第9話 築け夢の温泉
「よーし、基礎はもういいぞ!」
「「「「うす!」」」」
ゲイルさんの掛け声と共に、木枠に詰める石を最後にする。
ここまでに要した時間は凡そ三時間。
延々と小川で回収した大小様々な砂利の回収作業はこれで終わったのだ。
温泉づくりといっても、建築の知識がゼロの俺や村の人たちはゲイルさんや、他の大工さんの主導の下で動いていた。
「じゃあ、水と土魔法が使えるやつらはセメント準備!」
「風魔法ができるやつは、硬化の準備しろ!」
「おーい、柱用に加工してくれ」
「じゃあ俺が行きます!」
遠くから聞こえてくる別部隊の要請に、誰かが言われるまでもなく参加し、つつがなく行われる作業。
各々が目標に向かって、ただ純粋に仕事を行っているのだ。
そんな中で、基礎部隊として石積を終えた俺は、
「うぉー!!!!!!」
「いけー、レントさん!」
「あんた最高だぜ!」
「すげぇ!!! この魔法があれば百万力だぜ!」
「よ! 二股野郎!」
「くそがぁ!!!!」
周りの応援に押され気合が入り俺の雄たけびは強くなる。
約一名への呪詛を込めつつにさらに気合はこもる。
決して二股ではない。遠くの方から聞こえる野次もいくつかあるが、そこにはノータッチで。
「いっけぇー!!!!」
「流石レントさんだ。セメントの渇きが違うぜ!」
「ああ、あんた冒険者廃業しても食ってけるよ」
周りの声援を一心にうけ、セメントの乾燥作業に移っていた。
セメント、それは石灰や粘土が混ぜられた乾くと固くなり石同士に繋ぎにはもってこいなそんなもの。
流石に石積だけではお湯をためても意味がない。すぐに抜けてしまいただの小川のようになってしまうので、しっかりとお湯をためる機能を確保するためにセメントを使うらしい。
実際、この知識もゲイルさん伝えで、材料の確保は大工や農業適性のほかの男衆たちが魔法を使い採掘、生成をしていた。
ただ、このセメントは万能に等しいが乾燥をさせないとただの泥だということで、俺が考えた最強の作戦としては、風魔法に火魔法を組み合わせることで速乾性を高めるという方法だった。
素人案にしてはかなりハマったらしく、このように周りからは声援を送られる。
「いやぁ、兄ちゃん最高だぜ!。これならあと二日っていえば大浴場の完成だ!」
後ろで嬉しそうに丸太を加工してながらゲイルさんにそう言われればまだ見ぬ大浴場への思いが大きくなるばかりだ。
今俺たちは温泉を作っている。
それも、穴から湧き出ているような天然丸出しのモノではなく、浴場に温泉を流そうとしているのだ。
いってしまえばかなりの大工事。成功のビジョンも明確には見切れないこの工事は、
『風呂を作りたい』
そんな村長の一言から始まったのだ。
そう、この話題が出たのは数日前の村の会議だ。
***** ******
「おつかれさまです」
突然かかった男衆のみの呼び出しに応じ村長宅に行けば、そこには見事に村の男衆の姿が。
周りに誘われるがままに席につき、ぐるりと視線を一周。
両サイドにいる人達には、引越し祝いと称して良くしてもらったこともあり、和んだような空気が流れていく。
といっても、引っ越した際に本当に村中の人に良くしてもらったので、こうして話し合いの場に座っても
「で、奥さん二人とはどうよ?」
「リリスちゃんとどうなった?」
「シエテちゃん泣かすなよ」
とまぁ、声を掛けられるばかり。
リリスに関しては、人付き合い自体そこまで好きではないので男衆とのかかわりは薄いから、女性陣に聞かれたのだろうが、なんとも緩い感じだ。
ただ、その緩い空気も終わりを告げた。
上座で一番目立つところにいた村長とゲイルさん。深刻そうに村長に耳打ちされたゲイルさんが口を開いたのだ、
「風呂を作ろうと思う」
失礼だが拍子抜けしてしまい惚けたような顔になっていただろうが他の男衆は、
「なんだと!!」
「ついに!ついに!この時が!!!!」
「まってろジェシカ!!!」
「お、男だなゲイル!!」
「俺は感動してるぞ! 村長!!!」
大いに沸き立っていた。
「...........というわけでみんなでやりたいと思う」
要約すると、村の女性陣の集まり、その集まりの際にお風呂の話題になったらしい。
