第10話 異世界勇者拾いました。

「レントさんよかったですね」

「うん」


 湯気の立ち込める温泉をリビングの窓から見ながらシエテはそんなことを言う。

 温泉の成功は村を一気に活気づけた。何よりも女性陣は長年の悲願でもあったらしく大変喜び、男衆も株が上がったと大いに喜んでいた。

 うちの場合は、リリスもシエテもその温泉を使わないため俺の株が上がるなんて言うことはとくにはないんだが。


 ただ活気を取り戻した村の恩恵はひしひしと感じている。

 

 みんなの活力が上がったからか、荒れに荒れきっていた畑はしっかりと開墾され、道も踏み石がしっかりと敷きつめられるようになっていた。

 あとは立派な柵が村を囲うようにできたり、大浴場の隣に新しい浴場が建設されたりと、まさに村は息を吹き返し始めていた。


「それにレントさん。ありがとうございます」

「なにが」

「ふふ、お庭でされてることに気づかないほど私たちも馬鹿ではありませんよ」


 紅茶を注がれながらそんなことを言われ、惚けて見せるがどうやらわかりきっているようだ。

 家に増築されるように庭に用意された木の大きめな小屋。

 現在進行形でゲイルさんと数人の男衆が作業をしている。俺も最初は手伝っていたのだが最後の細かい仕上げはもう役に立たないないとのことで俺ものんきにリビングでティータイムとしゃれこんだのだ。


