第12話 グリドの苦悩
「う、うそですよね。 ここは何だかんだ一緒に暮らす流れじゃないんですか!?」
「いや......そのね」
「ま、まじで!?」
目の前で叫ぶように言う彼女には申し訳ないが、ここでそう簡単に首を縦に振るほどお人よしではない。
何よりも彼女に厳しい視線を向けるリリスと、厳しい対応を見せるシエテを見るに彼女が受け入れられる光景が一切思い浮かばない。そういって点を加味しても俺が彼女の言葉を受け入れることはないのだ。
「よし、じゃああんた森に帰りなさい。」
「ちょっと!!」
「は?」
「す、すいません!」
満足げに片づけを始めたリリスがそんな言葉をかければ彼女は声を大にして見せるが、すぐさま返された圧のこもった声によってあしらわれてしまう。
「うぅ....でも.......でもぉ」
ただ本当にあても何もないのかこちらを一生懸命言葉を捻り出そうとしている姿は、どんな形であれども心には来る。
徐々に瞳がうるんでいけばそれこそ罪悪感というものが生まれてくる。
別に助ける義理はないだろう。それこそ一般論でいってしまえば、俺は彼女を恨んだっていいはずだ。相手からしたら見当違いの怨念でも、俺としてはそこそこ道理があるのだから。
ただ、
「レントさん......」
どこかあきらめたようなそんな視線と共に紡がれる声。
だいぶ荒れてしまった肩口のあたりまで伸ばされた黒髪や、所々が裂け、決して綺麗とは言えなくなっているその異邦人の装い。
それが徐々に俺の感情を刺激してくる。
本当はこれで受け入れる。そんな流れが物語の定番なのだが、彼女が何者なのか話を聞いてもわからないのだ。それこそ王と繋がっている可能性だってあるのだから素直に受け入れられない。
「ほらグリド! 捨ててきなさい」
「アウ!!?」
「さぁグリドさん。 行ってらっしゃい」
「.......キュウ...」
——お前犬みたいな声上げるなよ。
俺がはっきりしないからか、しびれを切らしたリリスとシエテの言葉が、拾ってきたグリドにあてられる。
「キュウ.......」
しかもこんな時に限って小動物のようなつぶらな瞳になって縋るように俺を見てくる。
その顔は、二人の女性に睨まれ助けを乞うようなそんな顔。
わかってはいたが、こいつは間違いなく雄だ。
「グリド」
「グリドちゃん」
いよいよ本格的にしびれを切らした二人の声がグリドを襲ったとき、
「はぁ」
俺は助け船を出すのだった。
「.......れ、レントしゃん...」
「レント?」
「レントさん?」
この溜息の意味が二人はわかっているのか、どこかあきらめたような納得したような、納得してないような、そんな複数の意味を持った視線を向けられる。
そして、意味が分かっていない彼女だけはただただ心配そうに俺を見つめてくる。
「アウ」
主に一匹、安心したようにため息を吐いたこいつは許さない。
目の前でもう涙を流してしまっている彼女に一つ一つ頭の中で整理して言葉を出す。
「村で仕事はしてもらいますよ」
「えっ!?」
「しっかりと住んでもらいます」
「は、はい」
「村のために働いてください」
「はい!」
ずっと村に置こうとは思っていなかったのか、リリスに方を掴まれるが今は無視するしかない。
それこそ、少しでも時間があれば俺の決心が鈍ってしまうかもしれないから。
「とりあえず空いてる部屋で」
「あ、ありがとうございます!!!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔の彼女が安心したように抱き着いてくるが、まだまだ警戒が解かれていない状態では視線も痛い。
「2階の奥の部屋です」
「......はい」
耳元でそういえば時間はかかったがしっかりとした返事が返ってくる。
彼女を階段まで送り一息つことしたとき、
「レントさん?」
「詳しく聞こうじゃない」
改めて握られた俺の双肩が、悲鳴を上げた。
「じゃあグリド.......追手の確認してこい」
「ア、アウ!?」
「わかるな」
「アウ」
おまえが最後にぐずったんだ、そんな気持ちを視線に乗せれば目に見えて肩を落とし重そう森の方へと向かって歩みを進めていく。
一体誰のせいだと思っているんだか。
「よし。 じゃあお風呂でも」
グリドの見送りもそこそこに、せっかくできた新しいお風呂でも堪能しようと思えばがっつりと肩を握られる感覚。
「わかってるわね」
「レントさん...」
「はい」
グリドの見送りで、二人の疑念はうまい具合に有耶無耶にできるかと思ったがそんなことは一切なかったようだ。
まあ実際は、しっかり言おうとは思っていたが現状から逃げたい気持ちが少しあったのだ。
ミフネレイカ、そう名乗った彼女は疲れがあったのだろう。部屋に案内をしてしばらく、一向に出てこないのを怪しんでみてみればベットにうつぶせになって沈みこんでいた。
さっきまで、あれほどに嫌悪感を示してきた相手がいる中で睡眠に入るということに驚きを覚えたが、それほどまでに疲れていたのかもしれない。
一体どんな道のりを超えてきたのだか。
「で、レントはなんであの子をウチに入れたの?」
「そうですよレントさん...あの人は」
誘導されるままにリビングのテーブルに着けば、二人が訝し気に聞いてくる。
シエテの言い方からして、シエテが不快感を抱いているのはおそらくあの事。
俺が勇者をやめる理由を作った人間。
