7月:そのBetは777のために

 我が中学校サッカー部の士気はこれ以上ないほどに下がっていた。

「……よりにもよって”東中”かよ……」

「せめて二回戦には行きたかった……」

 昨日は夏の大会の組み合わせ抽選会だった。

 ”東中”というのは僕たちの地区で優勝最有力と言われる中学。

 お通夜のような練習前の部室は、我が校と東中の圧倒的な戦力差を表し、早くも敗戦ムードが漂う。

「おいおい、やってみないとわからないだろう」

 僕は副キャプテンを固辞したが、一応司令塔なのでチームに発破をかける。

 勝てないと思ってたら絶対に勝てないんだぞう。

「いや、コージ。練習はやる。やるけどさー」

「漫画ならふつー、一番弱い敵からじゃん」

「そうっすよね武先輩」

 マジで士気が落ちてんな。

 練習の効率にまで響いたら勝てる試合も勝てなくなるぞ。

 ──というか、大会とか普通にやることやれば勝てるものだけどなあ。

 相手も緊張して60%くらいのパフォーマンスだろう。しかも初戦だし。

「……どうしたもんか」

 こういう時に僕の言葉は響かない。

 人望がないからね。

 誠の能天気な言葉を期待して目線を送ったが、しかし彼は静かに目を瞑っている。

 こういう時に一番喧しい彼が、どうして何も言わないのか不思議だった。



 ──川根誠という人物はとても興味深い。

 日常生活においてクラスを纏めるカリスマ性はあれど、知能のかけらも見えないアホである。モンキーの生まれ変わりかってくらいにはアホ。

 しかしながら一旦スパイクを履くと──サッカーコートに立つと、騒がしい特徴はそのままに、誰よりも先を見据えて行動する。

 それはサッカーIQが高いということも勿論だが、全員が今何をしているのかを把握しているのではないかという程、視野が広い。

「そろそろ一年! 水汲み行ってこい!」

「──次! シュート練行くぞ!」

 そして声がでかい。

「ナイッシュー! いいね!」

 誠の低くて鋭い声がキュッとコートを締める。

 キャプテンになるために生まれてきたと言っても、過言ではないポテンシャルだ。

「いつもの! 1対1から3対2まで!」

「「おう!」」

 ──よし、今日もやるか。

 この練習メニューの一発目は──僕と誠の1on1。

 その後他の部員も始めるけれど、最初は僕たちのデュエルが暗黙の了解。

「……今日は僕が攻めだよ」

「バッチ来い」

 ゴールエリアの幅をいっぱいに使い、ボールをキーパーが守るゴールに入れれば攻めの勝ち、それ以外は全て守りの勝ちというルールである。

 ……負けた方はグランド一周ダッシュの罰ゲーム付き。

「じゃあ──」

 ポスッ。

 慣例的にボールを一度誠に転がし、返ってきたところでスタート。

「──ッ!」

 先に仕掛けたのは誠。

 僕の足元にボールが収まった瞬間、急速なチェックで僕との距離を詰める。

 一度前傾姿勢、重心を前に動かし抜き去る意向を見せると──誠は一度停止。

 すかさず体を起こし一度右足でシザースを入れる。

 ──チッ、さすがにバレてるか。

 ガガッ。

 シザースをフェイントであると見抜いた誠は、跨ぎ動作の後隙フレームを狙って、もう半歩前に体をねじ込む。

 ──だけど、これは届かない。

 逃げるように僕はインサイドでボールを右に転がし、プレッシャーを外す。

「……ふう」

 ──そして脱力。腕を広げて「やるじゃないか」とジェスチャー。

 誠もそれに気づいてと体を構え直す──。

「ファーストコンタクトは俺のか──」

「──ごめん」

 それを見て急前進。

 ──ジェスチャーは「仕掛けないよ」というだったのだ。

「あ"?」

 フルドライブで動きが鈍った誠の隣を抜ける!

