勇者候補でしたが異世界から勇者が来たのでクビになりました。
紫煙
第一章 勇者候補レント・ヴァンアスタ
第1話 勇者をクビになりました。
俺は勇者として育てられた。
この国、アーバスト帝国において救国の象徴でもあり、人々の希望となる。
そんな勇者として。
勇者なんて、まさに子供たちの夢の最たるものだ。
いつの時代も子どもたちの夢はいつだって、絵本や伝記で聞かされる勇者や大魔法使いに聖女。
もはや、彼らがどんな偉業をなしたかなんてどうだっていい。
ごっこ遊びや、おままごとなんて、勇者や聖女が三人は出てくる。
最初は取り合いになっても結局譲り合いなんてできるわけがなくて、勇者同士がちゃんばらしたり、聖女が家庭に二人もいたり、みんな大魔法使いだったり。
存在するとされたって、実際に見たことのない魔王にドラゴンや伝説の魔物。
——そんなの来たらどうするの?
一度は誰だって親に投げかけたことのあるであろうそんな質問も
——そういうときは、勇者様が助けてくれるから
笑ってそう返される。
だからみんながその英雄に憧れるのだろう。
ただそんな夢を持つのもきっと五歳の時の『職業選定の儀』までだろう。
大抵の人は魔法が使える。練習すれば同じラインに立てる。それでも限界というのは決められている。
剣は誰だって握ることはできるがその一閃が、木の葉を切るのか大木を切り落とすかは別の問題だ。
だから剣を使いこなす人を剣士や騎士なんていうし。
魔法を使いこなす人を魔法使いなんて呼ぶんだろう。
体の使いこなしがうまく、身体強化に優れれば大工や、すべての適性職を投げうって冒険者として一攫千金を狙うものたちもいる。
そういった人生の指針はこの『職業選定の儀』によって大きく変わる。
「レント。頑張ってね。」
「レント頑張れよ。」
片田舎に住んでいた俺の初めての王都旅行。
その目的である職業選定の儀。
父の仕事は一般的な農家。別に大規模農園というわけでもない普通の。
——きっと自分も農家だろう。
ほどほどに土魔法と水魔法が使えて効率よく農業ができる。
そんな適正だ。適性には精神も大きく影響を与えるとされるがたぶんそうなる。
五歳ながらにそんなことを考えていた。
それでもどこか、頭の片隅程度にわずかな希望を持ちながら俺は選定の儀に臨んだ。
球の中心だけが雲のようにぼやけた水晶、『選定の水晶』に手を翳すと輝く。そう係りの人に言われ恐る恐る水晶に手を伸ばす。
わずかな不安があったが横を見れば母親の笑顔、そのおかげで落ち着いて手を水晶に被せることができた。
その瞬間、
「な、なにこれ?」
「レ、レント!?」
銀色に輝いた。
説明で聞いたこともない色に母親を見るも、母親は俺を驚いた顔で見ていた。
「「「「「勇者様!!」」」」
「え?」
突然周りの係りの人は沸き立ち一気に寄ってきた。
一体何が起きたのか。ただそれは誰も答えてはくれずしばらくすると、素人目にも上等な服を着た来た一人の男性が出てきて、
「レント・ヴァンアスタ様。 勇者適性Aおめでとうございます。」
そういって目の前に膝をついた。
このとき俺は、ただの農家の一人息子から救国の英雄である勇者に人生の指針が大きく傾いたのだ。
******
そこから十一年間、周りの期待にこたえられるように努力をしてきたつもりだった。
自分自身を鍛えることこそが義務だとばかりに周りに教えられダンジョンにも何度も潜り、みんなの望む勇者になるはずだった。
「此度は非常に申し訳ないが諦めてくれ。これも国のためなのだ。」
——この瞬間までは。
数十分前、王都の訓練場で騎士たちと訓練をしていると、王城から緊急の召集がかかりすぐに向かった。
門番は俺だとわかるや否や、王の元へと案内をしてくれた。
荘厳というよりかは煌びやか、そんな言葉が合う廊下をただただ急ぎ足で歩き玉座の間へと向かう。
強固で煌びやかな玉座の間の扉を開けてもらい中へ。贅を尽くしたその様相に思わず委縮してしまうがそれでも歩みを進め王の前へ向かった。
いつもと変わらず、玉座の間には王とその取り巻きがいるはずだったが様子が違った。
そこには見たこともないような衣装に身を包んだ若い数名の男女が何やら騒ぎだっていた。王の御前での私語などそれだけで恐れ多いのだがそれに気づく気配はない。というよりかはなにもかもを理解していないようだった。
「異世界より呼ばれし勇者の皆さんにはこれより魔族との戦線に立っていただきます」
明らかな不敬行為にも関わらず、傍にいた宰相はそれを咎めるでもなく彼らを勇者と称し命令を下した。
そう、勇者と。
訳が分からない。あんな同い年ぐらいの勇者なんて今まで聞いたこともない。
——この年になって選定の儀を?
