12月:Q
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『”前史” 中1 12月』
「別にあんま興味ないけどさ。……好きな人教えてよ」
よく意図の解らない問いは佐紀の口から出たものだ。
興味がないのにどうして訊くのか、なんてのは野暮である。
誰も残っていない教室は僕と佐紀専用の空間。
締め切られた窓は寒暖差から水滴が張り付き、ストーブが効きすぎた部屋は僕の集中力を奪っていく。
評議会という学校の活動に成り行きで(確か「お前がやるなら僕もやる」「え、君やるの? じゃあ私もやってみるかー」みたいなやり取りの後)就任し、僕らは別のクラスながら同じ作業を進めていた。
「……桜井は、好きな人おるん?」
質問を質問で返されたことに佐紀はムッとしたのか。
「私は……いるけど。いま関係ないじゃん」
と言って隣り合って座る僕の二の腕に、側頭で軽くヘッドバットする。
接触部を通じて熱を移されているような、燃えて塵になってしまいそうで頭がくらくらする。佐紀の顔もいつもより上気してるように見えた。
「……いるんだ。もちろんそいつは地球人だよね?」
「バカにしてんの? そっちこそ、遠くのアイドルに恋してるってわけじゃないでしょ?」
まだ佐紀は僕へのヘッドバットをやめない。
傍から見れば僕の腕にもたれているだけなのだけれど。
「そんな趣味ないし。……なんなら。この学校にいるかもしれない」
「じゃあ、学年は?」
「同じ……だと思うよ」
羞恥心が限界を迎えて、なにか気を紛らわせようと僕は机の上の書類に目を落とす。──しかし、何も読めない。視界がぼやけるし、識字能力がなぜか落ちていた。
「偶然だー、私も。……クラスは?」
「5組。ああ、桜井んとこだったな。そっちは?」
僕は頭を掻いて誤魔化す。
もはや自分で何を喋っているか分からない、一種の極限状態に僕はいた。
「……1組だよ。また偶然。君のクラスだー」
俯いた佐紀の表情は身長差から読み取ることができないけれど、茶色のフレームが掛けられた耳はやはりいつもより朱が差している。
僕はまだ少し大きい学ランの袖口をきゅっと握る。
そうでもしなければ心臓に仕掛けられた爆弾が、あまりの鼓動の速さに爆発して死んでしまいそうだったからだ。
「……じゃあ、名前言える?」
「そっちが先に言いなよ」
もう一度佐紀は僕の二の腕に側頭をぶつける。
鍼灸師に治療されたような、じんわりとした心地の良い痛みが脳へ伝わる。
お互いがお互いの間合いを警戒して一旦僕らは黙ってしまう。
無意味に時間割、時計、教室のドア、窓際の花瓶……これらの目につくようなものを一通り眺め倒した後、僕は提案する。
「──ならさ。同時に言うってのはどう? 好きな人」
「ヘタレ。まあ、いいけど」
うるせえ。
99.9%告白が成功すると分かっていて、僕は想いを伝える勇気が足りない。
「ん。じゃあせーので合わせよ」
「おっけー」
やっとヘッドバットをやめた佐紀が、机に頬杖をついて横目で僕を見る。
覚悟を決めろ、桜木浩二!
「えっと。──せ、せーの」
シーン。
佐紀は僕の目を見つめて何も言わない。
僕も何も言わなかった。
「……ぷっ。フェイント無しだよ桜木っ」
「桜井もだよ。あぶね、一人で暴露するとこだったわ」
なんとなく『佐紀は喋らないだろうな』って感づいていたんだ。
僕らは緊張の糸が切れたように笑い顔を作る。
「惜しかった。……じゃあ、次はぜったいだからねー? せーのっ──」
──そうして、僕らは恋人になった。
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『12月』
僕がどれだけ佐紀のことを想っているかと言えば、多分”愛”と呼べるほどに好意を寄せている。いやよくわからないけれど。
でもなんか”恋”って一瞬のときめきという感じがある気がするから、もっと重厚感を帯びたこの感情はきっと”愛”。
……なんたって年季が違う。
仮に佐紀が僕のことを好きだとしても、彼女にとっての僕との思い出はこの4月からの1年弱。対して僕はもうかれこれ4年も彼女と過ごしている。
今も落とした消しゴムをあまり関りのない男子に拾われて、仏頂面になりながらお礼を言っている佐紀の、キスするときの顔さえも僕は知っているのだから。
その表現はなんかキモイな。
「にしても……やるせなき男っすわこれ」
しかし僕はこの感情を墓まで持っていく義務がある。
だから今日も僕は日常を演じる。
「──おいコージ聞いてくれよ」
「あぁ?」
それは佐紀を好きになってしまったことによるものではなく、まっすぐと僕に向かってくる誠に対して、がっぷり四つで組んであげられなかったことを僕はまだ引きずっていたのだ。
「ありさが俺のこと虐めてくるよぉ」
「小学生かよ」
しょうもないウソ泣きと共に誠は僕に泣きついてくる。
「だってえ」
重低音でその台詞はマジで気色悪いからやめてほしい。
なまじいい声なので耳に残り、夢に出てきたりしたらどうしてくれるんだ。
「私が何したって言うのよ」
ありさは誠の腕をぐっと引っ張り、僕にすり寄る彼を引きはがす。
誠はキッと彼女を睨むと、ありさもメンチを切って一触即発。
「ココアシガレット。なんで一本もくれないんだよ」
「小学生かよ」
「ふふん。川根にはまだ早いよ、シガレット」
ありさは人差し指と中指で、円筒状のモノを挟むジェスチャーをする。
お菓子の話だよね? お菓子だとしても校則違反だけど。
それにしても。
──なんかこいつら距離近くない?
幼馴染だし家近いからってのも分かるけれど、以前と比べてなんだか距離が近い。
心の壁が取り払われた感じがする。気のせいか?
「……あ。ゴミついとる」
そう言って誠はありさの長い黒髪についた埃を指でつまみ取る。
しかもそれを恥じらい一つ見せずにやるものだから不可解だ。
「そう、ありがと」
いきなり髪を触られたことに何も反応せずお礼をありさは返す。
この違和感は文化祭が終わってからずっとあり、何度か「お前らなんか仲良くなった?」旨の質問を投げてみても、「いや、なんで?」「全然分かんないけど」と返ってくるものだからいよいよ不思議だ。
佐紀の方をチラリと見れば彼女も訝しげにありさと誠を見ていて、僕の視線に気づくと不自然に目を逸らした。
混ざりたいならこっち来ればいいのに。
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『遺書』前夜。
「桜木クン。君は一体何のためにタイムワープしたんだい?」
月兎──野ウサギに憑依した神様は後ろ脚2本で立ち、血にまみれた三日月形の鎌を前足で持つ。
月兎神社に単生する桜の樹には首から上が無くなった佐紀が寄りかかり、空にはあの時のような満月が燦然と煌めいていた。
「うがっ……あ、がっ……? おぉぇえ」
あまりにも突然にそれは起こったものだから、僕の脳へ急速にダウンロードされていく現実の情報圧に僕は嘔吐してしまう。
──刈り取られた。まるでだるま落としのように。
地面に転がった佐紀だったモノは幸せな表情で微笑んでいて、それがまたこの絶望に満ちた現状とのギャップを生み出し僕は苦悶する。
「もしかしたら君が文化祭で”コイゴコロ”に気づいた後も、君のそばにいてあげればこんなことにならなかったかもしれないね」
感覚が極度に過敏になって月兎のアルトボイスが脳で反響する。
首から湯水のごとく流れ出した佐紀の血液は僕を赤く染め、今も際限なく桜の根元に池を作っている。
「ごめんね。でもボクは知りたかった。ボクの忠告を全無視してまで選んだ君の未来を。桜井佐紀を好きになって、一体どういう理想を思い描いていたのか」
野ウサギは満月を背景にしてふわふわと浮きだした。
「──今、君は幸せかい?」
佐紀を助けるために過去に戻って、愚かにももう一度佐紀に恋をして、そして挙句の果てに”制裁”の規約で禁じられた『交際』をしてしまう。
そして──友達である月兎に佐紀を殺させた。
本当に僕は何も得ていない。あったはずの幸せを僕は悉く手放していった。
「僕は……ぼく、は。僕は。僕は僕は僕」
言語野がやられているのか上手く言葉にできない。
しかし頭の中では最大級の罵詈雑言が飛び交う。
『くたばれ、バカ、アホ、クソ野郎、ゴミが、キモイな、死ね! ああそうだ。僕なんか死ね。死んじゃえ。死ね、死ね、死ね死ね死ね死ねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねっ!』
「……死ねばいいじゃん?」
「桜木クン。……一体君は何を?」
月兎の声はもう届かない。
僕は立ち上がり拳を握る。
「しんじゃえ」
「やめなよ。どうして君が死ぬ必要があるんだい?」
無視して僕はとぼとぼと歩き出す。
「……そうかい。やっぱり、時なんて戻すべきじゃなかったよ」
月兎はもうそれっきり何も言わなかった。
佐紀の血を吸った蕾は、より朱い花弁となって4月を彩る。
──ああ、今年のこの櫻はどの櫻よりも綺麗に咲くのだろう。
僕がそれを見ることはない。
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”耐寒マラソン”と銘打たれた体育の授業は、運動から離れた受験生たち──その中でもある一部の生徒からすれば地獄のような時間になる。
それは単純に体力がない生徒と、無駄な熱量を持った元運動部員たちだ。
僕は成績もどうでもいいし、一番になりたい闘争本能もなく、200メートルトラックを澄み渡る紺碧の空の下、軽いジョギングで10数周すればいいだけなのだが。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「おらああああ!」
受験勉強ばかりで体力トレーニングなど半年ぶりの鈍った身体を奮い立たせ、僕を既に数周遅れにして疾走するのは誠+α。
別にそんな無茶苦茶に頑張らなくても成績は満点を貰えるだろうけれど、彼らは成績なんかよりも大きな栄誉を欲しがっている。
……7月にあった夏の大会は惜しくも勝てなかったけれど。
あれもちゃんと『勝つ準備』をして、普通に勝ちに行ったからこその善戦と言える。まあ、前半は少し精神崩壊していたが。懐かしいな。
──過去を追想して走っていたらもう、このクソったれなマラソンは最終盤。
「……ふう。疲れた」
魑魅魍魎としたオーラを放つ、誠含めた先行組が倒れているゴールラインを悠々と超え”耐寒マラソン”を終える。
「……遅かったじゃないか。元サッカー部の桜木」
すると担任兼ゴリラである体育教師が僕の肩をポンと叩いて後ろから現れた。
「まさか手を抜いてたわけじゃないだろうな。体育は遊びじゃないんだぞ」
ウホッ、ウホッと鼻息を荒くして僕に迫る。
「……ちゃうんすよ」
何が違うのか僕にも解らなかったがとっさに口から出てしまった。
「何が違うんだ」
だよねー。
いや、何が違うんだろう。考えたら何か出てくるかもしれない。
例えば、遊びを真剣にやったらそれは”遊び”と言えるのだろうか。
僕が真剣に手を抜いて走ったならば、それはもう遊びではないのでは?
そもそも娯楽を取り除いてスポーツは語れない。そもそも”遊び”の延長戦がスポーツであるからだ。……しかし”マラソン”に限っては古代ローマだかなんだかの戦争が背景にあるから、流石にこれで反論するのは無理筋か。
じゃあそもそも”違う”とはなんだ。英語で言えばワロング、ドイツ語は……知らんけど。んで、多次元的に考えれば、5次元面から見た3次元世界の概念は総じて”同じ”に見えるのかもしれない。
僕らには1次元の点が区別つかないように。
それぞれの1次元の点が……ってなんでこんなこと考えているのだろうか。
僕は無理やり自分の考えを纏めてゴリラに伝える。
