第31話 幼少期3
「ねぇ、レント誰こいつ?」
「あ、リリス大丈夫だよこの人は」
「レントちゃん、この女は?」
「えっと、レティシアねえさん?」
目の前でにらみ合う見目麗しい二人の女性。
そして、
「レント、これを」
「あ、シルセンタさんありがとうございます」
落ち着きを放ったシルセンタさんからお茶を貰い一息つく。
七歳にしては大人びたようなことをしているとは思うが、こうしてお茶を貰って喉を潤すことにも慣れてきた。
王都セレイアに立つ一軒家。周りの家に比べればどこか貧相な感じもするが、立派な自分の家でありそんな自分の家のリビングにいる、リリスとレティシアさん。
片や原初の悪魔という見方次第ではこの国の宿敵であり、片やこの国の第二王妃。
なんとも豪華な顔ぶれが我が家のリビングの一卓に集まっているのだ。
「ねぇ、レントちゃん」
「え、となに?」
「お姉ちゃんはこんな派手なお姉さん知らないかな」
「レント」
「なに?」
「こいつなに」
にこやかに笑ってはいるが、その声は笑っていないレティシアさんと変身も何もかもを取り払って、殺意マシマシのリリス。
止め方もわからない今、ただただお茶を傾けるしかなかった。
――――
このときの俺は、完全に浮かれていたのだ。
というよりかは、てんてこまいだった。
リリスが家に来てから数日、王国の騎士たちへの連絡も短くずっと家でリリスと話したり、ご近所に挨拶したり買い物に行ったりと生活の準備を始めたのだ。
だからこそ、レティシアさんとの約束をすっぽかしてしまった。
というよりかは、何の連絡もしなかった。
だからこそ、
「レントちゃん!」
「レティシア姉さん!?」
朝一番に開け放たれた扉。
鍵をしてあったはずのそれは、鍵のあったはずの部分の金属が溶け墜ちて機能を完全に失っている。
そして開け放たれた扉から指す光を背に立つのが、この国の第二王妃であるレティシアさんと傍付きのシルセンタさんだ。
ただそれは、俺にこの二人とのかかわりがあったからこそわかるのであって、
「は?」
一緒に朝ごはんを食べていたリリスからしたら、明らかに煌びやかな格好をした女性と傍付きらしい騎士という怪しさこの上ない一幕なのだ。
ただそれは相手からも同じで、
「だれ、その怪しい女」
「何者だ!」
ずっと一人暮らしと聞いていた年端も行かない少年のもとに、突如見た目は二十代ほどの女性が現れたのだ。
それも、
「貴方悪魔ね」
「なんだと!」
食事中、それも朝一番ということもあり、リリスは一切変身などをしていなかった。
それこそ突然の子の来訪を襲撃か何かと考え、変身をしていない節すらある。
ただ、羽はだしていないので悪魔とは視覚的にはわからないはずだがレティシアさんにはわかったのだ。
なぜわかったのか。どうしてバレたのか。
いろいろとレティシアさんに聞きたいことはあったが、こうなったときにするのはきっと問いただすことだとはわかるが今ではない。
明らかに一触即発の雰囲気を醸し出すこの三名にできることは、
「とりあえずお茶でもどうぞ」
お茶を出すことだった。
そして話は、もとに戻ったのだ。
一年近く関わったからこそ、レティシアさんは信用できる。
そして傍付きのシルセンタさんも。
そう判断をした俺は、ことのすべてを語ったのだ。
嫌になってダンジョンに潜ったこと。
そこで封印を解いてしまったこと。リリスを師として迎え入れたことなど。
最初は渋い顔をしていた二人も、俺の気持ちを察してくれたのかそのことには徐々に納得してくれたようだが、
「こーんな生活感のない女と一緒なんて! お姉ちゃんは認めません!」
「は? 貴様のような着飾るしか能のない阿保がしゃべるな」
「は?」
「あ?」
リリスの力の片鱗を知っている自分としては、そんな相手にレティシアさんが好戦的な口調なのが心配だが、シルセンタさんを見るにそういった感じではないようだ。
実際ひとを見る目や、見てきた回数は圧倒的に少ないからこそ、ここは傍観することにした。
「ふん! あなた料理とかできないでしょ」
「私の時代にはなかったが、すぐにでもできる」
「あ、この女嘘ついた! 嘘ついたわよレントちゃん!」
「は? だいたいあんたなんかこの国の王の女でしょ? 早くお城にかえりなさいな」
「いやですー! 私はあんな男よりレントちゃんが一番です!」
「レ、レティシア様! その発言は」
「うっさいシルセンタ!」
忠言をしたはずのシルセンタさんは、その一喝を浴び沈む。
明らかに怒気のこもった声に思わず怯んでしまったのだ。
「うーー、レントちゃんを取らないで!」
「は? 取ってないし!」
「取ってるじゃない!」
目の前で言い合っている二人をしり目に、シルセンタさんに連れられ二階に上がる。
「レント。 レティシア様はお前に心を開いている。 だからレティシア様が二十歳を迎えるまでは顔を出してくれ」
「で、でも」
「リリス殿のことはうまくごまかすし、一緒に来ても親戚という風に話を通しておく」
「わかりました」
別にレティシアさんが二十歳を迎えたからといって何かがあるわけではない。
聞く話では、王位継承といったことなどには興味もないらしいからだ。
ただ後で聞けば、俺を王城に呼ぶ口実がほしかったとか。
そしてこれを機に、レティシアさんからこの国の女性象や家族の形、料理などをリリスが教わっていたのは懐かしい話だ。
といっても毎回喧嘩していたが。
――――――――――
「リリス」
「どーしたのレント」
上を見上げればリリスの顔が見える。
バスタオルを巻いている姿と、身体がやけに熱いのを見るに湯あたりをしてしまったのだろう。
「懐かしいことを思い出したよ」
「そう。 あいつの事?」
「うん。 よくわかったね」
「ふん。 うわ言みたいにあいつの名前を呼ばれればね」
「そっか」
どうやら、思い出しているうちに口に出ていたのだろう。
「どうしてるかな」
「まぁ、しぶとくやってんでしょ」
「そっか」
「ええ」
何となく、言われた通り元気にやっている姿が頭を掛ける。
大方シルセンタさんをまた困らせているのだろう。
心残りではある。自分の頼れる姉貴分だったのだから。
ただ勇者をクビとなった自分に、もう彼女に会う権利はない。
「ま、大丈夫か」
あんまり心配すれば笑われそうなので、そう呟くことにした。
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