第3話・寒椿

 紅白がめでたい色であるように。

 冬に咲く花が好まれるように。

 白の中に、点々と、朱が点る様は美しいのだと思う。


 吐く息は白い。

 京は、もうすっかり冬だった。

 今日も、積もった雪は溶けず、更に新しい雪がそれを覆うように降り続いていた。


 島津が京に上り、政情は、更に混迷を増している。

 一時は、天皇家と徳川家が一体化することでまとまりかけた論調も、大して長くは持たずに集められた大名の辞職で再び流れが変わってきていた。長州は未だ京への復権を模索しつつもそれが叶わず……、攘夷の先鋭派の反乱は鎮圧されている。

 小康状態、と言えば聞こえは良いのかもしれないが、だからこそ……。正面衝突していない分、殺って殺り返しての小競り合いは増していた。


 志士を殺した京都見廻組への報復が、今回の仕事だった。

 夜勤を終え、帰宅途中の五人を襲った。


 空が白み始めていて、夜の紺は刻一刻と薄くなっていて……。

 不意打ちで喉を突いた二名は既に死体に変わり、相手が刀を抜く前に更に二人を斬り、目の前には、最後の一人が……膝をついている。

「殺さないでくれ」

 古風に髷を結っているものの、俺よりも年嵩が上には見えなかった。いや、まあ、オレが老けて見えるだけってことなのかもしれないが。

 ……それも違うか。

 弱い相手は、どうしても、若く見えるものだ。

 御所や藩邸が建ち並ぶ区画を守る会津藩兵や京都見廻組といえども、人を斬った経験は乏しい者が多い。そりゃそうだ。赤穂浪士にしたってもう、百年以上も昔の話だし。関ヶ原なんて、ほんとにあったのかさえ疑わしくなるほどの昔のこと。刀を抜かない人間が出世していた時代が、急に逆さに引っ繰り返ったのがほんの数年前。


 目の前の男の命乞いは、嘘ではないと思った。刀は抜いている、が、到底独りで戦える男には見えない。見逃せば、恐怖に負けて逐電し、戦線復帰はしないだろう。

 戦う、ということは、簡単で難しい。

 群れれば、大概のヤツは流されることが出来るが……。

 ひとりぼっちで立ち向かうということは、勇気とか度胸とか、そういう、ありきたりなものではなく、なにか、ある種の狂的な一歩が必要なんだと思う。

 いや、そもそも、狂っていなければ戦うことなんて出来はしないのかもしれない。誰かを憎むのは簡単だし、生きていれば嫌いな奴の一人二人……十人、二十人はすぐに出来るだろう。でも、殺せない。殺さない。

 なのに、オレ達は憎しみも、なにもない。ただ、まっさらに……思想や、金や……。いや、それも違うか。

 経緯はどうあれ、目の前には敵がいた。

 それをただ斬るだけ。

 結局、それ以外の全部は後付けの理由に過ぎない。動機は……。動機は、なんなんだろうな。食ってくためにオレはここに居て、金と依頼があったから、だが、それが全てではないような気もしている。

 殺さなきゃ、殺される。

 そういう世界で、時代で、場面だっただけ。

 今回は、オレが勝ち、コイツ等が負けただけ。


 ああ、もう、めんどくせえ、問答はオレの仕事じゃないってのに、最近どうもごちゃごちゃと理想論ばかりをこね回す志士の影響を受け過ぎた。


「頼む」

 目の前の男が頭を垂れたので、せめて刃が目に入らないようにと、その首を一瞬で斬り払った。


 一呼吸の間も無く、新雪に朱の帯が広がっていく。

 死体は、見慣れてしまった。

 人を斬る手応えにも、匂いにも、返り血を避けるのにも。

 終わった後で、なにごともなかったという顔をするのにも。


 刃を紙で拭うが、元が安物のせいか傷みは激しい。かといって、斬った相手の刀を盗めば足が付く。

 近々、砥ぎに出すか、新しいのをあつらえないとな。


「……ッチ」


 荒み、曇った刃金がどこか自分と重なって見え――。

 短い舌打ちは、雪へと吸い込まれていった。

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