6月:Tik-Tak-Rock

 修学旅行の季節だ。

 小学校は秋にやっていたのに、中学では梅雨になって、高校なんて2年の内にやるみたいだから、大学の修学旅行は一体どうなってしまうのか。

 ──そもそも大学に修学旅行はあるのか?

 まあどうでもいいけど。

 班決めだとか新幹線の席決めだとか、ホテルの部屋割りだとかは例によって、代理人であるところの川根誠かわねまことが勝手に決めているみたいなので、僕は日本を覆う梅雨前線から送り出された雨粒を、漠然と眺めているだけでホームルームは終わる。

 来月には最後の大会だというのに、ここの所雨続きでどうも練習が充実しない。

 体幹トレーニングだったり体力トレーニングだったり、単調な運動も必要なことではあるけれど、それだけではやはり飽きが来る。

「──どこ行くべ、コージ」

 班決めが恙なく終わったのか、いつものメンバー──誠を始め、桜井佐紀さくらいさき谷口たにぐちありさが、わらわらと僕の席の周りに集まり、適当な席に座る。

 やっぱりこのグループになるよな。

 予定調和の安心感を得る。

「っていってもそんなに自由に決められないだろ?」

「そうなんだよなぁ」

 3日間あるうちの1日目は自由班別学習として、自由に東京観光する時間が与えられている。

 しかし『オリエンテーリングinTokyo』などと題されて、指定の地点でスタンプを貰わなければならない企画があるため、回れる場所が限られてくるのだ。

「じゃあチェックポイント巡りは確定として……」

 と、谷口が纏めに入る。

「俺、サッカーミュージアム行きたい」

「そこ行ったらどこも他行けなくなるよ」

「それはなんかお前らに悪いなあ」

 すぐに自分の意見を撤回する誠。

「──そもそもこのチェック回らないといけないの?」

 そして企画を根本から疑うのは佐紀。

「……多分?」

「全部回ったら景品があるって書いてあるだけじゃん?」

「景品……。なんだろう」

「どうせそんな良くはないと思うけど?」

「僕もそう思うな。なんだろ。あって”宿題一回免除券”とかじゃない?」

 あれ? ……結構魅力的?

「そんなわけないでしょ。でも、確かに回る必要はなさそう……かも?」

 佐紀が頷けばこのグループの意向は決まったも同然だ。

「じゃあサッカーミュージアムだなっ。な? コージ」

「……いいんじゃない?」

 正直そんなに行きたいわけでもないので、苦い笑いを作り同調する。

 行きたくないわけでもないけれど。

「だったら、私も行きたいとこあるけど」

「あ、私も私も」

 全員なんか言い出したよ。

「……じゃあさ、面倒くさいし一人ひとつずつ。行きたい場所に行くってことにしない?」

 それが一番揉めないだろ。

「全部行くってこと?」

「そうそう。全部の時間を4つに──あー、僕の時間はいいから3つに割ってさ」

「確かに。それで良さそうかも。少し移動の効率が悪そうだけれど」

「おっけ、どこに決まっても文句なしな」

「アンタはどうせサッカーミュージアムでしょ」

 例によって谷口が賛成すればこの班の総意なので、そのように事が進んでいく。

「でも桜木。キミもどっか決めな。きょーせい」

 佐紀はそんなことを言いだした。

「どこでもいいんだけど」

「まあ決めなくても桜木の時間は桜木に付いていくことにするから」

「なんだそりゃ」

 ──そうして僕らの修学旅行計画が終わった。



 ***********


 『遺書』


 何度やり直そうが、世界というのは元ある形を取り戻そうとするのかもしれない。

 が本来あるべき世界の形──僕が巻き戻す前の世界の形を覚えていて、まるで形状記憶合金のようにそうなってしまう。

 本当に

 結局全部悪かったのは僕で、そのことに何も言い訳はできないけれど、途中からまるで”前史”を追いかけているような、何も変わっていないようなそんな感覚にまで陥った。



 最高で最悪なバッドエンドの未来にたどり着いた僕。

 最悪は最悪なんだけれど、不思議と後悔はしていない。

 無理ってことが分かったからかな。

 ──だって、好きなんだもん。


 【BAD END】


 ***********



 修学旅行の当日がやってきた!

 ……クソ眠い。

 朝が早すぎて、無理やり上げたテンションも一瞬で鎮火する。

「議事堂見学なくてよくない?」

「ね……新幹線でそのまま北海道行きたい。避暑したいよお」

 僕と佐紀はいつも通りぼやく。

 朝の駅はそこそこひんやりとしているが、何せとにかく湿度が高い。

 ダボっとしたグレーの半袖パーカーに紺のジーパン。

 佐紀の私服姿を見るのは久しぶりだった。

 大体一年後ぶり。体感で言えば二年ぶり。

「石井、まだ来てねぇのか」

「一応チャットで呼んだけど返信ないね」

「……そりゃそうだろ、スマホ持ち込み禁止だからな」

「あんまり大きい声で言わないっ!」

「ありさの声がでかいって!」

 そして谷口と誠はいつも通り働いていた。

 ……仲いいな相変わらず。

「桜井。スマホ持ってきた?」

「……忘れた」

 さもしたかのように言っているが、佐紀はこういう電子機器が禁止されたイベントの時などに、ゲームやスマホを持ってこないタイプ。

 彼女はいつも斜に構えている癖に根が真面目なのだ。

「だろうね」

 自然と顔が緩んでしまった。

「うざっ」

 ガスッとわき腹にパンチが飛んでくるので掌で受け止める。

 ああ。桜井佐紀はやはり桜井佐紀に似ているなあ。

 僕はそんなことを思った。


 **********


「まずはサッカーミュージアムだ!」

「ちょっとは落ち着いてよ」

 地図を持った谷口と、元気の有り余る誠が前を行く。

 国会から解放された少年は自由を噛みしめて叫んだ。

「トーキョー、ウチらんとこより3倍は暑いわ」

「……ほんまやで」

「桜木、なんか面白いこと言って」

「なんでやねん」

「楽に冷えたいから」

「作家がサッカーする」

「ありがと」

「任せろ」

 後ろには口を開けば繰言の二人組が続く。

 ──まずは川根誠の”サッカーミュージアム”から。



 一人が決めた場所にみんなでついていく。

 その企画は最初から地獄の形相を見せていた。

「うおー! こっちこっち! ヤバくね? これ」

「……確かに。これはすごいなあ」

「へえ」

「ほお」

 温度差よ。

 その温度差に気づきながら、ちゃっかり僕も楽しんでいるから心を痛める。

 興味がない人が来る場所じゃないしなあ。

「やるならまだしも、見てるだけなのに何が楽しいんだか」

 佐紀はポツリと呟いた。

 ……わかる。分かるぞその気持ち。

 僕もあまりサッカーの試合は観戦しないし、サッカー選手にも興味ない。

 でもここにあるコレクションはそれを超えていくんだっ……。

「でも楽しそうだよね。桜木と川根」

「ほんとに、ね」

「恨むなら誠を恨んでくれ」

 誠がここを選んだのが悪い。

 その彼は既に他のブースを、働きバチの如く行ったり来たりしていた。

 しばらく僕はなるべく彼女たちと距離感を保ち鑑賞していると。

「ありさが桜木とサッカーミュージアム回りたいって」

 佐紀は僕の肩をつついて言った。

「……サキ?」

 谷口は佐紀に食って掛かる。

 ……お前ら本当に仲いいの?

「揉めとるけど本当に回りたい?」

「あ。なにがそんなに楽しいのかちょっと気になる……みたいな」

 ……ああ。そんなことなら。

 楽しもうとしてくれる子を突き飛ばすわけにはいかないな。

「もちろん、じゃあいこっか」

「うん、ありがと」

 僕は谷口と歩き出す。

 佐紀も当然ついてくるものだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。

「──私、全然興味ないからパスで。ちゃんとエスコートしてあげなよ? 桜木」

「あっそ。じゃあ、これでも読んでな」

 僕はポーチから、退屈しのぎになるかと思い持ってきた『山椒魚』を投げ渡す。

 ベンチで座りっぱなしってのもなんだしな。

「ごめ、私活字アレルギーなんだわ」

 そう言って鞄から音楽プレーヤーを取り出し、イヤホンを耳にあてる。

 スマホはアウトで音楽プレーヤーはセーフなんかい。



 谷口は時おり僕の説明に「トップ?」「オフサイド?」などと基本的なことで躓いていたが、ふんわりとオブラートで包んで話せば、話題にも事欠くことなく会話は弾んだ。彼女のコミュ力のおかげだろう。

 ”前史”の佐紀を除けば女子と一対一で、どこかを回るという経験は初めてだったのでとても緊張した。

 それはどうやら谷口にも伝わってしまったようで、時たまに進路が重なって肩と肩がぶつかると、彼女は目に見えてビクッとした。

 佐紀より少し高いとはいえ、僕よりは一回り二回り背の低い谷口のそんな仕草に、小動物的なかわいさを見つけ、それを今独り占めしているということがなんだか誠に申し訳なかった。

 ともかく。もう少し落ち着いた人間になりたいものだ。

「どうだった」

 ジャカジャカ音漏れするイヤホンを耳から外して、開口一番佐紀はそう言った。

「楽しかった」

「うん、僕も」

 谷口の言葉に僕も素直に続く。

「そう、よかったじゃん」

 満足したのか何なのかプイッとそっぽを向いてしまう。

「ありがとね、サキ」

「……?」



 ***********



「二連チャンハズレ引くかー」

 僕らは目的地へたどり着き、佐紀が不満を漏らす。

 ──二人目、谷口ありさは”漱石記念館”。

 そんで活字アレルギーの佐紀には泥梨ないりっすねこりゃ。

「あ? 漱石記念館?」

「文句あるの?」

「いや、別に」

 誠も同じく厭そうな顔をする。

「……あれ、カフェあるじゃん」

「あ、ホントだ」

 館内を回る前から彼ら二人は、館内の喫茶店へ向かっていく。

「じゃ、じゃあ俺らここで休んでかね? 桜井」

「……そうだねー。二人で自由に回ってきなよ」

 誠の誘いに対し、少し考えた後佐紀は頷く。

「またかよ」

「だって興味ないんだもん」

 もう少し小さい声で言ってくれハラハラするから。

 しかし一緒にいる時間は長いのに、趣味や性格がバラバラというのは面白い。

「……誠はそれでいいのかよ」

 これ以上谷口と二人で行動することに気が引けて仕方がなかった。

「え、なんで?」

「そうか」

 お前がそうならいいけど。

「まあマコトに高尚なブンガクが分かる訳ないわ。行こっか、桜木」

「おう」

 僕は漱石が好きだから、かなりこの展示は魅力的だ。

 なんだと~。と谷口に対して憤慨する誠が、ちゃんと佐紀と一対一で喋れるかどうかが目下の心配事であった。




「私、迷亭先生が好きだったなあ」

 様々な展示物の間をすり抜け、鑑賞しながら、谷口はそんなことを言った。

 谷口が読書家なのは知っていたが、近代文学にまで手を出しているのは驚きだった。

 彼女の容装は、少し胸元の緩い白Tシャツに紺のジーパン。

 一段下の彼女を見下ろすと色々見えてしまいそうで、僕はずっと前を向いて話す。

「実際隣にいたら嫌なタイプだけどね」

「でも憧れるよ、ああいう人」

「谷口とは真逆じゃないか?」

「そうだけど。いつも場を乱すことしかしなくて、ホラを吹いて」

「でも憎めない。そんな人間に私はなりたいと」

「……そうそう。だってまず私って別に真面目じゃないんだ」

 谷口は唐突にロングヘアを持ち上げ、耳元に輝くアクセサリーを晒した。

 明らかに扇情的だった。僕は人生で今、一番官能的な空間にいる。

 僕にはそれがなにかを見ているような気がして、お腹の下の方がぎゅーっと締め付けられる。

 小ぶりの牡蠣の身をした形の耳が煌びやかな宝石で彩られて、僕の食欲をそそるのだ。食べ物ではないというのに。

「……」

「びっくりした? ただのイヤリングだよ。ピアスは流石にね」

 髪を下ろし彼女は続ける。

「こんなこともしてるけど、すぐリーダーみたいなポジションで色々やるじゃん? なんかチグハグしてるなーって」

 重めな髪は全てを隠し、今の谷口の印象は真面目な委員長のテンプレートのようだ。

「だから迷亭に憧れるって?」

 内に秘めた不良から解放的な不良になりたい、みたいな?

「憧れるというかー、なんだろう。そういう自分も想像してさ」

 僕の頭の中に特攻服を着て金髪な谷口の姿が思い浮かぶ。

「……ヤンキーか」

「そこまでは言ってないよ?」

 少々飛躍し過ぎていたらしい。

「無理してリーダーとかやってくれてるなら遠慮すんなよ。そういうのは誠にちゃんと頼って」

「桜木……。そこは自分って言わないんだ」

「明らかに適材適所が外れてるだろ」

 ……みんなに仕事割り振るとか、ねえ。

 僕が他力に頼ると谷口は表情を崩した。

「まあ、ありがと。……それでも纏め役っていうのかな? そういうのもちゃんと好きだから大丈夫よ」

「そっか」


「でもさ。私も少し誰かに頼りたいなー。……なんて」


 か細い声で言ったそれを今度はちゃんと聞き取れた。

「うん?」

 やっぱりちょっと任せ過ぎたのかな。

 ……買い出しの会計とかは僕たちでやるかあ。

「サキとかさ。桜木にすぐ仕事投げるじゃん」

「……本当に」

 私めんどいからパスー。確かにアイツはすぐそう言うな。

 でも実は意外と世話焼きってことを、付き合っていた僕だけが知ってる。

 ──まあ、その桜井佐紀は同姓同名の別人なんだけどさ。

「なんかズルいな。って思った」

 彼女にもやはり投げ出したいときがあって、僕が助けられる仕事なら助けたい。

「”応援団”が大変ならホントに言ってく──」

「──そうじゃなくて。”応援団”は別に大変じゃないけど……そうじゃなくて」

「そうじゃないのか」

「うん」

 僕は次の言葉を継ごうとしたが、谷口の発生の方が早かった。

「──いやー、なんか変な雰囲気にしちゃったね。ごめんっ」

 谷口は張り詰めた空気を破るように一つ深呼吸をする。

 ”応援団”の話でなければ何の話だろうか。僕には解らなかった。

「いや、別に」

「……なんかこういう場所に来ると中二病みたいな話しちゃうね」

 急に明るいテンポで谷口は言う。

「元から素質あったんじゃないか?」

 僕もそれについていく。

「そうかも。中学から近代文学読む人、全員中二病説」

「勝手に僕を混ぜるな」

「アハハ」

 そして僕らは再び小手先のブンガクトークに戻る。

 知ったかでも構わないのだ。どうせどりらもそこまで読み込んでいない。

 しかし回る途中も展示物を前かがみで眺める、谷口の胸元が気になって仕方がなかった。正直もう漱石はどうでもよくなっていた。

 彼女が最後に言った「イヤリング。桜木だけの秘密だからね」という言葉が印象に残った。

 あの耳は本当においしそうだった。



 僕らがカフェに戻ってくると、佐紀と誠はトランプで遊んでいた。

 のルールを組み合わせた珍妙なカードゲームで遊んでおり、トランプを並べながら「ウノ!」と言い出すのはどこか滑稽にも見える。

 ──喋れてるじゃん。誠。

 僕は意外と楽しそうにしている誠と佐紀を前に、モヤモヤした感情を持っていることを発見してしまう。

 僕が好きなのは”前史”の桜井佐紀だと言い聞かせているけれど、僕の彼女と姿形が同じ人間が他の男と仲良く話しているのはやはり気に入らないのだ。



 **********



 渋谷。

 修学旅行の定番スポットと言えばやはりここである。

 ハチ公前で写真を撮り、スクランブル交差点で写真を撮り、そしてセンター街へ繰り出していく。

 そのハチ公前には我が校の先生がチェックポイントとして立っていて──しかし僕らの班は目もくれずその隣を突っ切っていく。

「なあ、どこ行くんだ?」

 どこでもいい。なんて僕は言ったけれど、せっかく渋谷に来たのだからそれらの名所を一目見たいなんて願望はあった。

「いいから、ついてきてよ」

 桜井佐紀は珍しく前を行く。

 隣に誠、後ろにつく僕の隣には谷口と、珍しいフォーメーションだ。

 しかしながら、僕はもう佐紀が目指す場所の目算がついている。

「でさー。さっきのゲーム。あれ大富豪的な感じにもすれば面白くないかなー」

「俺にも分かるように言って」

「だからさ、それぞれのカードに効果をつけるの。4ならスキップみたいな、さ」

「桜井やっぱ天才じゃね?」

「でしょ~。どっかの誰かと違ってすぐ褒めてくれるからやりやすいわー」

 なんで僕がdisられなくちゃいけないんだ。

 迷うことなく僕らは進んでいく。

 ──ああ、やっぱり。

「とーちゃーく!」

「いえーい」

 桜井佐紀は”タワーレコード”を選んだ。

 それは”前史”の佐紀と同じ選択だったのだ。

「どうしよっか。多分みんな違うジャンルだよね? 知らないけど」

 9階建ての建物は、時間をいっぱいに使っても回り切れないだろう。

「だったら時間決めてここに集合ってことにしない?」

「いいね」

 そういうわけで僕らは散開した。



 ”あの時”のことを僕は忘れてしまっていた。

 3年前の今日──つまり”前史”における修学旅行でも僕と佐紀はここで会っている。

 クラスは違い、班も別々だったはずなのに、ここで会ったということだけが頭に残っていた。

 ここで何をしたのか、もしくはなぜここで会ったのかという情報は、3年の時をかけて積み上げてきた、数々の幸せの陰に隠れてとうとう思い出せなかった。

 タワレコに来たはいいものの、音楽の話題は一が月前に一瞬したきりで、みんながみんな違うジャンルに傾倒していてまるで盛り上がらなかった。

 事実に近い予想だけれど、”応援団”という媒体が無ければきっと、僕らが集まることはなかったのではないか。

 何せサッカーミュージアムではが座りっぱなしだし、漱石記念館では誠とはついてこなかったし……。

 これ、佐紀さん協調性ないね。

 僕的には渋谷ならセンター街の方が良かったけれど、他人の選択に文句はなし、恨みっこなしというルールなのだ。精一杯ここで楽しませてもらおう。

「まあ、とりあえず誠探すか」

 



 Rockコーナーで見つけたのは誠……ではなく佐紀だった。

 ヘッドホンをして僕の知らないバンドのCDを視聴している。

 僕は誠の場所を聞こうと、ノリノリな佐紀の肩を叩いてみた。

「おい」

「──うわっ! ……誰かと思った、なんだ桜木か」

「……あからさまにガッカリすんなよ」

「で、何の用?」

 そんな邪険に扱われると泣きそうになる。

「誠の場所知らな──」

「──知らないよっと」

 カポッ。

 僕の耳にヘッドホンが当てられる。

「うわっ!」

 ──ギェーヴェグォグォヴァーッ!

 途端に悲鳴のようなサウンド──これを音と言っていいのだろうか、濁流が耳の中に流れ込む。

 反射的に外そうとする僕を許さず、佐紀は僕のヘッドホンを両手で抑える

 じっと僕の目をみつめて「聞けよ」と促す。

 ──キェェェ! ゲェャーンギュギュギュギュグヴゥーン!

 まるで何10本の大樹が一斉に軋みだしたかのような音だった。

 この爆発がまさか一本のギターから起きているなんて。

 耳を包む叫喚スクリームの連続、僕はどこかでこれを……。

 ──グァン! ヴァンヴァァーキィーンエンエン……。

 ドラムロールと同時に曲が終わる。

 音源は途切れたはずなのに、歪んだエレキギターのサウンドが頭の中で反響していた。

「どう? ……ヤバかったっしょ」

 佐紀は僕の目をまだ見つめている。

 茶渕の眼鏡の奥の眼光が鋭く僕に突き刺さる。

 この彼女の表情……どこかで。

「──ジャズマスター」

 その単語が何を意味するかは忘れた。

 しかし僕はこの単語を思い出したのだ。

「えっ。……なんで知ってるの?」

「僕、今なんて言ったっけ」

「ジャズマスターだよっ」

「だからなんだよそれ」

「じゃあなんで言ったの」

「おかしいな」

「おかしいよ」

 本当におかしいよ。

 僕はどこでこれを──。

「……このギターはね、私のお気に入り」

「”じゃずますた”ーが?」

 そうだけど、そうじゃない。と佐紀は答えた。

「これさー、女の人が弾いてるの。信じられる?」

 僕の頭から佐紀がヘッドホンを抜き取る。

 距離が途端に近くなって、嗅いだことのあるシャンプーの香りがした。

「……っ。信じるも何も。ゴリゴリのRockを聴かないからわからんな」

「じゃあ逆にどういう人が弾いてると思った?」

 まだ頭に残っているフレーズから、それを弾く人物像を計算していく。

「……アメリカ人マッチョとか」

 6尺にも足るギターを持った、筋骨隆々の屈強な男性。

 そうでもなければあのエネルギーは出しようがない。そう思った。

「アメリカ人かは知らないけど私もそう思ったの最初っ」

 跳ねるようにその時のことを佐紀は追憶する。

はいつからこういうの聴いてるんだ?」

 ──あれ、なんかこの質問、どこかでした覚えが……。

「小5くらいからだよ。たまたま視聴したんだ」

「あんまりが聴くイメージなかったな」

 ──またデジャヴ。

「ん、別に隠してたわけじゃないけどね。今のJ-Rockも聴くし。──というか、まだちゃんと知り合って3か月だし、そんなもんでしょ」

「……あれ、まだ3か月か。……そうか。……だよな」

 目の前の佐紀が”あの”桜井佐紀と重なっていたことに気づく。

「どーしたん?」

「いや、なんでもない」

 ──別人だよ。この佐紀は。

 別人だよな?

「──おーい! そろそろ時間だし下いくぞ!」

 田舎小僧丸出しの声が僕らに届く。

「……まだ、沢山聴かせたかったけどしゃーなし。じゃあ、行こっか」

「……そうだな」

 


 **********



 ラスト。

 桜木浩二は”神田明神”へ。

「はあ? 神社?」

 誠はストレートな感情をぶつける。

 女子二人も口には出さないが首をかしげている。

「そう、神社」

 別に深い考えはないけどな。

「年に一回──初詣にしか行かないんじゃあ、神様もかわいそうじゃない?」

「……フフッ、何それ」

「コージって宗教家だった?」

「……そういうのじゃないけど」

 行きたい場所、と言われて神社しか思い浮かばなかっただけで。

 月兎に助けてもらった身でもあるからな。

 ……彼は家に置いてきたけど。

「体育大会の成功でも、僕たちは最後の大会の必勝祈願でもなんでも。願ってさっさとホテルいこーぜ」

 僕は誠と目を合わせた。

「確かに。そろそろゆっくり座りたいかも」

「じゃあ俺からっ。……弱いところと当たりますように。弱いところと当たりますように。ラスト、弱いところと当たりますように」

「……弱気すぎんか」

「せめて一回戦は突破させてくれい」

 キャプテンがそんなんでどうするよ。

「──いや、優勝するぞ」

 僕は五円玉を賽銭箱に投げる。

「──ならどこが来ても同じか。望むところだ!」

 トン、トン、ガスッ。

 僕と誠はいつもの──拳を二度上と下で付き合わせて、最後に正面からぶつけ合わせるグータッチを交わす。

 一年生の時初めて同時に出た試合から続く、僕らのルーティンだった。

「……カッコつけすぎ」

 半目で見る佐紀。

「でもなんか男子ーって感じがする」

 谷口はそう言って微笑む。

 僕らはそれぞれ適当に祈った。



 **********


 

 時計の針がやけに煩かった11時半頃──消灯後だ。

 何かの予感によって部屋を抜け出した僕は、談話フロアで佐紀と出会った。

 「なんで」って聞くと、「なんでだろうね」って彼女は言った。

 その怖いくらいの偶然に乗せられた僕たちは自然に抱き合った。

 ”夢の国”を見下ろすホテルの、窓から望む景色は忘れないだろう。


 【Imaginary Route】


 **********

 


 僕らはホテルに着いた後、すぐに夕食にありついた。

 一日中東京を駆け回ったことからくる空腹と、いつもより何十倍も多い食卓の人数から、より良いバイキングを楽しめた気がする。

 ちなみにオリエンテーリングの景品は食後のデザートだった。

 当然みんながチェックを集める予定で、全員分用意されていたのだけれど、不届きにもがあったらしい。

 ──どの班だろうな。

 食後の余興も、僕は全く企画に興味がなかったけれど、有志がなんとか場を盛り上げようと色々披露してくれた。──ダンスだったり、歌だったり、オタ芸だったり。

 それから「明日は”夢の国”だから早く寝ろよー」と、先生たちが生徒を部屋に追いやって消灯の時間。……でも僕たちは当然寝ない。

 今だからしかできないことがここにあるからだ。

 ──カツ、コツ、チク、タク。

 緊張張り巡らされた部屋は、僕を聴覚過敏にさせる。

「──俺に好きな人がいるって言ったよな?」

「ああ、聞いたよ」

 僕は巌流島で決闘をする剣士のように、誠の前に立ちふさがる。

 誠は口角をニヤリと上げた。

「恋バナってやつ? しようと思う! いえい!」

「いえーい!」

 川根誠と恋バナする日が来ようとは思いもしなかった。

 僕と誠は二人で盛り上がる。

 二人部屋だからね。仕方がない。

「どう進めていけばいいのかわかんねー」

「適当でいいよ適当で」

「あのさ。まずお前らって付き合ってんの?」

「お前らって誰だよ」

 僕と誰? というかどっち。

 心当たりがなくて困るわ。

「そりゃ決まってるだろコージと、さ、桜井だよっ」

「はあ? 谷口じゃなくて?」

「なんでありさが出てくる」

「とにかく、桜井とは付き合ってないんだな?」

 僕はあの桜井佐紀が好きだったし付き合っていたけれど、今の桜井佐紀は好きでもないし付き合ってもいない。

 ──

「……付き合ってないぞ」

 付き合ってしまったら佐紀が死んでしまう。

 故に彼女が死んでいない今は付き合っていない。

「じゃあ好きとか?」

「もち、好きでもない」

「そっか。なら良かったんだ」

「なんでだよ」

 誠は心から安堵の表情を見せ、一世一代のドヤ顔をした。


「──俺が好きなの、桜井だからな」


 ─────は?

 え、谷口はどこいったよ。

 お前佐紀の──え?

 ──チク。タク。

 時計の針の秒を刻む音がどんどん鋭くとがっていく。

「うわー! 言っちゃった! 恥ずかしいなコレ!」

 いやいや、僕よ。この”歴史”の佐紀は僕の好きな佐紀ではない。

 誠が佐紀のことを好きだろうと、寧ろ僕にメリットしかない話じゃないか。

 ──だからって僕の好きな桜井佐紀と同じ姿形をした人間が、他の男と一緒にいることを僕は許容できるのか?

 それを許容してしまうほどの愛だったのか?

「頼む! 応援してくれ!」

 『応援』と誠は言っている。

 僕はどういう気持ちで応援できるのか。

 僕の”制裁”を考えて、僕はその恋を後押しすべきだと分かっている。

 それに純粋な『誠は幸せになって欲しい』という気持ちもあって。

「──ごめんっ。ちょっと、トイレ行ってくる」

 作り笑いをして僕は部屋のドアに向かう。

「コージ。トイレなら室内にあるぞ」

「いや、ちょっと。ジュース買いに行ってくる」

 僕はドアをそっと開けて外へ飛び出した。

 部屋から「なんなんだ一体」と聞こえてきたが、振り返ることはできなかった。

 考える時間が欲しい。

 ──僕はいつも「どうすればいいんですか」と言っている。

 いや今回は二択まで絞れているんだ。

 応援するか、しないか。

 ──そして僕は今日もそこで逃げている。




 強制イベントというものが存在するならば、きっと修学旅行1日目の夜、ここで彼女と鉢会うことは決められていたのだろう。

「げ。よりにもよって桜木かよ」

 ──談話フロアには佐紀がいたのだ。

 観光をしていた時よりもラフな部屋着姿と、二つ結びではなく下ろした艶のある髪の毛は、生活感があって無防備にも見える。

「──僕も、今桜井には会いたくなかったかも」

 彼女の辛口挨拶はいつも通りだったが、僕の辛口挨拶は初めてのことだった。

「……何。なんかあったの」

 当然佐紀は訝しがる。

「なんもなければ来ないでしょーが」

 しかしその内容を言うわけにもいかないので逆質問をする。

「──そっちこそ、こんな時間に誰かと待ち合わせ? 彼氏?」

 これで彼氏だったら誠泣くな。……僕もちょっと泣く。

「私にも、色々あんの。君には関係ないけどね」

 佐紀が「関係ない」という言葉を使うときは、吐き出したい何かを抱えているときということを僕は知っている。

 それを聞き出す役割が”前史”においては僕だったが、この世界は誰もいない。

「……少し話してく?」

 だからぼんやりと会話を継ぐことにした。

「まあ暇だし。仕方ないなー」

「って話始めると大体話題に困るよね」

「いつもはあんなにバカ話してるのに」

「”応援合戦”。うまくいくかなぁ」

「ありさも、川根も頑張ってるしなんとかなるでしょ」

 僕は窓際に用意されたカウンター──佐紀の隣に腰掛ける。

「あれ、僕は?」

「雑用に人権なんかあるか」

「ストーリー原案僕ですけど」

「確かにあれはファインプレーだったね。どうやったら”応援合戦”でタイムトラベルを題材にしようってなるのか」

 佐紀はカウンターに体育座りをする。

 白い太ももが根元の方まで見えて、僕は消灯された”夢の国”の方に目をやる。

「……なんかで見たんだ。なんかで」

 実際に経験してるから、なんて言えない。

 しかし言い訳にしろ、もう少しいいやり方があった気がする。

「じゃあどこでみたのー」

 当然ツッコまれる。

 なら、一回”本当”を言ってみるか。

 ……本気で信じてくれるわけはないけれど、まあ言うだけタダだろ。

「いや、ごめん。本当はもっと深い理由があってさー」

「ふむふむ」


「──実はさ。僕、桜井を助けるために未来から飛んできてるんだわ」


「……」

 ジト目で「何言ってるんだこいつ」オーラを出してくるのやめてもらいたい。

 まるで僕が事実とは全く異なる虚言を吐いているみたいじゃないか。

「な……なーんてね。冗談だよ。あの時はアイデアが空から降って来たんだ。……天才だから」

 しかし僕は佐紀の視線に耐え切れずギブアップ。

「そっちの方が信ぴょう性高くなるの不思議だね」

「よっぽど僕のタイムトラベル説が薄っぺらいんだか」

「……だって。桜木、私の為に過去に飛びたい?」

 飛びたいからここに来たんだ!

