第三章 第二王妃

第28話 ご不満

「まだ見つからんのか!!」

 王都セレイアにそびえたつ王城。

 その玉座の間ので、中心に立つ男は激高していた。

 それは、ある知らせを耳にしてしまったからに他ならない。

「も、申し訳ありません」

 再三頭を下げ続けた男の顏には、玉のような冷汗が浮き上がっているがそれを拭うことはしない。

 唯々、延々と頭を下げ床を見ることに徹することにしたのだ。

「ええい! 探せ! 探しだせぇええ!!!!」

 もはや、どうやって探すのかなどの明確な指示もない。 

 実際、最初から明確な指示などは一切ないのだがそれにこたえるのが自分の任務。

 そう理解していたとしても、この任務を遂行していくことには無理があるのだ。

 だが、それを提言することはできない。自分に激高している男こそが、この王城の主『レーヴァンス・クロムス・ブルムシュワン』その人だからだ。

「で、ですがもう死んでいるかも...」

「ならば証拠を持ってこい!」

 それが見つかっていればどれほどいいことだろうか。

 剣の一本、マントの一かけでも見つかれば、いいのに。

 そんな些細な希望さえもかなっていないのだ。


 もはや、希望観測を続けるばかりのこの任務に、自分の持ちうる最高の部隊を秘密裏に動かした。しかし、一切の結果を伴わず、いたずらに部下が減っていく一方だ。

 どうしてそこまで固執するのか。

 できることなら、もうあきらめをつけてほしいと男は思うが、それを彼が許すことは一切ない。

 さて、次の報告までどう凌ごうか。

 そう男が思考を巡らせていたそんなとき、大きな音を立てて玉座の間に駆け込んでくる男の姿があった。

 その男はよく知っている。

 自分の派閥の中では最も地位の高い、アダムス高等書記官だ。

 自分の忠臣といっても相違ない、男の姿に一筋の光を見た。

 もしかしたら、時点は好転したのかもしれない、と。


「アダムス! 王の御前だ! 不敬だぞ!」

「申し訳ございません!」

 警告を受けてか目の前で大急ぎで頭を下げているが、実際はそんなことを男は気にしていない。

 王の御前だからと、形式だけの怒りでしかないのだ。

 内心では笑みがこぼれそうになっていた。


「それが.....」


 近くにきたアダムスの耳打ちを聞くまでは。

「なんだと......」

 このときばかりは、まさに生きた心地がしなかったのだろう。

 一気に床に崩れ落ちた。

 そんな男に、国王は近づいて見せる。

「何があったのだ? アルバーストル」

「は! はい.......」

 アルバーストルは何も言いたくなかった。 

 できることならこの現場から逃げ出して、なにもかも置き去りにしてみせたいとすら思ったほどに。

 それなのに、すぐ目の前で自分の上司、それもこの国の象徴たる人物が自分に尋ねてくる以上答えないなんて言うことはできない。

 こうなってしまったら逃げることはできないのだ。


「第二王妃が出奔なされました」

「......そうか」

「え?」

 予想外の返答にアルバーストルは驚きを隠せなかった。

 間違いなくその怒りの灯が、烈火のごとく舞い上がると思ったがそんなことはなく、意外にも落ち着いた声を出されれば、自分の口から驚きが漏れるのもしょうがなかった。

「あいつとはもとより子をなしておらん」

「存じています」

 王は第二王妃と子をなしていない。

 それこそ娶った日、婚礼の日に初夜を行うこともなかった。

「何故、結婚したかも知っておるな」

 そう、しっかりとした重みのある声で言われたときにアルバーストルはすべてを察してしまった。

 この後言わんとしているすべてを。

「殺せ」

「......」

「わかったな」

「はい」


 王から王妃の殺害を命令される。

 それがどれだけの意味を持っていて、おふざけなどではないことをしっかりとアルバーストルはわかっているからこそ、今まで出ていたはずの冷汗が止まり、ただただ体を寒気が走り抜けた。


「西と争われる気ですか?」

 このアーガスト帝国のはるか西方には別の国がある。

『聖トーリアス王国』

 この国にはない不思議な技術をもち、この国に多大な協力をある名目で行っていた国だ。

 そして、その協力が行われていた要因こそが第二王妃の出自にあったのだが。


 そのすべてを理解したうえで、目の前で笑みを浮かべる王に、アルバーストルは意識が遠のいていくのを感じた。


*********


「はぁああ!!!!」

「ふっ!」

「そこだ!」

 目の前で行われる剣戟は、一体どれほど繋がっているだろう。

「そこ!」

「う...らぁ!!!」

「ちょ!?」

 いつも通りの朝の訓練。

 そこに何も変わりはない。

 時間も、場所も。

 ただ違うのは、人数であり面子だろう。

「そこだ!」

「ちょ、マジ無理!」

 さっきまで、レイカからの攻撃を完全に受け流すようにしていた男が、剣を振るった。

 長剣を振るい、徐々に距離を詰めていくのはエルフの青年、ジーンだ。

 青年といっても俺よりもかなりの年上、ただ彼の希望もあり名前は呼び捨てで呼んでいる。

 姿勢を下げ一気に駆けていく。

「だからくどい!」

 そんなジーンに対して慣れた手つきで火炎弾を片手に備え、レイカは剣を合わせる。

 おそらくジーンも訓練とはいえ手加減をしているとは思う。

 それでも、そんなジーンに対して麗香は間違いなく善戦しているといってもいいだろう。

 魔法の発動までの速さ、手にファイアーボールを浮かべたまま戦うというテクニック。

 魔法についてはシエテや、フェネアさんが教えてくれているが、しっかりとそれを吸収しているようだ。

「くらえ!」

「ふざけんな!」

「え!?」

 ジーンからの剣を見事に剣で防いだからか、がら空きとなったジーンの腹部に向けてレイカがファイアーボールを放ったがそれは虚しく、すぐさま剣を握りなおしたジーンがその攻撃を切って見せた。