ありえないが、限りなく現実的なことを考えたとき、
「勇者候補、レント・ヴァンアスタ。貴殿を勇者候補から除外いたします。」
「........え?」
宰相は感情のない声で俺にそう告げた。
意味が分からない。
それこそ、何か程度の悪い冗談のようにさえ思える。
それなのに、一切冗談の様子のない宰相の姿が嫌に現実的で、いままで積み上げたものが崩れるような感覚に囚われる。
どこか縋るような気持ちで、宰相の傍付きの渡してきた書類に目を通すが、一切の冗談もない王の署名のある正式なものだった。
渡された書類には異世界という異邦の地より呼び出した者たちが『選定の水晶』をより強く銀色に輝かせたとのこと。それがただただ受け止めろと言わんばかりに書き記されていた。
思わず体中の力が抜けてしまったとき、周りを固めていた貴族にいろいろなことを言われ説得されているのがわかったがもうどうでもよくなってしまった。
ただ一つ、もうどうしようもならないのだと理解したから。
「此度は非常に申し訳ないが諦めてくれ。これも国のためなのだ。」
「わかりました。この国のために」
国王の謝罪に精いっぱいの敬意を籠めて返せば、貴族たちは満足げな顔で背中を押し少しでも早く追い出そうとしてくる。最後の方は手切れ金とまでいわれ相手の潔さに感服した。
ただ玉座の間から出るときに一つだけ質問をした。
『彼らの適性を教えていただけませんか?』
尋ねるとなんとも幸せそうな顔で教えてくれた。
彼らの勇者適性はSだったらしい。
王城を後にした俺は城下町『王都セレイア』にひっそりと建つ自分の家へと向かう。
レンガ造りで周りの家の隙間にあるような、そんなひっそりとした家。
勇者適性発覚の後、すぐ用意された家で愛着もあったがおそらくその家ももうすぐ追い出されるだろう。
——勇者でなくなったのだから。
そうなればこの国にいる理由もないかもしれない。
少なくとも王都に籍を置く必要はないだろう。
ただ勇者だと盛大に送りだされた手前、地元に帰るのは何とも忍びない。
どうしたものか。
「はぁ」
「どうしたのため息なんてついて」
積もるばかりの悩みに思わずため息を声と共に吐き出し、家の扉を開ければ目の前からそんな声が返ってくる。
「リリス」
艶のあるような、それでいて凛としたような、そんな声と金糸のような髪を持つお世辞抜きで美人の女性。体つきはまるで彫刻のようで男の夢のようで、女性の理想のようなそんな女性であるが俺の師匠である。
「レント、どうしたの落ち込んで」
名前だけを呼んだことでニコリと微笑みながら聞かれるが、心配そうにしてくれているのはわかる。
正直言いたくはない。
何が起こるか読めているから。
だが、お世話になった師匠であり共に暮らす家族なので言わないわけにはいかない。
「勇者、クビになりました」
「......は」
「異世界から来た人の適性がSでクビになりました」
「はぁあああ!!?」
変な汗をかきながら言った言葉に帰ってくる驚愕の悲鳴。そりゃそうだよな。
とりあえず今は少し休ませてほしい。
現実逃避を籠めてそう思い、家に入ろうとしたがそれは叶わない。
「ちょっとこの国滅ぼしてくる」
「ああ、ちょっとリリス。 翼出ちゃってるから。 変身解けちゃってるから。」
体中から殺意を出している師匠が人の姿をやめてしまったからだ。
言うなれば俺の師匠リリスは俺より強いのはもちろんのことなのだが。
———悪魔なのである。
それはもう本人曰く『原初の』何とかだからしい。
問題はそんな彼女の変化だ。
優しげだった瞳は妖艶な輝きを放ち、先ほどまでの金糸のような髪は色が抜けきり腰まで伸びる夜のような輝きを放つ銀糸へと変化し、背中からはキメの細かい一対の翼が広がっている。
「レントがこの国のためだというから見逃してきたが、捨てられたのならばこんな国など」
「わぁ、そんな気にしなくていいから」
リリスはダンジョンで封印されているのを解いた時、最初は襲ってきたがいろいろあった末、師匠になってくれ今では家族同然なのだ。
本当に昔から一緒にいるからかそのせいもあって結構過保護なところもある。
——―この口調も懐かしいな。
そんなバカみたいなことを思うのは困る反面嬉しさもあるからなのだろう。
「とりあえず翼だけはしまって。ね」
「.......うむ」
この国は魔族や魔獣とは敵対にあるのでここでこんな姿を見られるわけにはいかない。
一応わかってくれたのか翼だけはしまってくれたが殺気はビシバシ伝わってくる。主に部屋に飾られていた国旗がズタボロになるくらいには。
リリスをやや強引に押しながら部屋のソファーにつくが移動の際に甘美な声を上げていたのは何なんだろうか。
「もう、俺には適性がなかったんだから仕方ないよ」