「──僕は、真剣に。本当に真剣にマラソンをサボっていたのです」
偏に『サボることだけを考えて生きてきた賢人』のような顔をして僕は言う。
数学のことだけを考えて、ノーベル賞を取った学者もいるのだから。
「ああ?」
しかしゴリラに僕の高尚な考えを理解する脳はなく、額に青筋を浮かべて凄む。
「えっと。まずマラソンの発祥はですね。古代ローマだかギリシアの……」
……なんでだろう。僕が一言一言喋る度にゴリラの顔色が悪くなっていく。
もしかしてこれはー、致命的なミスをしてしまったのか知らん。
「ギリシアの。何だ? 言ってみろ」
「えっとですね。ギリシアのー」
……地球に隕石が降ってきて説教どころじゃなくなればいいのに。
そんな不謹慎な願いは果たして届いた。隕石は降ってきていないけれど。
生徒たちがザワつき始めたのだ。
「なんだ?」
その騒動の中心にいたのは……佐紀。
彼女はトラック上に倒れ込んでしまっていた。
「サキっ」
いち早く声を上げたのは誠。
彼は立ち上がろうとして……しかしもう一度仰向けに転がった。
そして僕の方を向き、顎で佐紀の方を指し示すのだ。
……マジでお前みたいな人間を尊敬するよ。けれど。
──僕が行きたいのは山々だけどさ。
ここで駆け寄ったらまるで、佐紀に好意を寄せている風に見られるじゃないか。
そう躊躇していると、佐紀の下へ駆け寄ったゴリラからの怒号が飛んできた。
「桜木ぃ! お前桜井と仲良かっただろ。保健室に連れて行ってやってくれ。先生はここでマラソン見ないといけないしな。それに、断ったらさっきの件で成績落とすからな。はっはっは」
思いっきりアカハラじゃんそれ。癪だなあ。
僕は渋々佐紀の下へ向かい声を掛ける。
「……大丈夫か?」
「だいじょぶ、だいじょぶよー」
はぁ。また”大丈夫病”にかかってるな。
「ほら、立てるか?」
「ん。大丈夫。ただの貧血だから」
目を瞑って佐紀は立ち上がった。
「無理すんなって。……歩ける?」
「大丈夫。けど、ちょっとフラフラするかも」
……って言われてもなあ。
「じゃ、倒れそうになったらこっちに倒れて。絶対支えるよ」
3年後に思い出したら悶え死ぬ台詞ナンバーツーくらいだと思う。
言ってて恥ずかしくなった。──絶対支えるよ。
「……うん」
しかし佐紀はしおらしく僕の隣を歩き出す。
いつもだったら「え、そんな恥ずかしい台詞よく言えるねw」と煽ってくるパターンなのに。貧血ってキツいのかな。
保健室はやはりというか、僕と佐紀だけの密室となった。
あのセクハラ養護教諭は「また君たちか。元気だねぇ。……2回目からは休憩料1000円が必要だけれど今回は特別よ、ツケといてあげるわ」と、僕は何も言っていないのにひたすら喋り倒しどこかへ行ってしまった。
──まともな教師はいないのかこの学校。
「これで2回目だー。なんか、ごめん」
佐紀は空元気に謝った。
「いや結局僕何もしてないし。授業もサボれるしさ」
極寒の冬空の下、他の生徒は”耐寒マラソン”なんてやっているのだと思うと、優越感に浸れなくもない。
「確かに。こーいう時に貧血もちって得するんよ」
茶渕の眼鏡を外し、おさげ髪を解いた佐紀はいくらか新鮮で、そういう”非日常”は僕のドギマギを加速させるのだ。
「みんな心配してたぞ」
「そりゃー悪いことしたな」
「だったら大人しくしとけって」
僕は彼女が寝るベッドに背を向けて歩き出す。もう、先生からの仕事は済んだ。
この場にいると自分が抱えている感情が暴発してしまうかもしれないからだ。
でも佐紀は。
「ねえ、暇なんだけどー」
──心底怠そうな声でもって僕を引き留めるのだ。
「……しゃーねーな」
そして断る術を僕は持っておらず、そこら辺に置いてあった丸椅子を持ってきてどっかりと座った。
「そう来なくっちゃ。あのさあのさ。最近、アリサとマコト、変じゃない?」
「やっぱそう思うよな?」
「なんかよくわからないけど距離が近い……きがする」
「あいつら、もう付き合ってるとか?」
佐紀と別れて昨日の今日でありさと付き合うなんて、中々やりますなあ。
「それはないって真顔でアリサに返されたよ。あれは嘘の声じゃないと思う」
「付き合ってるって雰囲気じゃあないもんなあ」
今の彼らは全障壁を突破した夫婦みたいな所がある。
「ねー。アリサが人に手を上げてるとこ、初めて見たかも。野蛮ですなー」
「……お前が言うか」
被害者代表だぞ、こちとら。
