雪町フォトグラフ

涼雨 零音

序章

 小さな電灯がともる。電灯は濾光板フィルタの向こうに閉じ込められ、通過することを許されたわずかな波長の光だけがにじみ出ている。あらゆる色彩が限られた赤の階調に塗りこめられ、それぞれの色を主張することなく神妙にしている。


 静かな色彩と漂う匂いが特別な時間を創り出している。その時間の中で一つずつ工程をたどる。すべては指が覚えている。指先はしずかに落ち着いていき、反対に意識は心地よい緊張を帯びる。


 堅牢な容器を持った手を動かすと、特別な明かりがそのステンレスの肌に鈍い光沢を走らせる。容器の中の液体がくぐもった水音で時間を駆動しているような感覚。指先が繰り出す景色を目と耳で楽しむ。


 少し前に指先で焼き付けた記憶の断片を、同じ指先でふたたび呼び起こす。その時の自分と再会する。


「おかえり」


 薄赤くにじんだ部屋に言葉が染み込んでゆく。

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