「そうは言ってもね」
「いいから」
抗議してくれる気持ちはうれしいが俺自身もう、どうでもいいと思ってしまったのだ。
もしかしたら見限ってしまったのかもしれない。
それに一応納得してくれたのかうねり声を出している。
とはいっても俺自身が完全に納得してるなんてことはない。
——とりあえず考えをまとめよう
そう思った矢先、後ろで玄関が開く音がした。
「ただいま戻りました。...リリスさんどうかされました」
「ふん....この馬鹿に聞け」
玄関から入ってきた少女が扉を閉めると、町娘のような快活そうな印象の少女の輪郭がぼやける。
変身魔法が解け始めているのだ。
身長はすっと伸び、肌は褐色に。髪の毛は先ほどまでの茶髪から金糸のような色へと変わり耳はつんと上にとんがった。
森の民とされる、エルフの特徴を持つ彼女。
彼女はエルフの中でも特殊個体であるダークエルフである。
「シエテ、えっと.....勇者クビになりました」
「まぁ」
「えっと.......あれ」
「ん?」
彼女もかなり俺のことを知ってくれている気はしたのだが、リリスのような怒りは見せない。
というか胸の前で手を合わせる姿はむしろ喜んでいるようにすら見える。それにはリリスも理解不能だったようで難しそうに顔を歪めている。
「それでは私はまだ、レントさんと一緒に居てもいいんですね?」
胸の前で手を合わせ何やら嬉しそうにしている姿になんとも拍子抜けしてしまう。
「えぇと、いいの。俺勇者じゃなくなったんだよ」
「なるほど。シエテ、あんた天才ね」
俺の疑問の答えの代わりに後ろからリリスが抱き着いてシエテの言葉を肯定した。
なんとも置き去りになっているのだが、二人の顔を見るにそれぞれ考えがあるようだ。
「えぇ、勇者となるお方のお傍に私のようなものがいていいのか、そう思っておりましたがもう私は気にしなくてもいいのですね」
「シエテ、そんなこと気にしてたの。勇者になったとしても一緒にいるつもりだったよ」
「ありがとうございます、しかし私は....」
シエテは服をめくり背中を向けてくる。そこには小さいが腰のあたりに焼き印があるのがわかる。
この国の紋章とされている古龍の刻印。これは奴隷につけられる韻だ。
戦争により連れてこられたものや、犯罪を犯したもの、身を保証できなくなったもの。
そして、おそらく合法ではない方法で連れてこられたものがこの韻をつけられ、魔法を掛けられて奴隷として働かされている。
ダークエルフのシエテは、ダークエルフという種の少なさゆえに誘拐され奴隷にされかけていたところをリリスと一緒に助け、今に至る。
奴隷の韻を押されてしまったため元の村には戻れないとのことで俺のもとに来てもらっていたが韻だけで魔法も何もないのだが、そうはいかないらしい。
現に奴隷でなくなったものもこの韻に苦しめられていることはあるそうだ。
「シエテが気にしないなら、俺も気にしないよ」
「はい!」
俺の言葉に嬉しそうに返事をする彼女をみれば先ほどの落ちていた気持ちも徐々にだが浮かばれてくる。
おそらく、俺の予想以上に気に病んでいたことだったのだろう。
それが和らいだのであればよかったのかもしれない。
正直ショックだった。かなりショックだったが、得たものがしっかりとあるのだから。
「私も、もう変身しなくていいのねー!」
「ちょっと、リリス苦しい。あと町ではだめだよ」
ぎゅっと抱きしめられると思いのほか苦しい。それでも彼女にだいぶ苦労を強いていたと思うと強くも言えない。
「んー、わかったって。よし! じゃあ冒険でもする。あっ、しばらく隠居するとか」
軽い感じで言われるがそれもいいかもしれない。
結局異世界だかの少年たちには勝てないのだから冒険者というものになって自由に生きるのも面白いだろう。
今までの世間からの目も、義務も、使命もなく暮らすのんびりとした生活も捨てがたい。
「私もご一緒していいですか」
「もちろん」
「よーし、計画開始!」
いつの間にか話はまとまり気づけば夜。
布団に入り寝ているとすっと誰かが布団に入ってくるのがわかる。
といっても、こんなことをしてくる人なんて一人しかいない。
「リリス」
「今日は疲れたね」
「うん」
優しい声音に素直に返せば、お気に召したのか頭を撫でられる。
「お休み」
ぎゅっと抱きしめられなにか魔法をかけられたのか一気に眠気に襲われ意識は低下する。
――「ふーん...子どものころに光ったんだから今はもっとすごいに決まってるじゃない。SSSだってぇの」
耳元でなにかをささやいていた気がするが低下した意識ではよくわからなかった。
ただ、優しい気配に包まれた。
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