第4話 初めましてマイホーム
ギルド受付嬢のカエデさんに教えられた我が家は、おそらくこの村で最も魔森地に近いところにあった。
だからきっと安いにしても破格だったし、アルバートも俺に勧めたのだろう。
本来であればそんな立地条件最悪な家のはずなのに、俺はこの家を見たときにうれしいと思った。
夕焼けに照らされた一般家庭にしては大きい池、その池を中心に荒れてはいるが大きめの家庭菜園。
木造二階建ての作りの家はやや大きめのガラスで窓を作られそこが夕日に染まりオレンジに輝いている。
そして、家を囲うように建てられた木柵も所々痛みが見えるがこの程度だったら許容範囲だろう。
雑草は鬱蒼と生えてはいるが、それだって砂利を敷くなり、刈り取るなりすれば問題はない。
「これが俺たちの家か」
「はい。レントさんまたよろしくお願いします。」
呟くような俺の言葉にシエテが手を取り丁寧に言葉を述べる。
別段そんなに丁寧にしなくてもいいとは思うが、それが彼女の美徳であり彼女なのだ。
「こちらこそ。リリスもまたよろしくね」
「ええ、あなたを見守ると決めてるもの」
優し気な表情でこの家を見ていたリリスが空いていた手を優しく握ってそういってくれる。
口では新生活、新居などといってはいたって実際現実味が薄かった。
本当に家を買ったのかも曖昧な、そんな気持ちだったが、両手に二人の温かさや重さを感じれば、新生活が本当に生活が始まるんだと実感してくる。
だから握られた手に力を籠める。
「これからもよろしくね、リリス。シエテ。」
俺の気持ちがわかったのか、返事の代わりに手をまた握り返された。
「じゃあ、いざマイホームに入ろうか」
「はい。あ、リリスさんちょっと。レントさんは少しまっててください」
玄関に向かい、ドアノブに手を掛けようとしたところでシエテから待ったが掛かった。
「え?...ちょ、リリス?」
「いいレント、勝手に入ってきたら沈めるから。」
いったいどういうことなのかわからずリリスに助け船を出してもらおうにも、リリスは何かを察したようで俺が求めた助け船はあえなく沈没させられてしまった。
忘れていたが、鍵を持っていたのは俺ではなくリリス。何を言えばいいのかと思案しているうちに気づけば二人がさっと夢のマイホームへと消えていき、玄関までの石畳に置いてきぼりの状態になってしまった。
——さて、どうしたものか。
「レント!なにしてんの早く来なさい!」
「横暴だ!」
まさかの一切の余韻もなく家の中から飛ばされる檄はあまりにも理不尽だった。
意味も分からないのに、しびれを切らしたように檄を飛ばしてくるのはあんまりだ。
嫌味の1つでも言ってやろう。そう思いドアノブを捻り扉を開けると、
「「おかえりなさい」」
「あ、ただいま」
目の前で並んでいた二人にそう言葉を送られた。
今まで何百回といわれてきた挨拶を言われ嫌味を告げようとしていた口は自然と返事を返していた。
「ふ、なによそれ。まぁいいわ。ほら片づけするわよ」
「ふふ、レントさん。やっぱり一番最初にレントさんにおかえりなさいを言いたかったので」
はにかんだ様に笑うシエテに、ちょっと文句を言いながらも笑顔のリリス。
俺に内緒で、それこそ二人とも打ち合わせもなしに行ってくれた帰宅の挨拶。
二人を見てこのとき新しい日常の気配を感じた。
「レントさーん。レントさーん。」
「ちょっと、シエテ、酔ってるの?」
「酔ってませんよ」
家に入るや否や片づけに取り掛かったが、実際にはもう夕方。
カエデさんに言われたのもあり、家に来る前に立ち寄り挨拶をした村長宅でいただいた毛布を雑にだが片づけた寝室に準備すれば、必然的に時間は夜になっていた。
幸いにも、前の住人が引越しの際に家具は諦めたようで、やや埃をかぶったベットを掃除すれば十分使える代物になった。寝室の準備が終わり、時間が夜になってしまえば魔森地の疲れも当然出てきてしまい、そこで気持ちは切れ完全にお疲れモードになるのはしょうがなかった。
引越し祝いとして王都を出るときに買ってきたワイン数本と簡単に用意した食事を一緒に一番綺麗な部屋である寝室で嗜んで早一時間、完全にシエテは出来上がってしまった。
王都の時はそれこそ嗜む程度だったシエテも、今回はだいぶ飲んでしまったようだ。
その点リリスはやや赤くなっているが絵になる様子でずっと飲んでいる。
「レントさん」
「はい」
さっきまでの楽しさいっぱい、幸せいっぱいというような状態から一変。やや真剣みを取り戻した顔でずいっと距離を詰められ名前を呼ばれる。整った顔立ちが目と鼻の先まできて思わず少し大きい声で返事をしてしまったが彼女はそんなことを一切気にしない様子でいる。
「これからもよろしくお願いします。」
「はい」
もっと気の利いた返事ができれば良いのだろうが、それに満足したようにシエテは頷くとこちらに抱き着いてきた。
ほのかに香ってくるアルコールと彼女の匂いに、火照った体温。
