後日談
「物資集積所は分散して前進させろ、荷駄の数は?」
ええと、と、言葉を濁した下士を、すぐさま確認して来いと追い返す。そして、そのままコチラが押さえている街道と城の地図を検めていると……。
「糧食と弾薬は、予定の倍量を確保すれば充分でしょうか?」
書類を抱えて、さっき出て行ったのとは別のヤツが入ってきた。前線の部隊からの要請書と、今届いた在庫を照らし合わせて確認しながら、ただ棒立ちさせていては勿体無いので、物資の確認後の作業について軽く基本方針を訓示する。
「数字だけを見るな。前線までの距離、敵の抵抗、そうしたものを総合的に判断するんだ。予定よりも多いからと慢心するな。逆に、前線の兵士には先行を許すな、補給限界を超えては、救援も難しくなる。勝っているからこそ、無理攻めは絶対に許すな」
「はい!」
「すみません、海上輸送の物資に関してですが」
駆け込んできたやつが話しに割り込みあがったので――。
「進軍状況と照らし合わせろ。港湾も砲台も確保できずに、輸送船だけを送る意味は無い。船は足りてないんだし、敵前での物資上陸なんぞ、損害を考えれば下策だ」
「すぐに伝令を出します!」
怒鳴りつけると、駆け込んできた伝令は、その足でそのまま部屋を出て行った。
が、人が減らねえ。
入れ違うようにまた別の伝令が――。
「すみません、攻略した城下町の炎上に伴う、追加の食料の補給要請ですが……」
「どこの部隊だ? 猪武者め! 輸送部隊だけを出すな。街道を獲っても、伏兵が居ないとは言い切れない。荷駄隊の数と合わせて護衛部隊を編成するんだ。威嚇の意味もある。数は揃えろ。足りなきゃ、手前で取りに来いとでも伝えとけ!」
ようやく人がはけたのは、単に日が落ちて軍の動きが落ち着いたからであって――もっとも、攻囲中の連中は別だろうが――、仕事が済んだからってわけじゃない。
杖を手に立ち上がると……。
「上手くやっているようだな」
久々に顔を出してきたのか、桂だった。いや、もう、呼びすてになんて出来ない相手なんだが、どうしてもこの顔を見ると京を思い出してしまう。
ああ、てか、それ以前に、もう桂でもなく木戸か。
ややこしい男だ。
「人斬りを帷幕に置くなんて、どんな馬鹿だって話だがな」
右手で握った杖を話すわけにもいかないので、オレは左手だけで肩を竦めて見せた。
あの撤退戦で、どういういきさつでついたのかはわからなかったが、左足の甲に傷を負っていたようで、化膿に気付いた時には手遅れで踝から先を諦めた。
まあ、あれだけ山ほど死んだ中で、その程度で済んだのはまだマシな方かもしれないが……。剣士が足を無くしたとあっては、もう人斬りには戻れそうに無かった。まして前線になんて立てるはずも無く……。
また適当に、どこへなりとも流れようかと思ったところを、連れ帰った兵士の伝手で奇兵隊に拾われ――、足が動かないならと雑務を押し付けられて今に至る。
まあ、三度の飯と、晩酌と、月に二~三度は綺麗なお姉ちゃんの居る店に行けるんだし、不満も無いがな。
それに、今は勝ち戦なんだから、抜ける必要もねえんだし。
「そう言うな、あの撤退戦を知らないヤツはここにはおらんさ」
変わらないオレの言い草に呆れたのか、軽く嘆息して桂が随分と懐かしい――いや、懐かしいって程でもないんだが。どうも、毎日どっかで戦して、ちっとも仕事が減らないせいで、時間感覚が狂ってるな。
まあ、終わっちまえば、昨日だろいと去年だろうと、全部過去の一言だしな。どんなことも、だれのことも。
「実戦を経験し、視野の広いお前だから任せられる仕事さ」
ぽんぽん、と、オレの肩を二度叩き、身支度をせかした桂。
どうも、思い出話のひとつでもしながら酒でも飲もうって気分らしいな、今日は。まあ、誘いを断る理由も無いが。
「国を獲ったら、ツケを払わせに行くからな」
今日の払いをもてよ、という意味で言ったんだが、どうも桂は戦後の事と受け取ったらしく、悪戯っぽい顔で返してきた。
「程々に頼むぞ」
勘違いを指摘しても良かったが――。
折角なので、ハハン、と、オレは鼻で笑って話に乗ってやることにした。
「寝言は寝て言え。水増しして請求してやる」
腰に――あの撤退戦から変わらない、あの男の刀を差し、オレは桂に続いて帷幕を出た。
朧月夜 一条 灯夜 @touya-itijyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます