第5話 リリスの情景 上
甲高い金属同士のぶつかり合う音が町外れの森の湖畔に響き渡る。
ひっそりとした場所だがその音は、そんな場所には似つかわしくないように激しくあたりに音を響かせるそんな中、そこには2人の人影があった。
1人は片手で長剣を扱い、もう1人は両手で持った長剣を掲げて切り掛かっていく。
上段から放たれた一閃も傾けられた剣で防がれ、身に合わない剣は地面へと向かっていく。
それでも諦めずに、強引に体を捻り横凪の一閃を放つ。
決定打、そう思わせるような鋭い一閃はこれまた叩き落とすようにいなされ、その剣が勝負を決定付けるには至らなかった。
別段、片方の使っている剣が驚くほど使い勝手がよく、もう片方が驚くほど使い勝手の合わない剣だなんてことはない。お互いの剣に違いはないのだ。
ただ一つ、大きな違いがあるとすれば圧倒的な体格差だろう。
片手で剣を扱うのは女性で、両手で剣を握りしめ勝負を果敢に挑んでいるのはまだまだ少年と呼ばれる大きさの男の子。
男女に力の差があるといっても、この明らかな体格差の前ではそれもあり得ないだろう。
どう考えても、勝敗など火を見るより明らかな、そんな数合、数十合にも及ぶ戦いは意外な形で終わった。
「もうやだ! リリス強すぎ!」
「あ、こら逃げるな!」
「やだ!」
うつむいていたかと思えば、剣を投げ出し逃げ出したのは果敢にもさっきまで女性に挑んでいた少年。
間違いなく、剣を投げ出すなど騎士道精神から離れたような状況でも、逃げ回る少年と追いかける女性には確かに笑顔があり、その姿は家族のように見えた。
そしてその光景は徐々に薄暗い思考にぼやかされた。
―――
「ん、もう朝?」
目が覚めたばかりなのに、やけにはっきりとする思考とともに目を開けるも映る景色は薄暗いの一言。
ベットから上を眺めれば、天窓から覗く景色は夜の帳が太陽と出番の相談を始めた頃合いに伺えるが、まだまだ起きるには早い時間だ。別段、この時間に起きなくてはいけない用事もないのに、身体に残る独特な倦怠感。そして僅かな喉の渇きからわかることと行ったらただ一つ。
「飲み過ぎた」
間違いない、アルコールの過剰摂取から来るものだろう。
ただ、それに対する嫌悪感はない。目は覚めたが、どこかまだ曖昧な意識でどこにあるかわからない腕に力を籠めれば胸元に暖かいものが沈み込んでくるのがわかる。
「レント」
下げた視線の先には薄暗いがぼさっとした髪があるような気がする。
たぶん寝癖でぼさっとなってしまったそんな髪。
実際見えないがいつも朝はそうだからたぶん今日もそうだろう。
先ほどまで見ていた夢を思い出し声をかけるが返事はない。わざわざ起こすことでもないが、もう一度強く抱きしめしっかりと存在を確認し瞼を閉じる。
あの小さかった子がこんなにも大きくなるとは。奥さんといわれてついつい飲み過ぎてしまったが何百年と生きて初めてできた家族との仲を正式に誰かに認められたのだ。
凄くうれしかったのだから許してほしい。
胸元にしっかりと彼のぬくもりを感じながら微睡む意識は暗闇へと落ちていった
今から数百年前、この世界に国王なんて言う仰々しいものに、それこそ国なんて概念も法なんていう煩わしい取り決めもなかったころ、私はただそこにいた。
ただただ存在していた。
「私は何だ?」
今のようなレンガ造りや、木造なんていう建築技術も道具も知識だってなく、当たり前のものがないころ私はただ人々の営みから外れた洞窟にいた。
そんなところに暮らす私は、もはや暮らすと呼べるのかもわからない、そんな生活をしていた。
『あぁ。 女神さま。』
あるものは、そんな異質の私を女神と仰ぎ、食べ物を貢ぎ、物を貢ぎ、知識を求め、富を求めひれ伏した。
不思議と空腹という感情もろくになかったのだが、貢がれた食べものは口に運び、物には何も感じるものはなかったのでどこかに投げておいた。
それを見つけたものが、それをまた神の恵みと思い私を崇拝した。
『あ、悪魔め!』
あるものは私を悪魔と罵り、遠ざけ、閉ざし、殺そうとしてきた。
何度も凶刃を向けられた。何度も毒を向けられた。
それなのに不思議とこの体は丈夫で、それでいて不思議な力を持っていたからか気が付いた時にはそれも対処できてしまった。
別に自分から、女神だとか悪魔だなんて名乗ったわけではなかった。
それこそ、自分について誰かに語ったことも一度だってない。
それなのに、私を見た数多の人間は私を女神や悪魔などと述べるのであった。
ただ、自分というものを認識したときにはすでにこの姿で、人々に距離を置かれる存在になっていたのは紛れもない事実だったし、なによりも今が一体どういう状況なのか一切わかっていないはずなのに、それが不思議とどこか納得していた。
雨を望まれたら降らすことができた。
恵みを望まれたら恵むこともできた。
富を求められ、知識を求められたらそれを与えることだってできた。
そして、滅びを望まれればなぜかそれができてしまった。
いってしまえば、人々が私に求めることの大半を私は与えることができたのだ。
そこから数十年、同じことの繰り返し。
求めに応え、それを与えるだけの日々を繰り返していたそんなある日。ふと、あることを思った。
頼まれるでも願われるでもなく自分で動いてみようと。
今までの、人の願いを聞き、それを叶えるだけではなく、自分の思うままに行ってみようと。
一カ月に一回程度、求められた雨をずっと降らせてみた。
何度も懇願された大地を耕し、人々が求めた木々を増やして森を作った。
普段、訪れるだけだった人のもない話をし、皆が求めて止まない富を自らも求めてみた。
初めて、自分の意思で何かを起こしてみたが、それを人々は批判した。
ずっと私を女神だと崇めていた者たちは、私を悪魔と呼び批判した。
何が悪かったのか、そう聞けば人々は口々に声を上げた。
その人を惑わす姿が悪い。
惑わす言葉が悪い。
行う全てが悪なのだと。
散々求めておいて、自分が望まないときにはそれを悪だと嫌う。
そんな人間の姿に嫌気がさし私はその時『魔族』、そう呼ばれ迫害され、人々と争いを起こしていた者たちに力を貸し、人間に反旗を翻した。
悪魔と呼ばれた私と、魔族と呼ばれる虐げられるものたち。
そこに似たものを感じ数年、数十年と共に過ごした。
ただ、そこでも結局は変わらなかった。
『リリス様! 勝手に動かれては困ります。』
『あっ、リリス様には関係がない話ですので』
今度は魔族たちが人間と同じように私を遠ざけた。
形ばかりの立派な建物、立場だけは異常にいいはずなのに扱いはそれに比例はしない。
空虚だった。人々に見限りをつけこちら側にきた。
同じものを感じ来たはずなのにあまりにも私は空虚だった。
『リリス様! お力をお貸しください!』
『ああ、原初様お知恵を』
魔族だって人間と変わらない。
必要な時には私に跪き頭をたれる。
口先ばかりの敬意と共に力を求め、知識を欲してきた。
そんな彼らに力を貸したからだろうか、気づけば私は偉大な悪魔として、魔族たちから畏怖されるような、そんな存在になっていた。
私は一言たりともそんなことを望んだことはないが。
ただ、彼らは私を祀り上げた。
人間に力を貸していたときと全く変わらない退屈な日々。
私はこんな日々を求めて魔族と共に過ごしたわけではなかった。
だからだろう。
そんな生活に呆れが射し私はあることを決意した。
永遠に眠ろうと。
ある日私は、その無駄に立派な建物から足を踏み出した。
一人で、誰にも気づかれないように動き、いくつもの森を超え谷を越えた。
そして、数日か数十日たったとき人も魔族も、生活の営みもないところで一つの洞窟を見つけた。
凡そこれからも人々が来ないであろう、そんな洞窟を。
