第2話 廃村ルーティオン
見渡す限りの緑と、少し黒みを含んだような茶色。
四方八方を、先の見えないほどの高さの木々に囲まれた森の中。
そんな森の中を延々と歩いていく。
『ギャアァァァァア!!』
時折、現れる魔獣を相手取りながら。
魔獣というのは、異形の獣であったり、ありえない大きさの獣であったりと様々だが、そのすべてに総じて人間への害のある存在とされ討伐対象となるものである。
目の前で完全な威嚇の咆哮を上げてくる接近禁止種『バーサークウルフ』
これも例外ではない。
森に生息するワイルドウルフという小型魔獣の特異個体であり体躯は全長6メートルにも及び、特異体質故か赤黒く染まったその毛は木漏れ日に反射し赤く輝き、口元から覗く白い鋭牙がその怪しさを際立たせる。
決して見掛け倒し、なんてことはなくその実力は一つの軍隊を相手取るともいわれる、文字通りの接近禁止種。
だから、通常ならその体躯に恐れを抱かなくてはいけないのだが。
「うっさいわねこの馬鹿犬」
『キャン!?』
獰猛な唸り声をあげるも虚しく、翻る銀糸とたった一言を共にその大きな頭に踵落としをくらい可愛い悲鳴と共に地に伏してしまった。
「あぁ!!泥ついた。もう替えないのに」
そういいながら、汚れた靴をまだ唸り声をあげるバーサークウルフの毛で磨くリリスに思わず苦笑いをしてしまうが、リリスは気にした様子もなく丁寧に靴を磨いている。
圧倒的な差を見せられたからか、うつ伏せに倒れ込むバーサークウルフには敵対の色は見られない。
「レントさん。リリスさん。ごはんできましたよ!」
少し離れたところで、魔獣除けをしながらゆったりとご飯の準備をしていたシエテがこちらに声をかけてきたのでそれに応え歩いていけば自然とリリスが隣にきて歩幅を合わせた。
「逃がしてあげたんだね」
「もう立場はわかったみたいだしね」
後ろの方で恐る恐るこちらを伺いながら森に消えていくバーサークウルフを見るに、もう戦う意思はないようだ。
魔獣といっても延々と戦いを挑んでくるものだけではなく、僅かにある理性なのか獣としての本能なのかはわからないが、闘争心が欠けるものに、負けを認めるものもいる。
戦闘狂というわけでもなく、戦闘はできる限り避けたいリリスはそういった敵には最大限の配慮をする。そんなリリスを師と仰いでいるからか、俺も魔獣や敵には最大限の譲歩をするようにはしている。もちろん必要な戦闘はするが。
今改めて思えば、基本的に魔獣や魔族などの魔物に対して消極的な俺は、魔王討伐という大きな戦闘を迎える勇者には向いていなかったのかもしれない。
そう思えば今の結果もあながち悪くはないのだろう。
なにより、
「はい、レントさん」
「ありがとシエテ」
「いえ」
凡そ魔獣のひしめき合うこの森では食べられないであろう、少し手の込んだ料理を嬉しそうにお皿に寄そってくれる彼女が楽しそうならそれでいい。
「ん、おいしい」
「ほんとですか? よかったです」
訓練時代の野営地での干しパン、干し肉生活にはもう戻れないだろう。
「日が落ちる前には森を抜けそうだね」
「ええ、この戦力だったら間違いないでしょう」
今回戦っているのは俺とリリスだが、シエテも決して戦えないわけではない。
言ってしまえば王都の魔法使いよりも上だろう。
ただ今回は、楽しそうなシエテに戦闘はさせてたくないだけだ。
「ようやく抜けられそうだ」
天を仰げは、太陽の恩恵を燦燦と受けた青空が木々の間から覗く。
凡その移動時間からしてあと三時間といえばおそらくこの森を抜ける。
ようやく、肩の荷が下りそうだ。
俺たちがこの森。
魔獣の坩堝といわれる『魔森地』に入って二日が立った。
勇者候補をクビの日の翌日。
我が家は朝から忙しなかった。
どうせ追い出される未来が見えているのに長々とこの家に留まっていてもめんどくさいし、何か王から要請があってもこれ以上何か国のためにしようとは思えないため、すぐに引越しの手続きに移っていたからだ。
手続きといっても、正式な書類はあるのかもしれないが俺の手元にはないので、存在しないに等しいので簡単な文をしたためる程度。
『勇者候補によって生じた権利を親愛なる王に返還します』
「PS,末代まで呪いますっと」
「ちょ、リリス駄目」
「ふん! これで十分よ!」
形式的な敬愛を込めた文に落書きをするリリスを叱れば、魔法でその文言を消して見せたり、さりげなく呪いを掛けたりとひと悶着もあり忙しさは増していた。
とはいっても、荷物はそこまで多くはなかった。
なぜなら、
「一軒家?」
「はい! レントさんにちょうどいいのが一軒ございます!」
「どんなの?」
お世話になっていた人に朝のうちに通信魔法で手紙を送った中、小綺麗な顔立ちの中年、商人アルバートは手紙を確認するや否や我が家に飛んできた。
王都セレイアではおそらく五本の指には入るであろうやり手商人のアルバートには、しばらくの間ひっそりと暮らせるような物件を探しの依頼も、一筆入れたのだ。
しばらく冒険者でも、そう思って依頼を出したのだが帰ってきたのはまさかの一軒家。
「その物件なんですが、普通の町の家賃四か月分もいただければいいのですが...」
「聞こうか」
破格の条件に玄関口にいた彼をすぐに我が家に招き入れた。
「それで、他には?」
「リリス様これはこれは...家は二階建てで柵で囲われ、小さな池まであります」