「そんなことないよー。だって私が殴るの弟と
──君だけだもん」
「え……?」
唐突なフックに僕はよろめいて、顔が赤く腫れてしまった。
幸い佐紀は天井を見上げ寝ているため、僕の茹でだこのような表情を見られることはない。
「ねえ、意味わかる?」
「い、いやー。さっぱりわからんなー」
若干棒読み口調になってしまったが本当に解らないのは事実。
「私も、ずっと解らないのよ。それがさ」
「……じゃあなんで訊いたんだよ」
「4月、桜木と本当に久しぶりに──小学校振りに話したとき覚えてる?」
って覚えてるわけないかー。と佐紀は笑う。
「確か”応援団”の顔合わせ的なやつだっけ?」
と僕が確認すると、佐紀は分かりやすく「お!」と驚嘆の声を上げた。
「よく覚えてるね。でさ、私その時君にパンチしたんだよ」
「そだっけか?」
「自分でもびっくりしてずっと覚えてる。だって久しぶりの人にいきなりパンチするんよ? サイコパスすぎて自分が怖くなったわー」
僕はあのパンチに『懐かしさ』を感じていたけれど、小学校以来僕と話していない佐紀からすればほぼ初対面なワケで、彼女はそんな僕にパンチを入れたのだ。
「なんか精神疾患あるんじゃないか?」
「……チッ、うるさい。……ってか桜木も「なんで急に殴られたのー?」ってならんかった?」
「いやー特に」
だから僕はあの時懐かしい痛みを感じていたのだ。
「まあそうか。……桜木、ドMだもんねー」
「変なレッテル張るんじゃねえよ、クソドSがよ」
掛け布団の奥の佐紀の表情は見えないが、どうやら楽しそうな声音に聞こえる。
「あはっ。やっぱ桜木超怖いね」
「……なんでだよ」
急に笑い出した佐紀はちょっと不気味だ。
「私ってこう見えても人見知りなんだよ」
「そうだろうな」
あんまり交友関係が広い印象はないし。
「じゃあどうして桜木って私とそんな仲良くなったんだっけ?」
「なんか、成り行きで?」
だって思い出せないし。
「そうだよね。自然に仲良くなっちゃったんだ。……だから私は、私のしてほしいことが全部見抜かれてて、私が勝手に気を許しちゃう君がすごく怖い」
佐紀はベッドから起き上がり僕の目を見る。
”コンタクトをした高校生の佐紀”が僕をじっと見据えていた。
「──でもさ。例えば
「そ、そういう感情ってなんだよ」
「だからさー。私が君のことを──好きだとしたらどうする?」
佐紀は恥ずかしくなったのか何故か眼鏡をかけて目を逸らす。
……それって何かのフィルターですか?
「どうしたら。”怖い”が”好き”って感情になるんだよ」
「そんなの知らないよ」
だって私は誰かを好きになったことないし。と佐紀は付け足す。
「でも桜木が何か私にするたびに私は嬉しくなって──それが怖いの。どうして私
こんなすぐに喜んでるんだろ、ってなる」
「……そうか」
そうなのか。それは多分だけど。
──恋だよ、佐紀。
君はきっと僕のことが好きなんだ。
「だからさ、例えばよ。例えば私が桜木のことを好きだとして、桜木はどうするのかなー。なんて」
そりゃ決まっ──。
僕は逸る心臓が生み出した発情期の動物のような情動を握りつぶす。
「……どうするんだろうな。やっぱり、その時にならんと分からんわ」
何の気も見せないように僕はすっと丸椅子から立ち上がる。
「だよねー。桜木、かんびょーありがとっ」
佐紀は僕の退室を察して謝意を述べた。
「んじゃ、ちゃんと大人しく寝てろよ」
「私そんな子供じゃないしー」
──ガララララ。
扉を後ろ手に閉めた僕は、そのまま一直線に男子トイレへ向かう。
鏡を見て、自分の顔がどれだけ火照っているのかを確認した。
──パンッ!
そして僕は思いっきり自分の頬をひっぱたく。
「……今、ワンチャン佐紀が死ぬとこだったんだぞ」
実はあの時危うく自分の感情が口からこぼれるところだった。
喉に上手く引っかかっていなければ、今頃佐紀は”制裁”によって死んでいたかもしれない。
「……ダメだ。これじゃいつか終わる」
月兎がいなくなってから、僕のことを止めてくれる人間は僕しかいないのだ。
僕はじゃぶじゃぶと何度も顔を洗った。
上気した顔を水で冷やし、僕はある程度今後の方針を定める。
──もしかしたらもう、佐紀を避ける他ないのかもしれないな。
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