u月:アンネセサリーリスタート
幸せが欲しいのなら読むな。
──桜木浩二は死んだ。
何度呼び掛けても起きないし、まず生命維持に必要な部分がなくなっていた。
私の視界は淡々と、ぐちゃぐちゃになった大好きな人を映し出して、私に涙さえも流させない。まるで現実ではないような光景だ。
高校生生活最初の5月は記録的な猛暑で、陽炎がちらちらと地面に見えるほど。
蜃気楼が私に幻覚を見せた──もしくは熱中症で悪夢を見ているのだろうか。
……いや。これはどうやら現実のようだ。私でも流石に夢と現実を履き違えたりはしない。夢ならどらだけよかったか。
あまりのショックで飛んだ記憶が断片的につながり、どうやら『桜木が私のことをかばって死んだらしい』と認識する。
あの時、空から鉄骨が降ってきたのは私には見えなかった。
手を繋いでいた桜木が私のことを急に突き飛ばして──。
「うげっ……おえぇ」
血が混ざった嘔吐物が地面に落ちる。
目が充血して、耳が遠くなる。
沢山の人が私の周りに駆け寄ってくるのを辛うじて認知できるけれど、私の身体はここに存在しないかのようにふわふわ浮いている。
──ずっと、一緒だって言ったじゃん。
「桜木も言ってたじゃんっ!」
それを誓った情景を思い出す。つい2か月前、月兎神社の石段だった。
──ん? 月兎神社?
その時、深い蟻地獄に埋まりかけた私の脳裏に、ピーンと希望の光が見えた。
──そうだっ。月兎神社なら。
月兎さまがもういないことは知っていて、それでもすがる最後の藁。
私は私を気遣う人々を押しのけて、1人騒ぎとは逆方向に駆けだした。
運動不足の身体は思ったよりも重く、自転車に追い越されて怪訝な顔をされた。
夏を迎える前の太陽がギラギラと私を苦しめる。
お願い誰か。……何とかしてよっ!
私は足を回し続ける。シャーペンの芯より細い希望の為に。
「ゴホッ。……ハァ。──あれ?」
途中から歩きよりも遅いスピードで駆けた山道の奥にあったのは月兎神社。
──否、私の知っている月兎神社ではない。
”月兎さまぱわー”を失った神社は雑草に覆われていたハズなのだ。
それがどうして社殿も何もかも復活しているのだろう。
絶望の淵に神様の力を感じて、私の心は少しだけ落ち着いた。
──もしかしたらここに月兎さまが。
「──月兎のヤローなら確かに死んだぜ?」
私は声のする方へ勢いよく振り向いた。
ただ、その人物(?)は月兎さまではなかった。
なぜならあの時聞いた男の子のような声ではなく──どちらかといえばマコトに似た、低く深い声だったから。
「えっと……」
しかしどうして気づかなかったのだろう。
社殿の横には”赤い狛犬”がいて、それが喋っていたのだ。
「ようこそ、”陽獅子神社”へ。お嬢ちゃん」
「あなたは……?」
生物でもない狛犬に「お前は誰だ」と訊くなんて馬鹿げているけれど、神様の
「陽獅子神社の神様なんだから”陽獅子”だろう」
カッカッカとそれは笑った。含みを持たせた、嫌な笑い方だと私は思った。
「ここは月兎神社じゃ?」
「神様にも色々あんのよ。今は俺様がここにいる、それだけだ」
よく解らないが、あんまりいい気分はしない。
……ここは月兎さまのものなのだ。
「それでだ、お嬢ちゃん。──桜木浩二は残念だったなあ」
ぞわぞわっと悪寒がして、私の頭にあの光景がフラッシュバックする。
吐き気が戻ってきて口の中を胃酸が満たした。
「うぷっ。おえぇっ」
石畳にそれをぶちまけると、私は陽獅子を睨んだ。
酸っぱい香りがする。
「……そんな怖い顔するなよ。助けてやってもいいと思ってんのによ」
「そんなうまい話があるはずないでしょ」
私の陽獅子に対する好感度はどん底だった。
彼から「助けてやる」なんて言われても信じられるはずはない。
しかし神様の
「そうさ。そんなうまい話はない。桜木浩二が助かる可能性を差し上げようってだけの話だ。……しかもお嬢ちゃんに、それを拒否する選択権はない」
「なんで。別に私が桜木を見捨てるかもしれないじゃん」
そんなことはできないけれど強がって言ってみる。
しかし実際にそうすることだって出来るのだ。
「なら。本当に偶然だと思うのか? この国には1億の人間がいる。その中でお前らだけが何回も何回も死の危険と隣り合わせに生きている」
カタギなのにも関わらずな。カカッ。
不快な笑い声が境内に響いた。
「何が言いたいの?」
「つまりだな。……月兎如きの命じゃお嬢ちゃんの運命は変わらなかったということだ。ちったあ運命を遅らせることはできたみたいだけどな。これからもお嬢ちゃんは常に死ぬ可能性がある。今回はたまたま桜木浩二がお嬢ちゃんを守っただけだぜ。無駄なんだけどな。カカッ」
「えっ?」
──頭が真っ白になった。
”制裁”は終わっていない……?
