第4話・鯨鍋

 真冬の暖のとり方にも色々とあるが、まあ、酒と鍋が基本だね。

 昆布でしっかりと出汁をとった鍋に、水菜を山に盛って、薄く切った鯨肉をどんどん並べていき――。ひと煮立ちさせたら、水菜がしなしなになる前に、鯨肉と一緒に……辛味が出ない程度の粉山椒をまぶし、柚子を絞った醤油にさっと通す。

 噛めば、はり、はり、と、水菜を噛む音が耳に響き、癖があるがしっかりと旨みの詰まった薄切りの鯨肉が、冬の冷酒を更に……。


「おい! 食ってばっかりいないで、ちっとは話を聞け」

 この冬あがった鯨を堪能していたところ……ええと? 確か、土佐かどっかの御偉い武家の志士が声を荒げてきた。

「あん?」

「だから、怒られてる時ぐらいは箸を止めろ!」

 地団太踏みそうな勢いだったが、オレは特に気にもせず……。

「いや、しかしね? オレみたいなただの人斬りに、ご大層な理念なんて、ありはしないんだがね?」

 いつものからかうような口調で答え、話は終わったとばかりに再びはりはり鍋へと手を伸ばす……が、御銚子は取り上げられてしまった。

「斬るぞ?」

「味方を斬るなよ、お前さんは」

 今回オレを護衛に指名した、長州の広岡に言われては……。

「水菜は、煮え過ぎては美味くないぞ? まあ、締めの饂飩を食う際に混じるそれはそれで味があるともいえるが」

「だから、誰がそんな話をしているか!」

 あ~、と、どうにもめんどくさそうなヤツを前にして、桂の方へと視線を向ければ、底意地の悪い目を向けられたので、オレは肩を竦めて少しばかり喋ることにした。

「なら、言わせて貰うが。方針の確認だのと大層な事を言いながら、具体的に他藩の抱きこみ工作も、藩論の統一も出来てないってのに、こっちからなにを言えってんだい?」

「なっ⁉」

 オレがなにも聞いていないと思って油断しきっていたのか、はっきりと言い返すと土佐からのお客さんは、まず顔を赤くし――。

「脱藩者の活動は、そりゃ確かに活発だけどね。しかし、アンタらみたいに土佐に残ってる側は、今はどうにも劣勢じゃないか」

「う……む」

 ――次いで、顔を青くした。

 土佐は、どうにも軸がぶれていて扱い難い……と、まあ、他の志士の受け売りなんだがね。桂も随分と人が悪い。オレみたいな、いかにも下っ端ってヤツに、気位が高そうな男の出鼻を挫かせるんだから。

 土佐勤王党への具体的な協力は今は出来ない、なので、自前で混乱している藩論をまとめさせようって魂胆だろうな。敵対するつもりは無い。が、無条件で手を結ぶ気も無い。

 まあ、手前の尻さえ拭けない連中なんて、参加されるだけ迷惑だからな。

「しかし、土佐の状況をどうすればいいかなんて、オレには手におえないんだよ。オレが受けられるのは、この場の護衛が精々さ。噛み付く相手を間違えるなよ」

 と、話を終え、お客が意気消沈して再び座り直したところで、真打の長州の志士が、京の現状と、開国攘夷……そして、そのための朝廷工作なんかの話題へと――、こちら優位で進め始めた。



 明六つまで続いた会合を終え、藩邸へと戻る最中、会議では余り喋らなかった広岡が「アンタの態度は振りなのか?」と、訊ねてきた。

 肩越しに振り返り――。

「ソイツのは、癖みたいなもんだよ。あまり気にするな」

 オレが返事をする前に、桂に答えられてしまい、オレは万歳して前に向き直る。

 こちらに来てすぐに守ることになったからか、広岡はオレを護衛に指名することが多い。あんまり変に恩義に感じられても迷惑なんだがね。

 この男、絶対に初めての女に執着する性質だよ。絶対。

 そもそも今回の会合に関して言うなら、剣士としての腕も充分な桂を始め、自分の身ぐらい充分に守れそうな男が多かった。オレが付き添わされたのは、広岡が変に粘ったからだ。

 オレに衆道のケは無いんだがね……ったく。

「まあ、せっかく居るんだし、食った分は役立ってもらわないといかんだろう」

 とか、背中から大声が追い打ってきたが、もっとも過ぎる意見なので振り返らない。

「なんだかんだ言いつつ、しっかりと考えてはいるんだな」

 オレを追い抜いて、そんな甘い事を言ったのは広岡。

 その眼は、ここに来た時のままだ。季節が変われば、もう少しは薄汚れると思ってたのに。


「金のためにはね」


 そういつも通りに答えるが、集まった面子が面子だからか鷹揚に笑われてしまい……どこか、居心地の悪さを感じてしまった。


 オレは、彼等のようにはなれない。良かれ悪しかれ。

 人を斬れと命じながらも、時には自分の手を汚しながらも、国の未来を見据え、明るく振舞えるような為政者になんて、とても……。

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