で汚れた外履きを押し付けるように体重をかければ痛みを訴える声は大きくなる。
頬を撫でるひんやりとした風、私はぐしゃぐしゃに顔を歪ませる同級生を冷めた目で見下ろす。リーダー格の癖に思ったより打たれ弱かったな。私に八つ当たりのように罵声を浴びせてきた数日前とは打って変わり、プライドをかなぐり捨て涙を流す彼女に思わず口角が上がる。私を虐めていたのは彼女を入れて三人、理由はわからないし、大した興味も無かった。
特別仲が良かった訳では無いが、席が近く班が一緒だった為、それなりに交流しなければならなかった。ある日、先生から伝言を頼まれた私は班の皆一人一人に休み時間を使いそれを伝えた。しかし、彼女らはシカトした。そしてあろうことか、彼女らは先生に私が自分達にだけ報告しなかったと言ったのだ。
それが始まりだった。次の日からは私物が消えるわ、机に落書きされるわ、上履きはトイレに沈んでるわ。わかりやすく虐めはエスカレートしていった。私の教科書に昆虫の死骸が乗せられていたことも何度かあった。私は昆虫に触れるタイプの女子だったから特にショックは無かったけれど。そんな、虐められっ子だった私がどうして虐めのリーダー格を文字通り足蹴にしているかと言われれば、単純に飽きたからだ。私は被害者ではあったが弱者ではなかった、それだけだ。
彼女らも加害者ではあったが、強者ではなかった。今思えば当たり前だ、相手は齢ニ桁にも満たない子供、簡単だった。一人はトイレに連れ込み便器に顔面を沈めて蹴り上げた、一人は水筒に私の机に入れられていた虫の死骸をそのまま入れた。そして最後にリーダー格の彼女。私は、私を虐めていた二人を脅して、彼女を公園までおびき出し、二人に押さえつけられる彼女をガムテープで拘束した。
そして優しい私は二人を先に帰してやった。他言無用だと釘を刺したので問題は無いだろう。もとより、二人が喋れば私への虐め行為も認めることになるのだ。言えるはずもない。顔から様々な体液を垂らす彼女を見るのもそろそろ飽きてきた。私は右手の小瓶を無様な泣き顔の前に突き出す。わかりやすく血の気が引いた彼女。私は語尾にハートマークがつきそうな声色で言った。
「これ、なーんだ」
「ぁ、あ、」
「分からないはずないよね?そう!これは前に貴女が私の机に入れていたゴキブリの死骸、これを今から貴女の口に突っ込みまーす」
「ぇ、あ、ぁ、やだ、やめろ、やめろやめろやめてください、それだけは、やめて、やだ、ごめん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
私の口から白くなった吐息が漏れた。踏みつける体勢は変わらず、瓶の蓋を開けながら眺める。泣き喚き馬鹿みたいに謝罪を繰り返す彼女に、私が感じたのは仕返しができた満足感でも、はたまた薄っぺらい罪悪感でも無かった。単純に、ただひたすらに、もっと傷つけたい!もっと泣かせたい!、という衝動だけ。
「えー?私がやめて!ってお願いした時にはやめてくれなかったから、だーめ、止めないよ」
私はにっこりと笑いかけ、死骸をつまみ、やめてと叫ぶ彼女の口に容赦なく突っ込んだ。数時間後、このやりとりは私の帰りが遅いと心配して探しに来た義理の兄に見られていたことを知った。そして、加虐趣味の強い異常な性癖。私は、所謂S(サディスト)と分類される人間だということを自覚したのだ。
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