第14話  side 異世界勇者 千佳

「それでは、魔王軍との全面戦争に向かおうと思います!」

「「「「おおぉぉぉお!!!!!!」」」」」」

先陣を切る男性の声に応えるように響き渡る雄たけび。

 野太い声の間に点々と混ざる女性の掛け声。

 その一端を担うのが私、

「行こ! 千佳ちゃん!」

―—月岡千佳である。

 こちらを振りかえって声をかけてくれる女の子に応えるように、腰に付けた剣に触れる。

 まだ一カ月も握っていないはずなのに、もうすっかり剣に触れることが私の中で癖づいていることに気づき、自然と苦笑いが込み上げてくる。


 つい一か月前は、今を時めくJKだった。

 それこそギャル雑誌を読んだり、SNSに友達との写真を上げてみんなに自慢したり、たまにあるテストに一喜一憂したりと、そんな高校生活を送っていた。

 ただ、そんな日常はあの時に大きく変わってしまった。

 放課後、教室に残った友達と話をしていた。それこそ大した内容ではない。

 ただ昨日何があって、今日はどんなことがあったか。よくよく考えてみればたいして面白みもないようなそんなやり取りだった。

 確か最後にした話は、駅前のポニーバックスコーヒー、通称『ポ二バ』の新作の話だった気がする。

「メガトン・レモンスカッシュ・フラペチーノ」

「え、千佳ちゃんなんかいった?」

「え? ああ気にしないで」

「う、うん」

 どうやら口から洩れてしまったらしく、心配そうに見つめてくる彼女にそう断わる。 

 期間限定のその商品は、きっともう飲めないのだろう。

 それこそ、ポ二バの味はもう二度と味わえないのかもしれない。


 あの時、私の世界は一気に暗転した。

 一気に足元が抜けたような感覚と共に、謎の浮遊感が私の体を襲ったのだ。

 気が付いた時にはもうこのよくわからない国に、世界に私は存在していた。

 小学校からの友達で、親友ともいえる麗香と共に。


「千佳ちゃん遅れるよ!」

「あ、ありがと。 行くね」

「ほらいそいで!」

 思い出に更けていれば行進を勧める一行から距離が離れてしまっていた。

 それを、おさげ頭の茶髪が映える瑠偉ちゃんが引っ張ってくれる。

 行進から遅れれば、普通は厳しい声が飛んでくるのだろうがそんなことはないのでそんなに焦らなくてもいいのに。

 ただまじめな瑠偉ちゃんはそういうことはキチンとしているのだろう。


—―ほんと麗香とは大違いだ

 そう思って何となく視線を動かすが、お目当ての人物がいるわけもない。

 それもそのはずだ。

 だって、ここに麗香はいないのだから。


 三船麗香は私のヒーローだった。

 いろいろな場面で麗香は私にお礼を言ってくれて『ありがと千佳』と笑顔を見せてくれるが、本当にお礼を言わなくてはいけないのはずっと私の方だ。

 内気で友達なんてできない私に最初に声をかけてくれたのが麗香だ。

 小学校の時の話だから麗香に言えば、忘れたといわれるが私は忘れない。

 中学校に行ってから派手になった麗香は陰気な私に声をかけ続けてくれた。

 だからそんな麗香に近づきたくて私もメイクをおぼえておしゃれだって覚えた。

 だんだん周りは、麗香に影響されるなと口うるさくなってきたが、別に私が望んだことだ。

 高校に入って、おしゃれに気を使ったからかそこそこ周りの受けはよかったが、性格までは治らない。

 いまいち高校の雰囲気やノリになじめない私を引っ張ってくれたのが彼女だった。

『巻き込んじゃってごめんね』

 そういって困ったような顔をされたが、私はうれしかった。

 だから、私も彼女のためにできることはなんでもしたかった。


 ただ、麗香はこの世界に適合していない。

 それはこの世界の誰かが言っていたことだったとも思う。

 少なくとも、今日まで麗香の才能が開花するような場面はなかった。

 だから私は麗香を遠ざけた。

 一緒に居れば麗香もきっと私と同じ扱いをされるかもしれないし。

 何より麗香に何かが起こるかもしれない。

 

 今度は私が、私が麗香を救って見せようと。

 麗香が訓練で失敗するたびに寂しそうな、悔しそうな顔をしているのを見てきた。

 そのたびに私は声を上げたかった。『こんな世界で頑張らなくていい!』って。

 ただ、何が起きるかわからないからそんなことはできない。

 

 だから麗香を置いて、いろいろな訓練に出た。

 魔獣の討伐や、ダンジョン遠征。

 出てくる魔物はまるでゲームの様で、倒せば当然血も出るし、凡そ一般人だった私たちが体験していい経験ではないはずなのに謎の高揚感に駆られる。

  

 麗香を救いたいはずなのに、徐々にその気持ちと同じぐらいモンスターを倒す自分に焦がれていた。




「麗香。 会いたいな」

 一つ一つ、敵を倒すために口癖のようにそういう。

 言わないと、この気持ちすらも薄れてしまいそうで。

 魔王なんて言うものが本当にいるのかはわからない、それでも魔物を見てしまえばそこに魔王という存在もいてもおかしくないと、私の中で結論付けられる。


 魔王を倒して麗香を救う。

 そんな一心が私を動かしていたはずなのに、それは予期せぬ形で打ち破られた。


「麗香が消えた?」

「勇者、ミフネレイカが王城より姿を消しました!」

「探せ! 探し出すのだ!」

「魔森地をおった兵士が返ってきません!」

 目の前で行われている茶番はなんだ。 

 緊急の連絡があるといって、野営地に飛び込んできた一人の兵士が言った言葉に私たちの指揮官はうろたえる。

 ただ、茶番のような怒鳴り合いの中でわかるのはただ一つ。

 王城にいたはずの麗香が姿を消してしまったということだけだ。


「探し出すのだ! 我らのことをばれるわけにはいかんぞ!」

「異世界のことを知られてはいけないんだ!」

―—ちょっと待って!? なんで誰も麗香のことは心配してくれないの?

「ねぇ、早く魔王倒そうよ!」

「おい! 早く倒し行こうぜ!」

 魔王討伐という言葉が周りのみんなを支配しているのか、だれも麗香を探そうなんて言ってくれない。

 まるで麗香の存在がどうでもいいみたいに。


 話を聞けば麗香が王城から消えたのは一週間も前の事。

 魔森地という魔獣たちの巣くう森に行ったのではないかという話。


 厳しいものだが、魔法も剣も使えない麗香にそこを超えるのは不可能だとは思う。

「麗香が死んだ,,,,,,」

 考えたくもない最悪が、いやでも頭の中をよぎる。

 そんなことあっていいはずがない。

 ありえない。あの子はいつだって私を引っ張ってくれたんだも。

 いろいろな気持ちで、頭の中がごちゃ混ぜになるなかで今やらなければいけないことだけはスッと出てきた。

 麗香が死ぬわけがない。

 そうと決まれば、

「まて! ツキオカチカ!!」

「ちょ、千佳ちゃん!!」

 隠れて覚えた早く動ける魔法。

 それを駆使して私は魔森地へと向かう。


 私に今できることなんてただ一つ。

 麗香を探すことだけだ。


 それからどれほど走ったかはわからない。

 がむしゃらに駆け抜けたから地形だって覚えてない。

 

 ただ一つ言えることがあるならば。


―—魔森地ってどこ?


 評定2.0の私にわかるわけがない。

 


 

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