 ──ってついて来ちゃうかー。

「詰め甘くね?」

 誠は僕に肩を密着させて追いすがる。

「……足はえーな相変わらず」

 ──ズザッ、ダッ! ……ズザッ!

「スピード落ちとるよ」

 急減速、急加速を繰り返し振り切ろうとするも、ステップを読み切られて段々と速度が落ち──守備側有利になっていく。

「うるせっ」

 ──ズザザッ、ザザッ!

 もう一度再加速──とみせかけて右アウトサイドでボールを巻き込み急転回。

 ──左足を軸にして回転した。

「マジかっ」

 単調な前後運動のさなかの唐突な横軸運動に、誠は重心が前に取り残される。

 横にスライドしたことによってゴールへの視界が開けた。


 『1:シュート 2:前への突破 3:もう一度フェイントで右に切り込む』


 ──選択肢を選べるのはこちら側だ。

 しかし。

「うぉりゃーー!」

 ──バッ。

 勝利を確信した刹那誠の足が飛んできた。無理やり反転して、僕の足元にスライディングを試みたのだ。

 3つの選択肢から”2”を選ばざるを得なくなって、僕は誠の足を飛び越すようにボールを浮かし前へ躱す。

 すでにゴールは十分近づいていて、ボールは僕から少し遠い。

 キーパーが飛び出してくる。

 ──あとはシュートを打つだけっ。

 


「惜しかったなー!」

「はぁっ。はぁ、くそっ。マジか外すかー」

 僕は手を膝に置く。

 キーパーに詰められて焦ったのか、僕の左足で放ったシュートは枠を捉えず、明後日の方向へ飛んで行ったのだ。

「でも完全に抜かれたからなー」

 勝ったのにも関わらず悔しそうにする誠。

 確かにただの1対1ならば僕が抜ききっていたが。

「いや関係ないよ。ゴールが勝利条件だからさ」

 それに、と僕は付け足す。

「……最後、あのスライディングで完全に選択肢奪われたわ」

 ──完全に打たされたシュートだった。

「あれタイミング絶妙だったよなー。たまたまだけど」

 僕らが感想戦をしていると、周りの部員も集まってきた。

「俺、明日もコージに100万賭けてるから頼むぞ~」

「……分析によるとコージ守備回は誠の勝率30%」

「僕はハカセに乗った。でも今日200万落としたのでけーなー」

 ○○万円というのはそのまま万円を抜けば共通語になる。

 賭博はダメだけれど、インフレし過ぎだろこの部活内通貨。

「お前らさっさと練習に戻れっ! 声出してくぞー!」

「「おうっ!」」

 ──”前史”において、誠は絶対的なエースだった。

 日常生活では相変わらずアホだったけれど。

 しかしナンバー2の僕でさえも一線を画す技術を有し、僕と肩を並べてサッカー部の”ツートップ”という雰囲気ではなかった。

 ──だからズルみたいだけど今回こそ誠の力になれたらって思うんだ。

 緩んだ雰囲気をもう一度誠が締めて、部活はその後紅白戦へ続き終了した。



 練習後のミーティング。

 誠は部員を集めて話す。

「みんなももう知っていると思うけれど、俺たちの最後の大会、一回戦の対戦相手は”東中”に決まった。あの8番と10番がいるところだ」

 ざわざわと負のオーラが流れる。

 ──なんでこいつらそんな落ち込んでるんだ。

 僕としては勝てる気しかしないんだけど。

「俺は。だから決めた」

 誠は息を軽く吸い込む。


「──もし1回戦勝ったら、俺好きなやつに告白するわ」


「「「はぁ!?」」」

 全員の声がハモった。

 ……漫画かなんかかよ。

「え。誰? 好きな人いたん?」

「先輩、先にそういうことは言ってくださいよ~」

「誠マジか」

「うるさーーーーーーい!」

 誠はシャウトする。

 年配の顧問の先生が耳を塞ぐほどだ。

「いいか? だからお前ら俺を助けろ。以上っ!」

 円陣がしーんと静まる。

 誠の恋路を後押しすると”同盟”で決めた僕は、誰よりも早く声を出す。

「……おう!」

「「おうっ!」」

 続いて部員も声を出す。

 顔を見わたせば、誰ももう俯いていなかった。

 誠の人望と、カリスマが為した奇跡の演説だろう。

 素直にすごいと思います。

 ──でも負けフラグ臭いのがなんだかなあ。

 


 **********



「日本の7月ってヤバいな。バグってんじゃねーの?」

「……それな」

 7月の土曜日が2度周ればもう、今日は大会の当日だった。

 太陽はじりじりと僕らに嫌がらせをして、試合が始まる前には天然のホットプレートを土のグラウンドに作る。

「3年間、ついに来ちまったけど」

 ユニフォームを着て、ぴょんぴょん誠は跳ねる。

 コート内アップも終わり、あとは選手チェック、そして試合をするだけになった。

「それな」

「準備できてるか? コージ」

 キャプテンマークを誠はつけた。

「それな」

「あれ、緊張してる?」

 のびのびと誠は僕の顔を覗き込む。

「し、してないよそんなに」

 滅茶苦茶僕は緊張していた。

 ──あれ、なんでだろう。

「頼むぜマジで」

「まか、まかせロー」

 変なイントネーションになってしまう。

 3年間の思い出──初めて試合に出た時のことや、後輩が入ってきたときのこと、キツかった冬の走り込み、誠との1対1。

 それらが脳内を駆け巡り体を強ばらせる。

 唯一灰色の2年間で積み上げてきたものが、このサッカーだったから。

 ──絶対に、勝ちたい。

 ピピーッ!

 主審が笛を吹いて時間であることを示す。

「……時間だ。行くぞ」

 誠は拳を突き出す。

「……おう」

 ──トン、トン、ゴスッ!

 このチームは”前史”のような誠のワンマンチームではない。

 がボランチから支えるチーム。

 ──僕が潰れるわけにはいかないのだ。



「ファイトー!」

「「おー!」」

 円陣を組みポジションに付く間、観客席に見知った顔が見えた。

「おい、誠。立口と……佐紀だぞ」

 谷口は手を振って、佐紀は目が合うと逸らす。

「……知ってる。──俺は、最高に運がいい」

「運?」

 手を背中で組んで誠はストレッチする。

「1つ目は、このチーム全員が最後まで俺についてきてくれたこと」

「いや、みんなお前に感謝してるよ」

「2つ目は桜井がこの試合を見てくれてること」

「……そのためにも勝たないとな」

「そして、3つ目は一番大きい。──お前がボランチの相棒ってことだ」

 もう一度誠は拳をこちらに向けて、口角を上げる。

「よせよ。恥ずかしい」

 ──トン、トン、バスッ。

 灼熱の太陽に晒されて心が燃え上がる。

 ……僕はやっぱり勝ちたいんだ。

 ピィーッ!

 ──甲高い笛の音と共に、1回戦が始まる。



 相手の右サイドハーフ、8番の突破力はある程度割り切って、センターバックの対応と、ボランチのハードワークでカバーすることにした。

 ──問題は10番。対面のボランチである。

 誠に対応させればいいのだが、相手は絶えずポジションチェンジをして、僕とのミスマッチを作ろうとしてくるのだ。

「──クソっ!」

 体幹差から今もルーズボールを10番に奪われた。

「この時間はセーフに行こう!」

 誠がチームに指示を飛ばす。

 30分ハーフのこの初戦、開始10分はロングボールで安全にプレーしようというのがゲームプランの一つ。

 相手も強豪ではあるが、条件は同じく大会の初戦なので、安全にロングボールをバックラインへ蹴り込んでくる。

 単調な攻めはどちらも大きなチャンスを生み出すことができず──試合が動いたのは前半15分。

 相手8番のサイド突破からコーナーキックを獲得された。

「ここ、一本集中してくぞっ!」

「6番、6番1枚足りない!」

 僕と誠が中心になって、マークを動かしていく。

 キッカーは10番。ゆっくりとボールをセットし、手を上げてからボールをキックした。

 高く空に上がり、大きくカーブしたボールが僕の前に落ちてくる。

 ──競らなきゃ。

「オーライ──」

 意を決し踏み切ろうとした瞬間、相手チームの手が僕の腰辺りに伸びてきた。

 ──ユニフォームがっ!

 服を引っ張られてバランスを崩す。

 それは一瞬のことで審判には見えていなかっただろう。

 制空権を取られた僕は、うまくボールにコンタクトすることができず、覆いかぶさるように相手が次々に飛びこんでくる。

 ──失点。0-1。

 いや、そんなの認められないだろ。

 ──僕は、勝ちたい。

 誠のために僕は勝ちたいのだ。

「……っ! レフリー!」

 僕は喜ぶ相手チームを尻目に審判へ食って掛かる。

 だって、どう考えてもおかしいじゃないか。

「うん?」

「ユニフォーム引っ張ってたの、見えてなかったんですか!?」

「そんなことはなかった。……下がって」

 ──しかし納得がいかない。

 こんなので夏を終わらせるわけにはいかない。

 僕がチームを勝ちに導くんだ。

「ちゃんと見てくださいよ!」

「やめろ、無駄だって」

 誠が僕を止めに入る。

「……だって明らかに僕飛べてなかっただろ!」

「早く、ポジションに付きなさい!」

「副審は見てなかったのかよ!」

 ピピーッ!

 甲高い笛が鳴った。

「8番。もう一回でレッドね」

 主審は高々とイエローカードを僕に翳す。

「……クソッ」

 0-1。

 感情的な抗議は通るどころか、イエローまで貰ってしまった。

 絶対に勝たなきゃいけないのに!

「……らしくねーぞ、コージ」

「……」

 確かに僕は今おかしくなっている、らしい。

 おかしくなっているのは分かったが、何がおかしいのか自分では解らなかった。

「お前の失点じゃない。落ち着いていこう」

 誠は僕を励ます。

 ──しかし前半が終わるまで僕のプレーは精彩を欠き、1点ビハインドのままハーフタイムに突入した。



「お前さ、色々考えすぎなんじゃねーの?」

「……分かってる」

 チームでのブリーフィングを終え、誠は僕に話しかけてきた。

「どーせチームを勝たせたいとか、俺の為に勝ちたいとか思ってるんだろ」

 誠は僕の心を見透かして言った。

「……そうだよ。当然だろ」

「──らしくねーぞ。マジで」

? 僕らしいってなんだよ」

「……お前のいいとこはさ。適当なところだぜ?」

 誠はニヒルな笑みを見せる

「はあ?」

「なんでも適当にこなして、ふらふらしてるけど、いてほしいところにはちゃんといて、天才肌ってやつ?」

 別にそんなんじゃないわ。

「……サボり癖がついてるだけだっての」

「かもな」

 そして一瞬口を噤んだ後、誠は後半のプランを僕に語る。

「後半、俺一人でボランチやるよ」

「……あ”ぁ?」

 とんでもないことを言いだした。

 僕クビになった?

「お前は自由に動け。いや……ぶっちゃけボランチあたりに居てくれると嬉しいけどさ。緊張してるなら砂弄りしててもいいし、相手ゴールキーパーと話しててもいい。とにかくやりたいようにやれ」

