第13話 朝練につき

 今日も今日とて朝やることは変わらない。

 毎朝の恒例となっている訓練だ。

「はっ!!!」

 剣を一気に振り払った一閃は、一直線に相手の胴へと向かっていく。

 ただ、その一閃が相手の胴をしっかりととらえることはなかった。

「甘い!」

 一体どんな反応速度をしているのか。

 蹴り上げられた右足によって大きく弾かれてしまう。土壇場でも決して剣は離さない。

 そんな、見せなくていい騎士道精神が今、現れてしまい、相手にさらす形になった胴に拳を当てられる。

「ぐっ」

 吹き飛ばされ揺れる視界のなかで、そんな相手に向かっていく人影が写った。

「やぁああ!!!」

 勢いよく剣を振りかぶり突っ込んでいく一人の女性。

 ミフネレイカの姿だ。

 両手で剣を振り上げた上段の構え。威力こそあれど、隙だらけで圧倒的に分が悪い相手へのこの特攻は、

「死ね!」

 先ほどの掛け声よりもえらく実践向けな言葉と共に一蹴された。

 振り下ろされた剣ごと、体を殴り飛ばすなんていう荒業によって。

「ちょ!? 掛け声違くない!」

「私だけおかしいでしょ!!」

 蹴り飛ばされ、地面に五体投地していたはずの彼女は起き上がるや否やリリスに食い掛っていく。

「うっさい!」

 ただ。それが気に入らないのかリリスは語気を強めてそう言い返す。

「レントさん!」

「レント!」

 それに困ったように俺に助けを求めてくれば、そのあとをリリスがおってくる。


―—お願いだから矛先をこっちに向けないでください。

 いっそのこと倒れたふりをしておけばよかった。

 まあ、そんなことをすれば一瞬にしてバレ、もっと厄介になるのだが。

 

 正直、訓練といっても実践を想定しなくてはいけない。

 だからリリスも間違っていないのだが、今回に関していえばやりすぎな点がある。

 あまりに力の差を見せすぎてしまい、訓練にすらならないから。

 リリス自体は全然本気でなくても、彼女を圧倒しきってしまっては意味がないのだ。


 ただそれを伝えるのは何とも...

 一つ、助け船を求めようと視線を後ろに下げる。

「バ,バウ!?」

「おまえなぁ」

 俺との訓練が先ほど終わったグリドは、呑気に木の実をかじりこちらを観戦していたのか、俺と視線が合うと焦ったような声を上げた。

 そして、ゆっくりとだが視線をそらした。


——こいつ、見捨てやがった

 おそらく、ここでリリスを注意すれば機嫌が悪くなってしまうとは思う。

 ただ、ここは俺が心を鬼にするときなのだろう。

「えっとリリス。 駄目だよ」

 なるべくオブラートに。別に俺自身が憤慨しているわけでもなく、やんわりと注意をしてみたが、

「死ね小娘」 

どうやら機嫌を損ねてしまったようで、なかなかに大きな火の玉を掌に出現させるリリス。

「ちょ!? レントさんの話聞いてないの!?」

「うっさい」

 今まさに投げる、そんなモーションのリリスにそんな声を彼女が投げるが効果はなく、そんなリリスを止めるためにできることは、

「あ、リリス。 はぁシエテぇぇ!」

 朝食の用意をしているであろう、シエテの名前を呼ぶだけであった。


*******


「で、リリスさんはご機嫌斜めだと」

「はい」

「もうレントさん!」


 あの後、シエテの合流によってどうにかリリスを抑えることには成功し、朝食を迎えることができた。絶賛ご機嫌斜めだったリリスと共に。

 結局、パンを一つにお茶を一杯飲むだけで足早に俺たちを置いてお風呂に行ってしまった。

 そして、詳しくリリスに聞かされていなかったシエテに、今回の事の巻末を話すことになったのだが、シエテはどうやらリリスの味方らしい。

「ミフネさん」

「はい」

 椅子に座っているシエテが改めて、しっかりと彼女の方を向いて声をかける。

 とてもまじめな、真剣な話をするような態度に呼ばれた彼女もしっかりと返事をし、

「リリスさんも私も、まだあなたを信用しきれてません」

「はい」

 一切の手心も掛けずに言われたその言葉は、かなり厳しいものだった。

 まじめな態度を見ても、かなり高度な冗談ということはない。

 この家にいる二名はお前のことを信用していない。

 そうはっきりといわれたのだから、顔に曇りが走り、俺を縋るように見てくる。

 ただそれは、シエテもわかっていたようで、

「ですからレントさんに頼りたい気持ちもわかります」

 そう続ける。

「ですが」

「リリスさんはレントさんを大切に思ってます。 レントさんそんな風に言われたら面白くもないんです」

「はい」

 まるで教師のように、諭す言い方に思わず俺も頷てしまいそうになるがどうにかこらえる。

 これは彼女がシエテに言われた言葉なのだから、俺が賛同するのは何か違う気持ちがする。


「そしてレントさん」

「はい」

 すっと相手が俺に移れば自然と返事をしてしまう。

「リリスさんはレントさんを取られちゃったみたいで面白くないんですよ」

「いや、そんな」

「そんなことあります。 ずっと一緒なんですから」

 私だって面白くありませんよそうなったら。そう付け足されれば俺も頷きざるを得ない。

 ただ、リリスのそれとシエテのそれが同じなのかはわからなかった。

 俺にとってリリスは圧倒的にお姉さんなのだ。

 たまにだらんだらんと甘えてくるときはあるが、そんなときは少なくて、色々なことを教えてくれて、困ったら助けてくれる。

 そんな彼女だからこそ、いまいちつかめない。

 

