京の町、長州藩に用心棒として雇われた牢人(仕える主家がない非正規身分の武士)は、今日も今日とて刃を繰り、誰とも知らぬ武士を斬り続けている。かくて道具として生きる彼に志はなかったはずだった。しかし様々な男たちの志を知る中で、彼の固く冷めきっていたはずの心はわずかずつ変わっていく。
幕末の京を舞台にしたこの作品、まずはサムライ×ハードボイルドの妙を味わえるのが魅力となっています。揺らがず、迷わず、卓越した剣の技で雇い主の敵を斬る主人公の“オレ”さん、まさに鉄の男なのですよ。
でも、物語が進んで敵や味方と向き合う中で、彼の冷めた心はほころんでいきます。なにもない彼の内へ男たちがそれぞれに抱いた思いが注ぎ込まれていって、ついにはほろりと開かせる。
この無常から有情へ転じ、主人公が自分の為すべきを定めて向かうドラマは花のごとくに匂い立ち、この上ないラストシーンを魅せてくれるのです。
志を軸に綴られる男の生き様、じっくり味わっていただきたく。
(「人、匂い立つ」4選/文=高橋 剛)