「いい仕事ね」
アルバートとは、ある時受けた依頼で彼を助けてからの仲になるので、変身時は人当たりのいいリリスも素で返すが気にした様子はない。
「他にはなにかあるんですか?」
「シエテ様。 大きなお庭もございます」
「素晴らしい仕事ですね!」
「いえいえ」
聞く限りかなり上等な家であることは、想像に難しくない。
「でも、それって結構高いんじゃ?」
もしや王都の一等地の家賃四か月分なのでは、そう思って俺にアルバートは満面の笑みを返し、
「いえ、20万セーリアでございます」
「買った!」
「ありがとうございます!」
まさかの本当の破格だったのである。
一般兵士の月収が15万セーリアなのだからそれを考えれば間違いのない破格値。
元勇者候補である俺の賃金はかなりもらっていたので、一か月分の賃金でこの家は帰るのだがここまで安いとある問題はある。
「で、どこにあるの? その家?」
「はい、それがなんですが...........」
家の立地についてリリスとシエテの了解もでた。
というよりかは、むしろ推奨という感じだった。
実際、俺もこの物件の立地は気にいった。
その買った家というのが『王都セレイア』とは、幾つかの村と『魔森地』で隔てられている小さな村『ルーティオン』にあったのだ。魔森地はその特徴から行商などのルートとは外すのが一般的となっており、商人も旅人も寄り付かない村がルーティオン村となっている。
そんな背景があるからか決して物件としては人気ではないのは明白だったが、王都とは距離を取りたい今はかなり都合がよかった。
他国への移籍も考えたが、他国の仕組みに詳しくない今はあくまで検討という段階に留めたのも決定の一因を担っているだろう。
「もうすぐですかね?」
「たぶんそうだね」
前方を望むシエテがそう声を掛けてくるのに視線を合わせ、さっきまで犇めきあって視界を占領していた木々は徐々に間隔をあけ、隙間に青が望めるようになった。
「シエテ?」
じっと前を見て肩をふるわせるシエテに声をかけると彼女はバッと走り出した。
「シエテ!?」
「ちょ、シエテ?」
リリスも驚いた様子で二人してシエテを追いかけ、ようやく止まったときには森を抜けていた。
「ここがルーティオン村ですか!?」
「ああ、そうだね」
普段物腰の柔らかい彼女の興奮したような声に惹かれてみれば見えてきたのは広がる草原の中に開拓された村。
「聞いてはいたけど....すごいわね」
「あぁ」
森の方が、村より高い位置にあるため、村の全貌はよく見える。
眼下に、村から広がる田園はその多くが荒れ果て機能を放棄している。
どうにか、機能している田畑は僅かだということが遠目からわかる。嵐がくれば跡形もないというよな家も多く見受けられる。
話には聞いていたがだいぶショッキングなそんな光景。
「畑がいっぱいです!」
ただ、シエテにとってはかなり魅力的のようだ。
「これなら畑を借りれば薬草や、野菜....果物まで!」
一つ一つの田畑を指さしながら、そんな構想を口にする彼女を見ればさっきまでの村への驚きも変わってくる。
「ま、これなら好き勝手出来るでしょ」
「ですよね!」
リリスの言葉に嬉しそうに返す彼女を見ればそれだけでよかったと思える。
自然の無い町よりも自然が多い方がいいのだろう。
それによく見ればリリスの顏も楽しそうなのだから結果は良好だろう。
「ここ、ギルドですよね」
シエテがやや困惑したような声音で目の前の建物を指さす。
「ええ、崩れかけのね」
シエテの言葉に追随する形で放たれたリリスの言葉はまさにその通り。
木造の大きな造りのこの建物は老朽化なのか何なのか、素人目に見ても傾いているのがわかる。
そんな様子だ。
それに、おそらく別の意味でも傾いているのだろう。
ギルド、正式名称は冒険者組合。
魔獣討伐や魔族討伐、害獣討伐から危険地帯の調達作業など、上げればきりがないほどの仕事があり、それを生業とするのが冒険者であり、冒険者に任務を与え、指導などをするのがギルドだ。
冒険者とは、その特殊な性質上いくつかのパターンがあるが大きく分けると二つ。
放浪者タイプか定住者タイプに分けられる。
放浪者タイプは拠点を持たずのらりくらりとそこらじゅうを回るもので、この場合は腰を据えないためギルドでの諸経費を多く払うが自由が利くもの。
定住者タイプはそのギルドの所在地に住まいを置くものだ。諸経費はかなり抑えられるが、周辺地の任務優先というものがついてくる。
つまり自由形か、ある程度抑制される仕事型といったところだろう。
「あ、ぼ、冒険者ですか!?」
重く、それでいて建付けの悪くなった押戸を押せば、薄暗い室内が出迎える。
木漏れ日が差し込むはずの天井のガラスは埃で機能を失っているようにさえ見える。
閑古鳥どころか虫の鳴き声すらなりを潜めるこの室内で、こちらをお化けでも見るような目で見てそんな声を上げた女性。
冒険者にパターンがあるようにギルドにもパターンがある。
そしてそれを二つにまとめるなら簡単だ。
冒険者のいるギルドと、いないギルド。
「よ、ようこそ!ぼぼぼ冒険者くみあいへえ!」
カミカミで動揺丸出しの受付嬢らしき女性。
この姿をみて、説明はなくても核心を持って言える。
間違いなくこのギルドは後者だ
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