第29話 勇者候補 レント・ヴァンアスタ 幼少期
「レントォ」
「ちょっとリリス?」
「あと少しだけ」
いまだお風呂場で抱き着いてくるリリス。
そんな彼女の相手をして早数十分は経っているのだが、一向に離れる気配はない。
それこそ、いまお風呂を上がろうものなら、そのまま抱き着いてついてくるのではないかと思うほどに。
なんともべったりで、過保護なリリスのことを考えていると、ふと懐かしい人を思い出した。
懐かしいといっても、実のところ勇者候補をクビになる数日前にもあっていたので日数的にはそれこそ二カ月くらいしかたっていないのだが、今日までの目まぐるしい日々のせいか懐かしくてしょうがない。
出会ったのはまだ俺が6歳で来たばかりの頃からだ。
まだリリスにもあっていなかったころ。
いってしまえば、年季だけでは一番の古参なのかもしれない。
「レティシア姉さん」
思わず口から出てしまった言葉にリリスが反応して強く抱きしめてくるが、
「リリス、俺も男だから」
「わかってるわよ」
お願いだから控えてほしい。
―――――――
「やぁああ!!」
「おら!」
「くっ!?」
今から十数年も前のころ、リリスにもあっていなければ、それこそ明確な誰かを仰いでいなかったころ、王城の庭で剣を振るっていた。
とはいっても、剣を振るわされていたともいえるし、
「ほら!」
「うう」
いいようにサンドバックにされていたともいえる。
その当時は、唯々厳しさに音を上げていたが今思えば、あれはただの厳しさではなかったのだろう。
勇者候補。そんな存在が唯々周りからすれば目の上のたんこぶでしかなかったのだろう。
それもそのはずだ。
多くの騎士たちは15歳くらいになり、騎士学校を出てきたり、ある程度体づくりを終えてから騎士としての道を本格的に歩んでいくのに、俺はただ、選ばれたから突然その場に現れただけだ。
それなのに扱いだけは、どんな一流騎士たちよりも良くて使えるべき貴族たちでさえ、そんな子供男機嫌を伺っているのだから、面白くなくて当然だ。
ただ、そんなことはある程度年を取って、冷静に見れるようになったからこそわかるもので、その時にわかるわけはない。
だから俺は毎日、ただガムシャラにその訓練に食いつこうとした。
「うわぁあ!!」
剣を掲げて走り込めば、その剣ごと吹き飛ばされる。
「ぐ!?」
相手の剣檄を盾で防げば、盾と一緒に叙面に叩きつかれる。
そんな日々だった。
どれだけ技術を教え込まれたって、六歳の子どもが、十歳も年の離れ、身体の造りも変わってきた騎士たちに勝てるわけがない。
リーチだって二倍ぐらい違うし、歩幅も違う。
「ほらどうした!」
「すいません」
「早くしろ!」
「すいません」
子供たちの間で流行るような冒険譚のような展開は一切起きない。
勇者適性がどれほどあろうが、それ以前に体格とフィジカルの差は圧倒的なのだ。
それこそ、他の騎士たちが何十回も剣を振るう中で、俺はその半分も剣を振るうことはできない。
そんな中で行われる訓練をずっと受け続けることなんてできなかった。
「レント殿!?」
「レント様ぁあああ!!」
ある日、俺は逃げたのだ。
もちろん負い目立ってもちろんあった。
自分のことを応援してくれている両親や、盛大に迎え入れてくれた王都セレーナの人々に対して。
それでも俺は、その日限界を迎えたのだ。
我慢の限界だったのか、心が折れたのか、はたまたその両方だったのかは今となっては覚えていないが、確かに俺はその瞬間逃げ出した。
といっても、まだ一年ほどしかいない町。基本的に一日を訓練で過ごす俺に心を許せる場所なんてないから、ただただ行く当てもなく王城の中に逃げ込んだ。
ろくに入ったことのない王城のフロアに迷い込んでしまい、唯々がむしゃらに王城を駆け抜けたとき、
「ひ!?」
背後から捕まえられてのがわかった。
ひょいっと抱き上げられたときは、本当に終わるかもしれないと思ったがそれは一変。
「かわいい泥棒さんね」
そういって抱きしめてきたのは女性だった。
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