「じゃあ、結局死ぬ運命だったってこと?」
「そうだ。月兎のヤローがお嬢ちゃんの為に死んだことも、桜木浩二が命を賭してかばい死んだことも、なーんにも意味なかったってことだな。カッカッカ」
「ふざけんなっ!」
私は感情の昂りに身を任せ叫んだ。
例え陽獅子の語るそれが事実だとしても、面白おかしく話す彼を許せなかった。
「おいおい。俺様は何もしてないだろう。寧ろ悲しみに暮れたお嬢ちゃんを助けてやろうって言ってるんだぜ?」
「何を企んでいるの?」
「選択肢はないと言っただろう。どうせお嬢ちゃんは死ぬんだ。俺様が何を企んでたとしてもお嬢ちゃんは過去に飛ばなきゃいけない」
月兎さまを知っているから、かみさまってのはいい奴ばかりだと思っていたけれどそうではないらしい。私はコイツが嫌いだ。
「……やっぱり過去に飛ぶの」
「お嬢ちゃんのつがいのようにね」
一度深呼吸をして陽獅子への怒りを鎮める。
くればーに考えなきゃいけないよ。桜木のことを第一に。
「……チッ。分かった。……もちろんタダってわけじゃないでしょ?」
「話が早くて助かるな。ただし、俺様の場合は前払いだ」
「前払い?」
会話のイニシアチブが常に陽獅子側にあるのが煩わしい。
性格的にも私が自由に話せない空間はあまり好きじゃない。
「そうさ、俺様はお嬢ちゃんの大事なモノを先に頂くんだ。だから過去に飛んだ後に何をしてもらおうが俺様には関係ねえ」
あの
不快、不快。全部不快だ。月兎さまを悪く言われて気分が悪い。
それでも私は大人なので冷静を装う。
「何が欲しいの?」
「それを言っちゃあおしまいだ。教えられることは一つ。……お嬢ちゃんの大事なモノだ。その先は言えないねぇ。カカッ」
本当に腹が立つっ。
狛犬を殴りつけたい衝動に駆られたが、私の拳は桜木を殴るためにあるのだ。
こんなクズを殴ったところで何もならない。
「……飛べばいいんでしょ?」
「いやいやそれを決めるのはお嬢ちゃんだぜ? 俺様はそれしかないと思うがな。カカッ。別の選択肢か。……あと数日もすればぽっくり死ねるなあ。それで終わり、みーんな死亡でゲームオーバー」
それは実質選択肢が1つしかないわけで。
「……チッ」
私は舌打ちを1つして沢山のものを取捨選択する。
それでも桜木が生きているということに代えられる──私をこの世界に留めさせる要因は何一つなかった。桜木がいない世界なんて。
「決めた。──私は過去に飛ぶよ」
大事なモノでもなんでも持ってけ。
私は桜木がそうしてくれたように桜木を助ける。
そうしてまた私は桜木と……。
「カカカカッ。準備はできてるな?」
少しだけ迷って私は頷いた。
──望むところだ。
そして、
「──お嬢ちゃんは過去へ飛ぶ。
代償:過去までの記憶」
制裁:僕はもう君と付き合えない 花井たま @hanaitama
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