第16話 初仕事のおしらせ
「ほら! 次!」
「あ、ちょ!? それは無理な奴!」
「うっさい! ほら!」
「あ、この馬鹿!」
目の前で怒号と罵声と共に散る魔法の残骸。
リリスの放った火の魔法が砕かれ、宝石のように空を散って彩るその様はこんな形でなければ芸術と呼んでもいだろう。
そう、こんな訓練の間の一幕でなければ。
「もう! マジありえない!」
「うっさいレイカ!」
「ちょ、次が早い!」
文句を言いながらも、魔力弾を手に持つ剣で砕いていく彼女、ミフネレイカの姿は目を見張るものがある。
あの最初の訓練の日から時間がたったからかリリスともだいぶ打ち解けた節があるがそれでも所々に棘はある。ただ、その行動面までをどうにかしようとは思わないので、そこに対しては気にしないものとしても、
「ほら! 火炎弾!」
「あぁ! もうマジウザい!」
剣を火炎弾に軽く当て軌道を逸らしていなしていく。
その姿は、最初リリスに上段の構えで特攻を仕掛けていたあの頃からは想像もできない。
明らかに最初会った頃よりも技術や忍耐共に成長している姿には感服すら覚える。
訓練を本格的に初めてまだ1週間。
鬼のような訓練をこうしてこなしていくのだから、彼女の勇者適性というのは本物なのかもしれない。
ただそれ以上に、
「まだまだ!」
「ちょ、ほんと勘弁してください!」
「無理」
うまい具合に捌いていくレイカへのいたずらなのかなんなのか。
さっきよりも数倍大きな魔力弾を投げつけようとするリリスを見るに。
彼女の指導方針が悪魔なのかもしれない。
―—あ、そういえば悪魔だった。
目の前で悲鳴を上げながら吹っ飛ばされ、グリドに見事命中するレイカさんの姿を視界に収め、思考を傾けた。
「え?! 任務をこなす!? マジで?」
「そうだよ。レイカ」
訓練も終え、朝食の一席。
今回の本題を告げるとレイカの驚いた声が返ってきた。
「レント....さん。わかりました」
「どうしたのかしこまって」
「い、いえ」
「そう」
最近だいぶ砕けてきた、こちらからも名前で呼び捨てになるくらいには距離感が縮まっていたはずだが、なぜか一気に距離感を離されてしまった。
ただ、レイカのひきつった顔を見るに何かに怯えているような。
もしや、一瞬だけ感じた殺気のようなものが影響しているのかもしれないが気のせいだろう。
日常生活で殺気なんて感じたら生活どころではない。
「でもレントさんどうしたんですか急に?」
「あぁ、急ってわけでもないんだよ。 この前言われてね」
あれは確か三日前。
シエテもレイカも、リリスですら席を外し家に俺しかいなかった昼下がり。
家に響いたノックの音に応えるように玄関に向かうと、
『お久しぶりです』
玄関の前に立っていたのは、村のギルドの受付嬢兼管理人でもあるカエデさんだった。
一応簡単なクエストなどはまとめて受けたり、グリドと分担でやったりしているので仕事をしていないというわけではない。
ただ、それなのに関わらずこうしてカエデさんが来るということは、何か急な要件が舞い込んでしまったのだろう。覚悟を決めてカエデさんの話を聞いた。
『南西の山に魔獣が住み着いた?』
『はい。 おかしい話なんですけど国が言うにはそうらしいんですよ』
困った、というよりかは戸惑った顔で彼女が言ったのは記憶に新しい。
魔獣が住み着く、なんていうことは決して珍しいようなことではない
ないのだが、
「南西って、フェンリルがいるとかいうとこじゃなかった?」
「そうなんだよね」
「フェンリルが」
「あ、あのフェンリルって?」
「ああ、フェンリルっていうのはね........」
いまいち状況を掴み切れていないレイカのためにも改めてフェンリルについての情報を思い返す。
といって、実際に見たことがあるかといえばない。
最初、このルーティオン村に来るときに出会ったバーサークウルフなんて比じゃないほどに大きく、美しく、それでいて強い。
もっとも大きく、美しい狼型の魔獣。
そんな伝承のような存在の生き物がフェンリルなのだ。
その実、魔王の手先や魔獣の王などと悪いうわさも一人歩きするそんな生き物。
「南西の山はフェンリルがいるからほかの魔獣はいないって」
「うん。 王国でもそう習ったよ」
シエテの言う通り、教養を教えられるときにはそんな言葉で教わった。
住む、住まないはわからないが、実際にこの村の南西の山脈。
魔森地の迂回ルートに使われる険しい山脈は、道の険しさはあれど魔獣の出現はないところだった。
「じゃあ、なんで?」
「うん。 だからそれを見に行こうと思ってね」
「それで、レイカさんを」
「そう」
シエテが合点がいったように頷く。
今回は彼女の初陣のための話し合いなのだ。
「え? そんなとこに私も?」
「当然でしょ! あんたもいつまでもニートでいられないでしょ」
「ッ!!」
「それに、村の人にも怪しまれるしね」
「あ、そうか」
納得のいったように頷いてくれるレイカに一安心する。
実際、今回の目標はここにあるといってもいい。
シエテはグリドを使って農業をしたり、時折村の女性陣と何かをしたり。
リリスは冒険者として動くときにその補助をしてくれる。
あまり率先して人づきあいはしないリリスに、村の人たちは『旦那さんと一緒がいいわよね』となぜかむしろ推奨してきている節すらあるのだが、いまだに誤解は解けないようだ。
とまぁ、形はどうであれ二人とも村でしっかりと何かをして、周りに受け入れられている。
そうなってしまえば、レイカが何もしないで家でいれば周りも怪しむし、こちらとしても何もさせないまま、ただ保護をするというわけにもいかない。
そうなれば当初の予定よりいくらか怪しい任務ではあるが、こうして任務を受けているところを周りにも見せなくてはいけないのだ。
「じゃ、じゃあ行ってみようかな?」
「よし、お昼に出ようか」
「早くない!?」
「うっさい。 あんたのために先延ばしにしたんだから」
「う、厳しい」
目の前でしょぼんと落ち込む彼女が、リリスもかなり待ってくれた方だ。
任務を受けたその日にリリスは行こうとしたが、レイカの訓練を改めて頼んで、どうにかこの三日間で鍛え上げてもらった。
俺だと、どうしても昔の自分の様で甘くなってしまうのだが今回ばかりはそうはいかない。
ただそうはいっても、目の前で完全にしょぼくれてしまっている彼女を見ると、
「今回うまくいったら、リリスの訓練を少しだけ緩めてあげるね」
「ほんと!」
「レント―」
少しだけ甘くなってしまう。
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