第20話 約束の中身

「約束...?」

「ええ、約束よ」

 エルフの女性はカース山をじっと眺めながら言うために、横顔しか見えない。

 見えないが、情報量が少ないはずのその顔にはしっかりと、怒りや、憎しみ、それに呆れのような色すらもがはっきりとこちらに伝わってくる。


「その昔、まだまだ私たち、というよりかはこの国が存在しなかったとき」

「魔族だの、悪魔だの、人間だのエルフだの、そんな下らないくくりがなかった、そんなころの話よ」

「そんな昔の」

「ええ、原初の悪魔で在られるリリス・ソルバース様が忌々しき国王を返り討ちにしたそんな昔よ」

「へー.......え?」

「ん、ん!!」

「どうかした?」

「いえ」

 だいぶ聞いたことのあるキーワードが、一気に何個か出てきたがそこを気にしたら話は進まないのだろう。

 思わず聞き返そうかと思ったときに、隣から聞こえるた咳払いが、『気にするな』と遠回しに言っている気もする。


『原初の悪魔で在られるリリス・ソルバース様』、間違いないだろう。

——リリスのことだな


「そういえばそちらのお方...悪魔でリリスって」

「ああ、親が原初様に憧れてて」

「なるほど」

 リリスを訝し気に見た彼女もリリスがそう即答で返せば納得したようで深追いをしてくることはなかった。

 一瞬だけ彼女の中でよぎったのかもしれないが、本気でそんなことがあるとは考えていないかったからなのだろう。


「まぁいいわ。 それで要は数百年も前の話なんだけどこの国の王は、人間至上主義みたいなことを考えてたのよ」

「人間至上主義?」

聞いたこともないものだ。

「人間こそが一番偉いから、獣人やエルフの住む生活域をどんどん侵略して国土を広げようとしてたの」

「そんな...」

「私は実際にそのころは生まれてないから詳しくはわからないけど酷かったらしいわよ」

 思わず言葉を飲んでしまう。

 リリスから、王家は腐っている。そんなことを幼少期から何度も言われてきた。

 勇者候補だった時にこれはどうか、そう思う場面だっていくつかあった。

 だからこの国に対して100%の忠義を誓ったことはなかったが、そんな侵略行為をしている党は思わなかった。


「で、約束ってのは何だったんですか?」

「ああ、そうね」

 俺とリリス、そしてレイカも彼女の発した言葉に掛ける言葉がなかった。

 リリスも何かと思うことがあるのかもしれないが。

 そんな中で、シエテだけがまともに彼女に言葉をかけた。

「不可侵条約みたいなもんよ。 私たちはこの山で暮らすので、私たちの生活を奪わないでください。 戦闘の意思はありません、みたいな」

「まぁ、それでも全員じゃなくて森で暮らしたり、町に出たり、冒険者をやったりしてるエルフはたくさんいるけどね」

 寂しそうに、それでいて懐かしそうにいう彼女の、儚げな姿に目を奪われそうになるが、俺の思考はある一点を考えざるを得ない。

『貴方たち人間は約束を破りました』

 彼女はさっきそういったのだ。


——つまりそうゆうことなのだろう


「じゃあ、人間は」

 恐る恐る、発した言葉で極力言及を避け、オブラートに一番聞きたい言葉をぼやかした。

 できればそんなことはないでほしい。

 ただ返ってくるのは無情な言葉で、


「あんたたちの国王は、私たちを追い出したのよ」

 そんな事実だった。

「あれは、10日ほど前の話よ.......

 そういってエルフの女性が語りだした話はあまりにも衝撃的だった


*********

「山を空け渡せですって!」

「ええ、魔王討伐で大量の鉱物が必要なのです。 それにはこのカース山はうってつけだ」

「じゃあ、代わりにどこに住めっていうのよ!」

「魔森地を差し上げます」


 突然エルフ達のもとに使者として現れたのは、国王の側近だったという。

 なんでも、魔王討伐で使う火薬の原料であれ、剣の材料であれを調達するためにカース山が必要だったと。


「魔森地なんて住めないでしょ!」

「それは皆さんで開拓してみてください。 今より立派な木々が生えています」

「ふざけるな!」

 

 エルフ達がいきり立ったそんな時だった。

「うっとおしいですね! それでは戦争をしますか!? 我々と!」

「な!?」

「不可侵条約を破る気か!?」

「そーだそーだ!」

「条約なら、書状をお出しください」


 突如、高圧的な態度に代わり、あまりにもな無理難題を押し付けてきたという。

 昔の約束であり、書面などを明確に書き記いしていないような頃の口約束。

 だからこそ、書状なんてありもしないが、暗黙の了解だったのだ。

 それを分かっている上で、書状を持って来いというのだから無理な話だろう。

 ハッキリいってエルフだったら、それこそシエテみたい魔法が達者なものたちなら国だって相手どれると思う。実力で言えば王国の魔法使いなんかよりも強いのだから。

 それでも、安寧を求めたエルフの長は、おとなしく魔森地へと歩みを進めたらしい。


「で、でもフェンリルがいるならこっちの方が危険なんじゃ?」

 レイカが心配そうに言うが、何となくフェンリルの正体には見当がついた。

 そんな俺の考えを肯定するように彼女は、

「フェンリル? 何それ? この山にはエルフと魔獣しかいなかったわ」

 そう笑って返して見せた。


 つまり、フェンリルがいるとされていたこの山の真の主は、エルフであり、魔獣たちはエルフによって倒されていたのだ。

 それを知らないものたちが、エルフという存在に気づかずフェンリルという存在を勝手に祭りあげたのだろう。


「この山の魔獣なら相手取れる。 でも魔森地なんて何がいるかわからない危険地帯じゃない」

 そういって涙を浮かべながら熱く語りかけてくる彼女の言う通り、魔森地は間違いなく住み巣くう魔獣の強さはかなりのモノだろう。

 ただ一つ、申し訳ないが一匹の魔獣が頭をよぎった。

『グオ?』

 やたら、女性にジェントルマンなもはや着ぐるみじゃないかと疑う魔獣が一匹。

 それも、村に家を持つ魔獣が。


「それで、取り返すためにレントさんを襲ったんですか?」

「ええ、私たちを倒しに来たのかと思ってね」

「ま、実際私がやられたけど...結構自信あったのに」

「なんかすみません」

「レント謝んなくていいわよ」


 自嘲気味に言う彼女に申し訳なくなって謝ると、リリスに注意されてしまう。

 リリスとしてはまだちょっと許せないらしい。

「私たちはこの山の魔獣の討伐に来たんです」

「あー。そーゆーこと。 確かにもう倒しきれないわ」

 人数が減ってしまったから魔獣が狩り切れなくなり、ついに人の前の魔獣が現れ、ギルドに依頼が来たということなのだろう。

 

「もう、この国に居場所はないのね」

 そう寂しそうに、すべてをあきらめたような目で彼女が言ったとき、

「もしよければ」

 シエテの目は輝いていた。

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