「リリスさん、知らないふりしてますけど喜んでましたよ。私もですが」

「へー」

「レントさん。」

「いや、ただグリドの討伐報酬を還元してるだけだよ」

 そう、俺は別にそんなことは狙っていない。少しぐらいしか。

 魔獣グリズリーロードの討伐報奨として、ある程度の額を貰ってはいるのだが、何だかんだグリドとしてこの村に住まわしている以上地域に還元したい。

 そうなれば結果として、大工であるゲイルさんに大きな仕事を預け村人に仕事を回すのが一番いい、そう考えたのだ。

 まぁ、あとは恩恵を彼女たちにも与えようと。


「あ、レントさん。ゲイルさんが呼んでますよ」

 窓から見える手を振る姿をみたシエテがそう教えてくれる。


「じゃあ、行ってくるかな」

「はい」


 一応は秘密裏に動いているという体になっているのだがもはやバレバレである。

 それもそうか、自宅に温泉を引いているんだから。


 温泉発掘で大層ご満悦だったグリドが、気を利かせてかもう一か所堀当て我が家までつなげてくれた。

 といっても、村の大浴場に入るのが引けたグリドが自分用に温泉を作ったついでなのだろうが。


 そして、わが家に引かれた温泉をどうするかとなればもちろん使おうとなるのが世の常というか、当然の理というものだろう。


 ゲイルさんに連れられるままにいった小屋は、なかなかの大きさになっていた。

 それこそ、リビングの半分くらいの大きさに。


「よしゃ!兄ちゃんみてくれよ」

 俺の驚きも収まらぬままにそういって開けられた小屋の中は見事の一言だった。

 庭からも家からも入れるようにされたその小屋の大半を占める大きな木製の風呂枠。

 それは凡そ俺が適当に作ったような風呂桶とは比じゃない。

 地面は石張りになっており、この石を固めたときの苦労を思い出す。


「立派っすね」

 とはいえここまでになるとは。

 おそらく二人ぐらいで入っても余裕のある造りに、当初制作に関わっていたはずなのに驚いてしまう。

「そりゃ、若い夫婦がみんなで入れるように」

「夫婦ちゃいますから」

「まぁそういうなって」

 どうやらあの、やけに大きく制作していた裏側にはそんな下らん考えがあったらしい。

「ただ、こんな立派じゃお金足りなかったですね」

「いや、兄ちゃんからはこれ以上もらえんさ。村に寄付してんの知ってんだぜ」

 村長め、口を割ったか。


 グリドの報奨が大きすぎひっそりとやる手はずだったのだが村長め。


「兄ちゃん。これが村の、少なくとも男衆の気持ちさ。だから割り増し料金なんていらないし、まぁここで全額いらねぇってのは勘弁な」

「いえいえ、そりゃもちろんですよ」

「よし!じゃあ湯張るぞ!」

「「「おお!!!」」」


 そんなゲイルさんの掛け声にほかの男衆がかけていく。

 しばらくすると徐々にだが風呂にお湯が張り出した。


 齢二十前にして俺は自宅に温泉を手に入れた。


 と、ここまではよかった。

 かなり順風満帆だといえるだろう。


 しかし、温泉の完成を言うためリビングに戻るとそこにはシエテしかいなかった。

「シエテ、リリスは?」

「リリスさんは先ほど出ていかれましたよ」

「そっか...」

 何も連絡もなしに出ていくということは、よっぽどの急用だったのか、それともすぐ終わる用事なのか。

 ただ、なにも周りから強い気配を感じないのでおそらく後者なのだろう。


「じゃあ、ばれてるとは思うけどもうすこし待ってね」

「はい」


 嬉しそうに返事をしてくれるシエテから紅茶を貰い、話をしながらリリスを待つことにした。


「で、その果物が,,,,,,,」

 シエテの植物トークを聞きながら数分が過ぎたとき 玄関からリリスの呼ぶ声が聞こえた。


 返事をしてみても入ってくる様子はなく、様子を見に行くと玄関のすりガラスに大きな影が映っていた。

  どうやら一緒だったらしいグリドの姿、そこにあるであろうリリスの姿もみようと玄関を開けたとき、


「え!?」

 俺は悲鳴にも似た驚嘆の声を上げた。

 リリスもそれはわかっていたのか、不思議そうな顔でその対象を見ているがその目には明確な敵意がある。

 まぁ、それもそうなのだろう。


「リリス。もしかしてそれって」


 恐る恐る彼女の傍らでグリドに咥えられている女性を指さす。

 その女性の服装には見覚えがあった。


「ん、自称勇者よ」

「あう、た、たすけてくださいぃ」


 間違えなかった。

 その女性が来ている服はあの時、あの玉座の間でみた異邦人の服装のそれだった。

 幾分か変わったことといえば、その腰に剣があり服がところどころ傷んでいるぐらいだ。


 相手が異邦の存在で、自分より格上の存在。

 剣は備えていないが腰に自然と手をかけ言葉を紡ぐ。

 

「えっと、大丈夫ですか?」

 こちらとしても戸惑うように出した言葉。

 ただ女性は、そんな俺を涙目で見た後カッとその目に力を入れ


「あ、クビになった人」

「ぐふっ」

「レ、レントさん!」

 

 そう告げてきた。

 これは間違いない。

 どこか、そんなあり得るわけがないと思っていた予測が現実に変わる。

 その事実を知っているてこの服装。

 この子は異世界から来たとされる勇者だ。


「あんたレントを馬鹿にしたわね。殺す」

「あ、リリス抑えて」

「無理」

「リリス」

「......ふん」

 

 俺が馬鹿にされたと判断したリリスがすぐさまプレシャーを掛けるがそれを制す。


 どうにか理解してくれたリリスの視線は鋭く殺意マシマシのままだが、これは諦めよう。

 怯える異世界の子だがさすがにそこまでは面倒見れない。傷心をえぐられたし。


 どすッとグリドが少女を落としていくのを見送りもう一度しっかり少女を見据える。

 疲れ切った服装に、ボロボロの恰好。おおよそ勇者とはわからない今の出で立ち。


 すくなくとも年頃であろう女性がしていい恰好ではないので、

「とりあえず入って」

 彼女を招き入れることにした。



「じゃあ話を聞かせてもらえる」

 リビングに通し、相対するように座る。俺の隣にはリリスとシエテが挟むように座っており、俺たち側にはお茶が、彼女の方には水が


「.......シエテ、あの子にも」

「はい?なにか?」

「いえ、なんでもないです」


 ものすごいいい笑顔で恐ろしい圧を出されてしまい、押し黙るしかなかった。


「早くしゃべりなさい。無駄なことを言ったら殺すわ」

「ちょっと、このお姉さん怖い」

「うるさい早く」


 リリスの一挙手一投足に恐れながら少女は水の入ったコップを握りしめこちらをじっと見てくる。


「あ、あの私。ミフネレイカって言います。出身はカナガワケンで.....」


 聞いたこともない地名に聞いたこともない歴を話される。

 そのコウコウなるものがなんなのかとかいまいちピンとこないものが多いのだが、何となくわかるのは嘘ではないということ。

 嘘ならもっとましなものがあるだろうし、この局面で話すにしてはあまりにもリアルな内容だった。


「で、あんたはなんであそこにいたの?」

「魔森地?」

「そうよ、こいつワイルドウルフに追われてたの」


 追われてたということは仲間は置き去りなのか、それとも一人。

 前者なら何らかの討伐や訓練だろうが、後者であれば魔王討伐に本格的に動くといったあの時の宰相のセリフから一人で貴重な勇者を訓練に行かせるとは思えない。


 俺は、昔はこっそり抜け出してダンジョンに潜ったりもしていたがこの子もその口なのだろうか。


「えっとですね」


 なんとも言い淀んで見せるその姿に自然と緊張感が走る。

 まさかとんでもないことが起きているんじゃ


「私、勇者逃げてきました」


 てへ、そんな効果音が付きそうな仕草の彼女に俺はただただお茶を飲むしかできなかった。

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