「リリスさんを呼んできますから、お部屋で待っててくださいね」

「えっと...」

「いいですね」

「はい」

 俺の返事などはろくに待たず、テキパキと指示を出されれば頷くしかない。

 というよりか、普段温厚なシエテがこうもはっきりとした物言いでくれば、こっちとしてはそれに波風を立てないほうが無難だろう。

 何より、普段と違った雰囲気に反論すらできない。


 淡々とした指示と共に部屋から追い出されてしまえば、向かうところなど一つしかない。


「はぁ」

 部屋に着くなりベットに飛び込めば体を少し硬めのベットに跳ね返されるがそれもそれで味はある。

 『部屋に行く』っとなれば、普通は自室が定番なのかもしれないがそんなことはなく寝室。

 別段部屋数が足りないということはないのだが、王都時代は家が小さく寝室が自室だったのが今でも癖づいているために、今回もそうしたのだ。

 それに、リビングでだらけることが常なので自室がいらないのもある。

 小さい時からリリスと一緒で、シエテが来てからはシエテとも一緒に三人でずっといたので、一人部屋というのは落ち着かないのだ。

 とはいっても、今回に至っては間違いなくリリスとこの後会うのだから気まずさはある。


「うーーーーん」

 体をベットに完全に預け、思考を放棄する。

 結局、いつかは話す必要はあるし仲直りだっとしたいのだから、考えるだけ無駄だろう。

 こうやってベットに身体を預ければ、なんとも不思議な感覚がする。少し前までだったら、今頃訓練かダンジョンとかだったろうに。それが今となってはこうしてベットにだいぶできるのだから事実とは小説より奇なりとはこのことだろうか。


 ベットに身体を預けているからか、いろいろなことを思い返す。

 今朝のこそや、それこそ今までのリリスとの訓練。

 そして、昨日の夜の事を。


―—まさか来るとは


******


 夜中扉をたたく音と、獣の叫び声。

 聞き覚えのある、その咆哮にこたえるように重い瞼を持ち上げて玄関を開ければ、予想していた展開が広がっていた。

「はぁ」

 そう、悪い予想の方だ。

 玄関を開けた先にいた獣、グリドが咥えた血濡れのマント。

 そのマントはところどころ破れているが、確かに見覚えがあった。

 古龍の大きな絵に、その上に載るように書かれた剣と盾の絵。

『王宮第二勅命隊』

 近衛騎士隊はアーバスト帝国において最も高い戦力を誇るといわれるが、その力を振るうことは少ない。もっぱら荒事の解決や、軍対規模で動くときに先陣を切るのが王宮第一勅命隊。

 そのため、第二勅命隊は決して目立ってはいないが、『表に出ない黒い部分を対応している』という噂を聞く、そんな部隊だった。

 

 今ある情報を、自分の知識とつなげる間にもグリドはジェスチャーと爪で大きな絵をかいて見せる。

 おそらく満場一致で、


「追手ね」

「ああ。 ってリリス?」

「おはよ」

「うん」

 いつの間にか起きてきていたリリスが後ろから声をかけてくるが、状況は理解しているようだ。

 そう、この状況が意味するのはただ一つ、追手の存在だ。

 追手の存在自体は容易に想像できた。

 だからあの時、グリドに追手の捜索をいかせた。

 ただそれがどこかに行った異世界人を、形式的に探すようなものではなく、黒いうわさの絶えない具体が出張ってきたのだ。

 彼女の話を聞く限り、剣も魔法も才能は見えなかったと。

 たとえ教え方であったにしても、才覚が見えない人間に本気をだして探すものがどれだけいるのだろうか。

 偶然、グリドが血濡れたマントを見つけた。

 だが次は血濡れたマントではなく、それを纏ったものが彼女を求め攻め込んでくるかもしれない。

 それこそ、俺には想像もできない何かを彼女に見て。


 彼女に自分を守る術を教えなくてはいけない。

 この出来事は、俺とリリスにそれを深く実感させた。

 

 だからこそ、朝いちばんに彼女をリリスがたたき起こし連れ出し、訓練に向かったのだが結果は何とも言えない形で終わってしまったのだ。



「レント?」

 物思いに更けていた俺を、リリスが呼ぶ。

 仰向けでベットに寝転ぶ俺には顔は見えないが間違いないだろう。


 流石にこの姿勢でもいれないので、ベットから体を起こせば見えてくる。


「リリス、服は?」


 入口にバスタオルだけを纏ったリリスの姿が。

 




 

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