それにドキッとするが彼女は気にしないようでグイグイと抱き着いてくる。
「ちょ、シエテ。」
「ふふん。レントさんあったかいです」
エルフ特有なのか、その魅力的な体を惜しむことなく押し付けられてしまえばやはり恥ずかしい。
男としてうれしい気持ちもあるが
「ふふん」
そう鼻歌交じりにぐりぐりと頭を擦り付けられればうれしいけど恥ずかしい。あとかわいい。
普段と違った、べったりと甘えてくる感じに思わず頬が垂れるのを感じていると頭に激痛が走った。
「いt!?」
わかりきっている犯人に非難の視線を向けるとすぐ目の前に顔があった。
「リっ、リリス?」
さっきまで仄かに赤い程度だった印象だが、だいぶ赤くなった顔によく見ると床に転がっている五本のワインボトル。
完全なオーバーペースだったのだろう。
普段見せないトロッとした赤い顔は何というかドキッとさせられる。
「レントォ。私も構いなさい。奥さんでしょ」
グラスの中のワインを遊ばせながらやや拗ねたようにリリスが言ってくる。
その言葉にドキッとなるが事実ではない。
「ちょ、それは村長が言っただけでしょ」
「レントさん。私も奥さんです」
「シエテばっか贔屓すんなぁ」
いつの間にかおとなしくなっていたシエテもここぞとばかりに復活してこちらをいたずらっ子のような顔で見てくる。
ほんと、いつものおとなしいシエテとは対照的だがこれもアルコールの力か。
いっそされるがままに身体を二人に預け、グラスに残った僅かなそれを傾ける。
耳元で延々とからかってくる二人に適当に返しこの原因を振り返る。
遡ること数時間前。入村者として村長に挨拶をしに行った時のことだ。
「おお、これはこれは若い入村者様ですな」
「村長初めまして、レント・ヴァンアスタと申します。」
「村長の、シルバ・グレンディアです。どうもレントさん」
好々爺のようなやや疲れた感じのある老人は嬉しそうに顔を崩しこちらに向かって挨拶をしてきた。
ギルドを出た俺たちは、カエデさんの提案で村長のもとへ挨拶へ向かった。
一応挨拶には伺う予定だったが、カエデさんに勧められたのでそれを機会に家に行く前に立ち寄らせてもらったのだ。
何となくギルドに入る前にざっと見た村の建物から検討をつけていたのだがそれは間違っていた。
村で一番大きな家かと思ったがそういうわけではなく、家は普通の一軒家と同じくらいのサイズ。
ただところどころに置かれた調度品や、書類の数がその証なのだろうと理解できた。
「それで、後ろの女性はそのようなご関係で?」
入村に関する書類を記入しているときにそう村長は聞いてきた。
ただその質問にはすんなりと答えられた。
「家族です」
いつも周りに聞かれたときと同じようにそう告げた。職業でもないので隠す必要もないし、実際問題長い間一緒に暮らしているし、これからも暮らすので家族で間違いはない。
ただ、俺の言ったこの言葉を村長は違う見方をしたようだ。
その言葉と共にその開いているかわからなかった瞼を押し上げ、綺麗なコバルトブルーの瞳をはためかせた。
それはまるで少年のように。
「なんと!お二人も奥さんを。流石、王宮勅命証をお持ちの方だ!」
「え、ちが」
「いえなにも言わなくて良いです。美人な女性を養えるなら養えばいい。私も昔は...いや、なんでもありません」
大きな勘違いと共に何かを言いかけた村長だったが、何かを察したのかその言葉を飲み込んだ。後ろで奥さんらしい方がいた気がするが気のせいだろう。
そういうことにしたい。ナイフ持ってたし。
どうやら身分証明に使った勅命証から、変なふかよみをしだしたようだ。
ただ、それは否定しておかなくてはいけない。
そう思った時だった。
「いっそ、このままいきましょう。奥さんの方が人種などには緩いはずよ」
「リリス」
リリスがそっと耳元でそんなことを告げられた。
告げられた言葉を頭の中で反芻した考えれば確かに勝手はいい。
亜人に差別的な人は少なからず存在し、エルフであるシエテも悪魔であるリリスも何かあったときにかなり便利かもしれない。
ただ勝手はいいが、それでも正確に否定はしておこう。そう思った時だった。
いつの間にか手元から消えてなくなっていた書類はいつの間にか村長の元へ。
そして、
バンッ!!
これでもかという勢いで村長の印が書類に押され、その書類には妻の欄にリリスとシエテの名前があったのだ。
「リリス。やっぱり明日村長のところに訂正にいこう」
「....わかったわよ。でもいまは構えぇ!!」
「だぁ、わかったから」
酔って気分の良くなったからか、アルコールの匂いを漂わせ甘えるように、俺をいじるように抱き着いてくるリリスに、昔の子どもだった時のような懐かしい気持ちになりつい強く言えずに構ってしまった。
そばにしてシエテもその流れで構い、結果としては有耶無耶で寝る羽目になったがそんなスタートもいいだろう。
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