第34話 勇者とは

勇者


それはおとぎ話の存在のように見えて確かに存在する。

そんな特異な存在だ。


大魔導士、剣王、拳王などの職業適性も存在する中では勇者というのはあまりにも的を射ないようなものではあるが、それでも確かに存在するのだ。


この職業は。


「勇者は、魔王や魔族に対する特殊な恩恵と、複数の成長特徴を持つ。 俺はそう教わったよ」


「それは、いったいだれが...」

「国王もそうだし、国の教科書だって、物語だってそうだよ」

「そ、そんな」

「なにかおかしいこと言ったかな?」


「.........勇者っていうのは私たちのあいだでは......」

―――――――――

―――――


勇者とは何か?

そう、レイカやセレーナさんに改めて問われ、それに答えたときセレーナさんやほかのエルフの二人の顔には明らかに悲しみと驚きがにじみ出ていた。


『勇者とは、その力をもって亜人、魔族、人間、魔獣。 そのすべての希望となる存在なのだ』


それは素晴らしいことだと思う。

実際に魔王の進行なんて見たことはなく、風のうわさが流れてくるぐらい。

子供のころは恐れていた存在も、年を取り現実を見続ければ畏怖の念とともに存在も記憶から薄れてしまう。


それでも確かに脅威はあるはずなんだ。


国民を、人を助けて魔族や魔獣を討つ。


リリスに言われて無駄な戦いや討伐をやめることを信条にしてきた。

それ自体はいいことだと思うのに。



「なんだったんだろ?」

「グゥウ?」

「いや」


 つぶやいてみたって返ってくるのは、グリドの気の抜けた唸り声だけだ。


 別に勇者をクビになった瞬間に全部失ったような感覚にはとらわれたのだが、それでもだ。

 敵だと思ったものが突然と姿を消したのと、実は敵ではなく味方だったのはあまりにも大きな違いだ。


 十年そこらの人生が間違っていたのなら、それは一体何だったんだろうか。


 

 リビングで受けたこの衝撃を、うまく飲み込むこともできずに森に出てきた。

 最初はこのなんとも言えない鬱憤をお風呂にでも入って忘れようとしたが、間違いなくお風呂程度で癒えるような感情ではない。


 それこそ、誰かに気を使われると当たってしまいそうだった。


 だからこうして森へと足を向けたのだが、


「グウ、グウグル」

「なんだ、慰めてんのか?」


 動物的な本能なのか、シンパシー的なものなのか俺の背中をたたいてくれるグリド。

 その大きな重量感のある前足でたたくせいで、大きな衝撃に背中を襲われるがそれも一興だろう。


「グル、グラァグ!!」


 立ち上がって、熊のくせにドラミングをするのを見るに、一勝負しようといったところだろう。


 幸いここには、今まで敗走したものの剣であったり槍であったりと武器は整っている。

「魔法はあり?」

 ジェスチャーでこのまえやって見せた詠唱魔法を表現してやれば全力で首を横に振られる。


――間違いなく、人が入ってるだろこいつ。


 ただその数メートルいく巨体だからこそそれではないと毎回強引に納得しているのだが。


「よし、じゃあ行くぞ!!」

「グアアァア!!!」


 両の前脚を広げて見事な威嚇の体制に入るこいつに踏み込んでいく。




「レントさん。 大丈夫そうですね」

「そうね」

「さっきまでそわそわしてたじゃないですか」

「シエテ。 最近意地悪になった?」


 

 

 


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勇者候補でしたが異世界から勇者が来たのでクビになりました。 紫煙 @sienn

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