そんな洞窟の奥地で、私は自信に封印の魔法をかけた。
自然と頭に浮かんできた魔法を自分に掛け、長い眠りについた。
きっといつか、この封印が解けたときには何かが変わってると思って。
「.....おい!.....」
どことなく朧げになった意識の中で声が聞こえた。
「....さあ目覚めよ!!」
嫌に頭に響くその声に重い瞼を開ければ、見えるのは眠る前とはえらく苔むした洞窟の壁と目の前でやけに偉そうにしゃべる煌びやかな様相の男とその周りを固める鎧姿の者たち。
まだ冴え切らない私の記憶では、見るにあの金属製の鎧は非常に高価だった思うのだが、どうやら文明は進んだのか。はたまたそれ相応の力を持っているのか。
ただ少なくとも、洞窟の様子から年月は経っているのだろう。
ただそれも関係ないことだ、大事なものは相手の恰好などでも、経った年数でもない。
「なんの用だ?」
封印が自然に溶けたのではないことはわかっている。
そうなれば、目の前の男は何か用事があって私の封印を解いたのだ。
私の問いに男は、その髭を蓄えた顔を見事なまでの笑顔に変え
「我々に力を貸してもらいたい。 原初の悪魔リリスよ」
そう答えて見せた。
まさか時代が変わってもなお、私という存在が知られているとは。
しかも悪魔として伝えきかされているとは。なんとも言えない気持ちで黙っていれば相手は得意気にしゃべりだした。
「数百年前に大陸で邪知暴虐のすべてをなした悪魔よ。 封印はこの私、レーヴァンス・ブルムシュワンのもとに解かれた。 さぁその力を持って我々と一緒に」
「うるさい」
「へっ?」
一人自分によって口上を述べるその男に気づけば私は魔法を放っていた。
瞬間、目の前で雄雄しく語っていた男も、その付き人もその場に倒れていた。
結局時代は過ぎても変わることはなかった。
人間はどこまでも汚くて、この時代でもまは私を利用しようとするばかりだった。
あきれ果てた気持ちだが、その中でも一筋の光はあった。
それは文明の進化。
数百年前と男は称した。つまりあの時から数百年が経ったのだ。
あと数百年、時代がもっともっと先を行けば私なんて有象無象に過ぎなくなるかもしれない。
だからもう一度。
今度は、以前よりも強く、深い眠りにつけるように自分の周りを魔法と結晶で囲み、瞼を下ろした。
カキン、カキンー
そんな何かと何かがぶつかり合う音がした。頭に響く音。
一体今度はどれだけの年月が経ったのだろう。
かなり重くなった瞼を開けるも視界はぼやける一方だ。
それが数分続き、ようやく見えるようになった時目の前に少年の顔があった。
目の前といっても結晶を挟んでだ。少年はがむしゃらに結晶を、おおそよ見合わない大きさの剣で叩いていた。
今の状況を冷静に分析すれば気持ちは嫌に冷静になった。
ああ、今度は殺しに来たか。
前回は力を求められ、今度は殺しに来られた。
恐らく月日は経っただろうが、この時代でも駄目だったのか。
醒めきった思考で魔法を解き、結晶を壊せば子供は驚いた顔でこちらを見てきた。
寝込みが襲えずといったところか。
子供だから。驚かせる程度の攻撃を魔法で与えよう。そうすればきっといなくなる。手に力を籠め僅かばかりの火を打ってやれば、
「わ!?」
「ほう」
その体には合わないであろう剣で防いで見せた。それなりに力を持って殺しに来たのか。
子どもだと油断してはいけないらしい。
そう思って今度はもっと強く、攻撃をしようとしたとき
「お姉さん! 出れたんだね!」
そう嬉しそうに言ってきた。
屈託のない笑顔とは正にこのことだろう。純粋に私が目覚めたことを喜んだ少年に気づけば攻撃をすることを忘れていた。
これが私と、レントの出会いだった。
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