エピローグ
結局、俺たちがした選択は間違っていた。
あれから一ヶ月後。未解決の噂がたったころに、ダリル・ノーランドは、自首をした。
なぜ彼が自首をしたのか。そのままでいれば、未解決のままで終わっていたのに。
警察側はそのとき、アーサー・ノーランドを今回の件の犯人であるという結論をつけようとしていた。ラトウィッチ・ブレッドを殺害し、罪悪感で自殺を図ったのだ、と。そして、それを聞きつけたダリルが、自らの息子が死後にあらぬ疑いをかけられていることの罪悪感に耐えられなくなって、自首をした。タイモンはそう俺たち伝えた。
だが、それもまた嘘であるということに、ダリルの本当の意図に、俺たちはようやくそこで気がついた。
俺がダリルに感じていた違和感。それは、理解の抵抗などではなかった。
ダリルは、はじめから捕まるつもりだったのだ。
わざわざ、密室を作り出したのは、おそらくエイゲート・ハリソンを釣るためだったのだ。エイゲート・ハリソンがその密室を解き、真相を暴く。そうすることで彼が得られるものは一つだ。
アーサーもハンナもラトウィッチ・ブレッドによって殺されたことが証明できる。いや、証明してもらえるかもしれない、と彼はそう踏んだのだ。
この時代の捜査方法は雑だ。
現場に二つの死体。一人の犯人。そうなったら、完全に二人ともその一人の犯人が殺したということにされる。……犯人がなんと言おうと。
そうだ。普通に捕まったのでは、ダリルは、息子と経営者、二人を手にかけたことにされてしまう。そのうえ、ラトウィッチ・ブレッドが行った蛮行が発覚することはない。
子供を殺害した人間を殺してしまうほど、子供を愛していた彼にとって、それが許せなかったのだろう。
だから、難解な状況を作った。
自分で真実を示すのは難しい。ならば、その真実を暴くものに頼ればいい。
それが、名探偵エイゲート・ハリソンだったのだ。ハリソンに依頼し、真実を暴かせようとしたのだ。
彼が事件を解いてほしそうにしていたのが、嘘に見えなかったのも当然だ。それが彼の本心なのだから。加えて、俺に万博にまで行くよう薦めて、密室を作る鍵となった曲げ木の技術のヒントまで与えていた。結局俺たちは製品部門には行かなかったのだが。
しかし、彼には誤算があった。
第一にエイゲート・ハリソンが、依頼を受けなくなっていたことだ。事件は五月の半ば。まだハリソン不調の件は、ダリルの耳に届いていなかったのだろう。それによって、すぐに依頼ができなくなってしまった。
幸運にも、事件を担当したのがハリソンの親友であるタイモンであったことと、そのタイモンに、ハリソンへの依頼を熱望したアリスがいたことで、依頼自体は通った。が、しかし、そのハリソンは、俺であった。
そして最大の誤算は……俺たちが謎を解かなかったことだ。
いつまで経っても、名探偵が謎を解かない。そしてそのうちに、自分の息子が犯人ということで決まってしまいそうだ。
もう、限界だったのだろう。ダリル・ノーランドは自首をした。事件は解決を迎えてしまった。もう俺たちにできることはない。……気づくのが遅かったのだ
そしてこの事件は、名探偵エイゲート・ハリソンが初めて解決できなかった事件として、世間と、エイゲート・ハリソンという名に、小さくはない波紋を残した。まあ、はっきり言ってこれはどうでもいい。
本のほうの変化は劇的だった。
相当のページ数が、今回の事件についての物語として使われていた。……その結末までも正確に……。
だがなにも起きなかった。
そもそも、今回の事件で、埋まったページは本の半分ほどだったのだ。まだ、本を埋め切るには足りないということか。
しかし、物語としては、しっかりと完結していた。
謎を解かなかったにも、関わらず。
この本は、俺としての物語を書いているのだ。エイゲート・ハリソンとしてではなく、探偵としてでもなく。
そうしていつかこの本を埋めたとき、そのときに、俺は元の世界に帰れるのだろうか。
これからどうなるか、どうするかは分からない。
けれど、なにかしらの行動は起こさなければいけない。
俺として、俺自身としての物語を作るために。
月と太陽と同じで、空もどこの世界にだってある。ロンドンの空はいつも雲に覆われている。広い空を見たのは、この世界に来てから数度しかない。だが、そんな気候の中で、今日の空は格別に綺麗で、雲一つ無い。
空を見上げると、風を切って降り注ぐ日差しが、久々の眩しさを感じさせてくれた。
ロンドンの空は、今日も広い。
名探偵は謎を解かない【異世界ミステリ】 那西 崇那 @nanishitakana
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