 土煙を上げ、魔法が地面に消えていったとき。

 完全に油断しきったジーンとレイカのもとに、一つの大きな水の球が。

「ウォーターボール!!!」

 凡そ、通常のウォーターボールとは大きさが違うが、それは二人の上ではじけた。

「うわ!?」

「つめた!?」

「ふふ! 油断し過ぎよ!」

 二人に水を叩き込んだフェネアさんが満足げに笑っている。

 つい前までの、グリドと俺とリリスの訓練でこんな光景を何度も見たような気もするが、いま三人に声をかけるとすれば、

「なおしとけよ!」

 この一言に尽きるだろう。

「はい!」

「えぇ~」

 いくら訓練用の空き地だからと、ぼこぼこになってきた地面。

 とりあえずきれいにしといてもらおう。



「本当にすごい変わりようだなぁ」

「そうね」

「そうですね」

 家のリビングから見える外の光景をみれば、もう何度目かになるが、そんな言葉が飽きることなく漏れてくる。。

 最初来た時は、リビングから見える光景なんて魔森地の緑ばかりだったが、この村の外周に沿うように点々と立つ木造の家屋。

 エルフ達のこの村での家だ。

 その建築に伴ってか、改めて作り直された柵は高く、それこそ、そこらの町よりも立派な柵が出来上がっている。

「ほんと、セレーナさん達には感謝しないと」

「いいわよあんな女」

「リリスさん」

 困ったようにリリスにそう声をかけるシエテだが、その顔はもはや諦めている。

 というのも、セレーナさんとリリスが限りなくウマが合わないのだ。

 

 セレーナさんの俺への距離感はかなり近い。

 というのも、恩人として俺のことを扱てくれることや、エルフの中ではかなりの立場なので、軽い会話といってもなかなか難しいらしいから、結構な頻度で俺のもとに訪れてくれる。

 シエテ自身も、セレーナさんにはかなり心を開いている節があるために歓迎ムードなのだが、色々と面白くないらしいリリスが言い合ってしまうのだ。

 まぁ、リリスは気づいているのか知らないが、そんなリリスとのやり取りを目当てでセレーナさんが来ている節もあるのだが。

 実際どう思っているのかは、本当にリリス次第なのだから俺の知りえるところではない。


 ただわかるのは、なんだかんだうまく回りだしているということだ。

「おーい! シエテ!」

「あ!」

「くそ」

 噂をすれば何とやらというもので、玄関からセレーナさんの声が聞こえるとシエテは嬉しそうにかけていった。

 それはもう、友人に会ったときのように。

 リリスは、悪態をついて眉間にしわを寄せている。


 今回は三人で楽しんでもらおう、そう思っておれは席を立った。


「ふぅぅぅ」

 木の匂いが充満しているこの一室。

 常に源泉から引かれている温泉が入り込んでいるために、湯船の温度は適温。

 足をゆったりと延ばせば、最近の疲れが一気にお湯と一緒に流れていくような、そんな感覚に囚われる。

「レントぉ」

 隣でしなだれ掛かってくるリリスもきっとそうなのだろう。

 あの後、いったん寝室に逃げかえりいざお風呂でもと思ったのだが、お風呂に入って数分。

 リリスが入ってきたのだ。

 色々言いたいことはあったが、頭から一気にお湯をかぶり隣に入ってきたので、何かを聞く時間もなかった。

「レントぉぉぉ」

「ちょっとリリス?」

 酔った時のようにべったりと甘えてくるリリスにどう対応するべきか。

 ぎゅっと抱きしめられているので、動きずらいし。

「つまんない!」

「え?」

「つまんないぃぃ!!!」

「ちょ、リリス?」

 思いっきり抱き着いてきた彼女はそんなことを叫ぶように言う。

 顔にリリスの髪がかかってくるが、腕ごと抱きしめられているのでそれを払うこともかなわない。

「レントと訓練もっとしたい」

「,,,」

「レントと一緒にお話ししたい」

「...」

「それなのに、人増えてくるし、レントもなかなか空いてないし」

「あのエルフとか、レイカとかがレントに近寄るし」

「,,,,,,ごめんね」

「つまんない!」


 どうやらリリスとしては限界だったようだ。

 俺自身も、最近リリスとのかかわりが減ってきている気はする。

 それこそ、王都にいたときだって色々と時間は作っていたが、最近ではもっぱらジーンの指導やレイカの指導をしていたかもしれない。


 だからリリスは面白くなかったようだ。

 レイカの時もそうだったが、俺が取られたということが気に入らないのだ。

 一般的な教養も、生活様式もろくに知らない俺とリリスだから、こうやって不満がたまったときにしかわからない。


「ごめんね」

「もう少し」


 久しぶりに今日は甘やかす日にしよう。


 そう思った。

 


 

 



 

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