というのも、その時に女性陣の水浴び事情になりシエテやリリスの姿を全く見ないのがどうしてかとなった際に、わが家のお風呂が明るみになり女性陣の間で欲求爆発となったらしい。
「それにしてもレント。よく風呂なんか用意できたな?」
鍛冶屋のベインさんに尊敬にも似た眼差しでそういわれる。
ほかの男衆も同じような感想らしく頷いて見せる。
「リリスが人に肌を見られるのを嫌がるので成り行きで。 といっても雑な作りですよ」
もともと風呂を置くことを想定した家だったのか、石張りの一室があったのでそこにグリドが切り倒した木と、雑な魔法で固めて四画を作っただけだ。
たぶん作ろうと思えば誰でも作れるレベルの雑な出来だが、他の家はもともとお風呂を置くことを想定しないで作っているからか、できないということ。
ただこれには俺も同じ気持ちだ。
もともと風呂文化なんて俺にはなかったのに、王都の家に用意だけはされていたためリリスが来た日からずっとお風呂だった。
実際は水風呂用の風呂釜だったんだが、そこはリリスが魔法で温めてくれた。
昔は一緒に入っていたのだが、最近たまに誘ってくるのは勘弁してほしい。
「ほー、嫁さんは旦那以外は嫌だと」
「嫁のために風呂を用意するた、頭が下がるわ」
「男だがほれるわ」
周りにヤイヤイ言われるがそれは無視して気になったことを言う。
「じゃあ、誰が火魔法使うんですか?」
火魔法といってもただ火をつけたり熱を与えるレベルだが、王都では大きな浴場の運営には数人の魔法使いがいた気がする。
浴場となれば小さくても二、三人は居ると思うのだが。
そんな俺の単純な疑問にゲイルさんはにやりと笑った。
というよりかは俺以外の男衆全員が笑って見せたのだ。
「レントさん。この村はな。温泉が出るんじゃよ」
「は?」
突然言われた言葉に思わずそう言ってしまった。
ただ怒られることはなく、ゲイルさんに一冊のかなり古い本を渡される。
それに視線を落とせば村長が言葉を紡いだ。
「この村はいまから何十年も前に温泉が出たとされており我々の先祖様はその恩恵で生活をされていたのだ」
「じゃあなんで今は?」
「魔獣の大暴走が起き村を一度捨てたんだ。そのあと帰ってくると温泉の湧いていたところは見事につぶされていて、人も減った先祖は温泉をあきらめたんだ。」
ゲイルさんはそういいながら村の地図の一点を射す。
「そして昨日俺は、ある掘削担当と契約に成功した。」
掘削担当、そういわれて何となくだがわかってしまう。
だが一応聞いておく。
「グリド君だ。彼には温泉の永久券、そしてリンゴ二箱で契約をさせてもらった」
風呂につかる姿が頭をよぎり思わず笑いそうになるが周りの顔ははるかに真剣だった。
「ようやく、ようやくだみんな!家族のために力を上げるときだ!!」
そんな村長の鼓舞する声にみんなが大きな声を上げる。
「兄ちゃん。あんたにも手伝ってもらいたいがいいかい?」
ゲイルさんやみんなの視線に俺は、
「もちろん」
そう答えた。
**** ******
「じゃあ、グリド!頼むぞ!」
「アウ」
温泉の溜まる枠組みはセメントが固まり完成した。
柱や屋根なんかの木材部隊も今は作業を中断している。
温泉を掘り当ててからの工事より枠組みがあった方が後々やりやすい。掘り当てなければ無に帰るような作戦だが、そのギャンブルに俺たちはかけた。
浴場から目と鼻の先ほどの地面をみんなが見つめる。
昔の文献通りならそこから風呂が出るはずなのだ。
「ヴヴーーーー」
グリドが唸り声をあげながら一点を見つめる。
「ウアー―――!!!」
大きく吠えその爪を地面に突き立てる。
大きな音と共に掘り出される土はまだ乾いている。
周りも緊張感が走るのがわかる。
だんだんと掘り進んでいきその姿が穴に沈んだころ。
「キュウ」
穴の中からグリドの悲鳴にも似た声が聞こえた。
「おい!大丈夫か!?」
みんなが穴に駆け寄り身の心配をした。
いつの間にか数メートルは掘られた穴の中。
そこでそいつは。
「グマァー――――」
体を泥水でビシャビシャにしていた。
ただただの泥水ではない。
仄かに漂ってくる温かいもの。
「お、温泉だぁ!!!!!!!」
誰かのそんな声で俺たちは沸き上がった。
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