 そうやって堂々と宣言したかった。

「時と場合によるんじゃないかな」

「だよね。そうだわ、ふつー」

「ふつーは時間飛べないよ」

「間違いないね」

 普通じゃなければ時間飛べるんですけどね、初見さん。

 ──シーン。

 チック、タック。

 空間に”天使が通り”、時計の音がなお響く。

「……あるやつから、色々頼まれてて」

 脈絡もなくなぜ僕が語りだしたのか、自分が一番聞きたいけれど、ぽつりと僕の口から悩みが飛び出して行く。

「……うん」

「それをしたらそいつは喜ぶだろうけど、僕は損をする」

「うん」

「で、分かんなくなってここに来たんだけど」

 そこまで来て突然何を語りだしてるんだ僕は。と自責した。

 ──さぞ佐紀も困惑しているに違いない、さっさと話をたたもう。

 しかし彼女はこんなことを言ったのだ。

「──実は私もマジで一緒。その子のことは大好きだから手伝ってあげたいんだけど。うまくいかないもんだねえ」

 それで混乱して抜け出してきちゃった。

 佐紀は舌を出す。

「……一緒って、ある?」

「こっちのセリフなんだけど」

 ……そうだよなあ。

「でもまあこういう問題、あいつらだったらスパッと解決するんだろうな」

「あいつらってありさと川根?」

「そうそう。谷口だったらすごく合理的に。川根だったら何も考えず直感的に」

「たしかに」

 佐紀はぎゅっと膝を、細い腕で抱え込んだ。

「僕らってすぐ問題から逃げだす体質じゃん?」

「すぐ私を仲間に……って入ってるかー」

 お前が筆頭だぞ寧ろ。

「だからこういう悩みとかに弱いのかなって思った」

「……そうかもね」

 それっきり僕らは少しの間黙った。

 横目で見ると佐紀は窓ガラスの遠く向こう。

 もう真っ暗な空でぼかされた水平線を見ていた。

 ──カツ、コツ。

 時計の音が本当にうるさいな。

 そう雑感したとき佐紀がゆっくり口を開く。

「……じゃさー。別に桜木の悩みは聞かないけどさー」

「ん?」

「私たちは同盟を組もう。聞いたからには組んでもらおう。拒否権はない」

「なんだねそれ」

 突然物騒な単語が出てきたので僕は佐紀に向き直る。

 佐紀はもう僕の方をまっすぐ向いていた。

 しかし茶渕の眼鏡はずれていたから、細く長い指が慣れたようにそれを直す。


「──私たちはたった今から大切な人を助ける方に舵を切るどーめー」


 格好良くそう宣言した彼女は一度、癖でおさげを掴もうとして──空を切る。

 髪をおろしているのだから掴めるはずもない。

 あまりにシリアスな展開の中でそういうボケをかまされると一気に苦しくなる。

 ──ガスッ。

 脛を蹴られた。いてえわ。

「なんでわざわざ同盟くまなきゃいけないんだ」

「だって私だけで損するのいやだもん。君も道ずれだー」

「なんだってー」

 僕は大袈裟に驚いて見せた。

「というか男子で言う”連れション"みたいなやつ? 一人で何かを決断するのって怖いじゃん」

「女の子が連れションって言わないの」

 佐紀は無視をして続けた。

「だから私と桜木、どっちも嫌な思いをするだろうけど、『まあ近くに仲間いるしなんとかなるだろ』……そんなメンタルで大切な友達を助けてみない?」

 ……緩い感じだけれど、悪くないなって思った。

「僕にとってはそう難しいことじゃない。その選択肢もあって、踏ん切りがつかなかっただけだから」

 だからここに逃げて来たんだ。

「私にとってもそうだよー。二択だったからね。『自分か、友達か』の」

 ……本当に僕らは同じ状況に立たされているらしい。

 僕にとって誠は大切な友人で、”制裁”も加味して考えればどう見ても、誠の恋路を応援する道が合理的だ。

 うだうだ迷わずに、応援するなら応援をしよう。

「……じゃあ、成立だな。同盟名はどうする?」

「どーめーめー? やだよそんなの」

 はあ? 同盟には名前が必要だろ。

「同盟って言いだしたの桜井だろーが」

「あれは言葉の綾よ。あやとりですー」

 ……いや、そこは譲れないね。

「じゃあ勝手に決めさせてもらう。同盟名は──」


 ”Tik-Tak-Rock"だ」


 ──キマったと思った。

 そうして佐紀をみると、酸っぱいものを口に含んだような顔をして僕を嘲る。

「……プフッ。絶対深夜テンションでしょ。~~ッ。だっさ。マジ? 本当に言ってる? センスがぶっ飛んでる。いやーないっすわーw」

「いいの。これで決定だ」

 僕は意地を張って羞恥の感情を隠す。

「同盟なんて、ノリで言って、みたけどまさか。ククッ。こんなことになるとは」

 佐紀は何とか笑い声が響かないようにするので必死だ。

「楽しそうだな。お前」

「だってただ、同じ境遇ならここで一緒に割り切ろうってだけなのに。……”同盟”なんて言い出したのがアホだったわ。私も深夜テンションワンチャンあるね」

「……お前絶対声漏らすなよ」

 僕は佐紀にそう迫るが、なんだかいかがわしいことをしている気になる。

「もう、ちょっと先に帰ってて。私、桜木の顔見たら笑えてくる病」

 腹が立ったので「──Tik-Tak-Rockだ」ともう一度言ったら、佐紀は椅子から転がるように落ち床に打ち伏せた。

「じゃあな。おやすみ」

「……おやすみ。あのさ、タワレコでまた私のこと”佐紀”って呼んでたよ」

「また間違えたな」

「もしよかったら、もうさ。名前で呼び合わない? ──2人の時だけ」

 悪くない提案だ。まるで青春のようなイベントだ。

 しかし今さっき自分を犠牲にしても、全力で誠を応援すると決めた。

 それに僕は佐紀と佐紀を区別しなければいけないから。

「ごめん。今まで通りで、よろしく」

「……うん。わかった。おやすみ」

 彼女の表情はどこか満足げだった。

 もしかしたらそう見えただけかもしれないけれど。



 **********



 ”Tik-Tak-Rock”という同盟がある限り、僕と佐紀が付き合うルートは存在しない。

 図らずも彼女が提案した同盟は、”制裁”を避けながら佐紀との親交を深めたい僕にとって、棚からぼたもちといった僥倖であったのだ。

 


 **********



 ──その後。

「ごめん。ただいまっ!」

「コージどこ行ってたんだ!」

「……僕は、お前を全力で応援するよ」

「おー!」

 そういった青春の一ページが展開されたのだった。

 親友同士のエピソードなら、こんなに短くて済んでしまう。



 **********



 2日目の”夢の国”、3日目の”ネイチャー体験”は班が違ったのもあってか、僕ら”応援団”組の様子に変わったことはなかった。

 1日目の密度が濃すぎたのか、どこか物足りない部分もあったけれど、何度行っても修学旅行はいいものだ。

 


 **********



 疲れ果てて家に帰ると、月兎(の憑いたストラップ)がふわふわと浮いて待っていた。

「お、やっと帰って来たね。どうだ──む、他のヤツの匂いがする」

「うん。神田明神行ったからね」

 匂いってなんだよ匂いって。

「あっそう。そういうことするんだ桜木クンは。僕という君の氏神がいながら他の神のところに行くと」

 めんどくさいメンヘラかよ。

「悪かったって」

「そうさ。今後金輪際別の神社にはいかないこと! ホントに常識に欠けるよ君は!」

 スマホで調べたら、どうやらそういう決まりもあるようだった。

 知らんけどな。

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