そこを言及しているのだろう。それはきっとリリスも同じなのだ。
シエテは俺が勇者じゃなくなった時喜んでいた。
だからその怒りには矛盾もあるような気もするが、それでも彼女は俺のことを一番に考えていてくれるのだろう。だからこそ、勇者をクビになる原因であった彼女の存在が許せないのかもしれない。
リリスは付き合いが長いからこそあの日、本当に心配して怒ってくれていたこともある。
だから彼女の存在が許せないのだろう。
俺だって、あの子が『あ、クビになった人』、そういったとき確かに嫌悪感も抱いた。
それに、異世界からの人間ということがもっと俺の猜疑心を育てた。
「正直、家に置く気はなかったよ」
そう、これは本当の気持ちだ。
それこそあの時、グリドが渋ったあの時までは俺は二人をとっていた。
ただ、あのとき八割は彼女たちを。
残りの二割は同情と疑問だった。
「一体、何をする気なんだろうね」
彼女たちがなぜ呼ばれたのか。
魔王討伐なんていっても今までは俺一人がその任の最前線にあてられ、大きな動きなんてなかった。
それこそ相手からの侵略行為だってなかったのだ。魔族と名乗るものが時折クーデターを起こすもほとんどが単独だったり、魔王の関与しないところとされていた。
だから騎士団の面々とは、平和な世間話をしていたときも多かった。
それなのになぜ、なぜ今になって動き出したのか。
異世界とは何なのか。
日本とはいったいどこなのか。
どうやってこの世界に来たのか。
今になって改めて時間を与えられれば、それこそいくらでも疑問は出てくるのだ。
「さぁね」
「え?」
「だってあの国王は、もともとロクでなしの子孫だから何するかわからないわ」
「あぁあの話ね」
俺の疑問を、呆れたような声で一蹴りしてしまう彼女の言葉で思い出すのは、昔教えられた話だ。
「えっと、リリスさんの封印を解いたっていう」
シエテがおぼろげな記憶を呼び起こすように聞けばリリスが頷いて返す。
そう、これは俺がまだ十歳にもならない頃、リリスが変身魔法を使って一緒に王城についてきたのだ。確か理由は心配だからとか、一人で家で待ってるのに飽きたとかそんな理由だったと思う。
俺が訓練をしているときに、暇つぶしといって王城を探索しているときに書庫で見つけたらしい。
『レーヴァンス・ブルムシュワン 手記』
そう記された、古びた本を。
迷わずそれを拝借してきたリリスに読んでもらったのは、なんとも言えない話だった。
色々な旅路が書いてあったが気になったのはそこではない。
レーヴァンス・ブルムシュワン、数代前の国王がリリスの力を求め冒険に出たという話だ。
しかし邪知暴虐の限りを尽くす原初の悪魔はそれに抗い、敗走を期したという話。
実際とはいささか異なることが記されてはいたが、この国の王の家系を知ったリリスはその時から、あまり国を信用しないようにと俺に教えてくれていた。
俺だって馬鹿ではないから、上の方で何か隠し事があるような気はしていたが、その全貌までは知らなかった。
正直、汚職ぐらいだと思っていた。
「この国には何か大きな秘密がありそうね」
勇者候補の俺も、長い時を過ごすリリスも知らない異世界の存在。
一体国王が何をしようとしているか全く見当がつかない。
ただ、一つ確かなのは、二階で眠っている彼女の処遇はもっと真剣に決めるべきということだろう。
場合によっては武器にも毒にもなる、そんな不思議な存在の彼女を。
とはいっても、保護した手前危険なことはあまりさせられないのだが、しばらくは冒険者でもしてもらおう。
——勇者をクビになった次はまさか国王を疑う羽目になるとは
「お風呂入ろうかな」
一つ大きな疑問を吐露し、余裕ができてきた思考はどんどん保護した彼女の事などでマイナスなことを考えてしまう。
やっぱり見捨てた方がいいのかもしれないなど。
ただこれも、疲れから来るマイナスな思考なのかもしれない。
とりあえずお風呂で羽を伸ばす。
そう思っていった言葉にリリスはおもちゃを見つけた子供のような視線を向けてきた。
「お姉ちゃんが一緒に入ってあげようか」
「何年前の話だよ」
「え、一緒に入ってたんですか!?」
「もう十年も前にね」
シエテが驚いたように聞いてくるが、確かにシエテがうちに来たのは俺がある程度大きくなってからだ。
小さいころ、それこそ五歳になってすぐに王都に出てきた田舎者の俺には、お風呂なんて言う文化がろくになかった。
それを、やたらそういう文化の吸収が早かったリリスが許さず、家に用意した風呂釜で何度もいっしょにお風呂に入ったのだ。
ただそれだって、最初の一、二年くらいの話だ。
「ほらほらレント行くわよ」
「あぁ、ちょっとやめろって」
「れ、レントさん! せっかくのお風呂場ですから!」
何を血迷ったのかそういいシエテも背中を押してくる。
これじゃまるで、ゲイルさんの目論み通りじゃないか。
どうにかこの状況を抜け出そうと画策しながら、今の状況を振り返る。
いま俺たちに起こったことは、まさに予想外のことだし、正直安心できる状況でもない。
ただ、
「ちょ、抵抗するな!」
「やめい!」
「レントさん!」
さっきまでの真剣な話し合いがどこへやら。
おかしなテンションになっているこのやり取りに安心してしまう。
たぶんどうにかなってしまうのだろう、と。
——お風呂は一人で入りました。
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