深雪

 終業のチャイムが鳴ると、それを待ち構えていたように校内がにわかに騒がしくなる。廊下、特別教室、講堂、体育館、昇降口、運動場グラウンド、そこかしこで声が張り上げられ、色とりどりの看板が躍る。北町高校部活動解禁日。どの部も新入生の勧誘に熱が入る。パソコンを体に巻き付けてビラを配っている物理部、トランペット部隊3人で「トランペット吹きの休日」を吹きながら廊下を練り歩いている吹奏楽部、白衣を着て試験管を持った部員を台車に乗せて押し歩いている化学部、パッチワークの看板で目を引く手芸部など文化部は色とりどりだ。対する運動部もアクロバットを披露する体操部、校内を歩くだけで目を引く弓道部、「キミはどのラケットを選ぶ」という横断幕を掲げて手を組んだらしいテニス部、バドミントン部、卓球部、3×3スリーオンスリーを実演するバスケットボール部など様々に趣向を凝らしている。


 椋沢むくざわ深雪みゆきが勧誘の声をかわしながら目当ての部室を探していると、笹森ささもり麻夕まゆが駆け寄ってきた。

 二人は中学の頃からの親友だ。人口が一万人に満たないこの町はその人口に比して面積が広く、町内に三つの小学校がある。それに対して中学校は一つしかない。同じ保育園から別々の小学校に進み、中学校で再会するというケースがとても多い。高校も町内には一つしかないけれど、高校生になると行動範囲が広がって隣接した旭川市の高校へバスで通学する人も増える。深雪と麻夕は中学校で出会って仲良くなり、町内にあるこの高校に、揃って進学したのだった。


「ね、深雪。もう部活決めた?」


「うん。とっくに決まってる。」深雪は麻夕の方を一瞥すると、すぐにまた周りを見回しながら答えた。


「え、もう決まってるの? どこどこ?」麻夕は肩がぶつかるほど深雪に迫る。


「写真部。」


「は? 写真部? なにそれ。」麻夕はきっちり一歩分体を離して聞き返した。「部活で写真撮るの? 意味わかんないんだけど。」


「なに言っちゃってんの? あのね、この町は写真の町なんだよ、写真の町。写真こそこの町の文化だよ。」


 ここ、北海道上川郡東川町は1985年に「写真の町」を宣言した。以来、写真を軸にした様々な取り組みを町づくりの重要な柱にしている。


「だって深雪中学ではダンス部だったじゃん。写真部じゃなかったっしょ。それに写真なんて普段からいくらでも撮ってるっしょ。てっきり深雪は運動部行くと思ってたよ。その頭どう見てもスポーツやる感じだし。」


「え? 髪型の話なの?」


 深雪は大げさに天井を仰ぎ見ながら両手を広げて見せた。深雪は髪をショートボブにまとめている。耳も襟足もほとんど見えるほど短い髪はたしかにスポーツ向きだ。でも深雪がこの髪型に落ち着いたのは単に手入れが楽だからという理由にすぎなかった。


「で、麻夕は何にするの? 部活。」今度は深雪が聞いた。


「決めかねてる。弓道か吹奏楽で迷ってるのよね。」麻夕は海外のドラマに出てくる女優みたいに肩をすくめる。


「なにそれ。ぜんぜん違うじゃんその二つ。」


「だってさ、弓道はなんかこう凛としててさ、モテそうじゃない? 吹奏楽は吹奏楽でフルートとか吹いちゃうとさ、上品でしょ。」


「なんだ、ぜんぜん違うと思ったけど動機が不純っていうのは共通してるわけね。」


 深雪は麻夕に向かってこういう皮肉めいたことを言うのが好きだったし、麻夕はその機会を惜しげなく提供した。


「不純じゃないってば。自分を向上させるって動機だもの。むしろ高尚。」


 それを聞いて深雪は大げさに口角を下げて見せた。


「ま、せいぜい悩んでね。わたしは写真部探しに行くから。またね。」と言って深雪は麻夕から離れる。


「連れないのう。しゃガールめ。」


 背中に麻夕の声が届いたけれど深雪は振り返らずに手を振った。

 写真部。それは深雪にとって憧れであり、まぶしすぎて近寄りにくいものでもあった。深雪が写真に興味を持ったのは小学校の高学年のころだ。夏に全国から集まってくる高校生の写真部員たちを見上げて、なんとなくそのかっこよさに憧れを抱いた。写真というよりも写真部員に憧れを持ったという方が正確だ。中学校に入学したとき、もちろん深雪は写真部という選択肢を考えた。でも小学校のころから町の写真少年団に入っているような子たちと、決して人数の多くない部活の中で張り合える自信がなくて入部をためらったのだった。なんとなく入部したダンス部はそれなりに楽しかったけれど、三年間で写真部への想いはさらに膨らんだ。高校ではなにがなんでも写真部に入部しようと決めていた。ここでやらないとこのさきずっと後悔しそうな気がしていた。

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