 何言ってんだこいつ。

「どうやって動けばいいんだよ」

「それは自分で考えろ。思った通りにプレーしてくれって言ってるだろ」

「10番はどうすんだ」

「なんとかするよ、多分な」

「……?」

 策はないようだった。

「どうせ全部勝っても8月のなんだ。1か月しか変わらん」

「だったらマジで自由にやらせてもらうからな」

「……元から勝算が薄い勝負なんだ。これくらいしないとな」

 そして僕らは賭けに出た。



 僕の性格。

 パニックに弱い。

 ──気が動転すると一人では立て直せない。

 面倒くさがり。

 ──副キャプテンも”応援団”も面倒くさくてやる気が出ない。

 斜に構えた中二病。

 ──効率厨を自称するバカ。

 そんな僕が緊張でパニックを起こし、「何が何でも勝つぞ!」……なんて意気込んで、文句を言っても覆らないのにイエローカードを貰う。


 ──前半、悪いところばっか出てるじゃん。


 『何としてでも勝ちたい!』というメンタリティからしてまず

 いつもの試合なら『やることやれば勝てるっしょ』と、もっと楽観視して臨んでいたはず。

 ──それが僕のだろう。

 実際東中が対戦相手に決まった時は、「フツーに勝てるだろ」と思っていた。

 試合前になって急にパニくるとか、情けねー。

 僕は頬を一度叩き、自虐的に笑う。

「おちついていこー」

 後半の笛が鳴った。



 

「はあ? お前なんでここいんの?」

 味方フォワードは僕に言う。

 僕は相手のバックラインギリギリに張って、ボールを待っていた。

 理由はない。予感がしただけ。

「まあ、任せなって」

「相手ボランチはどうしたんだよ」

「……知らん」

「はぁ!?」

 しかし相手の6番──10番ではない方のボランチは僕について下がっている。

 事実上中盤は誠と10番の1on1で、そこに僕らがどう介入するかがカギだ。

 誠と10番のデュエルからこぼれたボールを、僕らのセンターバックが大きくクリアする。

 6番が誠を挟みにいこうとしていた状況で、僕は一時的なフリーになっていた。

 ──これは超える。

「潰れろっ!」

 僕は味方に指示を出して前線を前へ行く。

「おう!」

 味方フォワードは僕の意図を察知して、競り合ったボールをディフェンスラインの後ろへ流し込んだ。

 相手6番の中途半端なポジショニングが災いして、僕はフリーでラインを抜け出す。

「ないすっ!」

 しかし相手も強豪、簡単にはシュートへもっていかせてくれない。

 俊足のサイドバックが僕と並走してサイドへ追いやろうとする。

「……ッ!」

 ペナルティーエリアには侵入成功したが、そこで完全に失速させられ、ボールが足元に詰まる。

 自分より前に味方はおらず、これ以上時間を掛けると相手が戻ってきてしまう状況、いち早くシュートを打ちたい。

 しかし体勢が悪い中で苦手な左足、打ったとしても決まるかは微妙。

 そもそも。

 ──僕エースじゃないんだよなー。

「誠っ!」

 後ろは確認していなかったが、絶対にいると確信していた。

 ──逆にこれでいなかったらお前じゃない。

 右足アウトサイドで真横にボールを流す。

「……サンキュッ!」

 バレーボールの”クイック”のように、誠が走り込んできてドンピシャ、右足の真芯で捉えられたボールはゴールへ一直線。

「「よっしゃーっ!」」

 ハイファイブ。

 1-1。ゲームは振り出しに戻った。




「分かってるなっ! まだ同点だ!」

 誠はチームへ叫ぶ。

「……もう一回同じことやるだけじゃん?」

 僕は僕に呟く。

 全員が自分の役割をこなせば勝てるはずだから。

 相手の6番、ポジショニングガバガバだし。

 そうだ。だれもかれも緊張しないはずがないのだ。

「……だから僕は相手が知らない盤面をつくる」

 大一番で奇想天外な動きをしてくる敵。

 さぞかし嫌だろうな。

 しかもその動きから一点取られてるし。

 ──ピィーッ!

「行くぞ」

 僕は誠に声を掛ける。

「おうっ!」

 誠は僕に拳を出す。

 トン、トン、パスッ。

 


 しかし当然僕らの奇策はそう長く効果を発揮しない。

 6番は律義に僕へついてきていたが、修正して10番の援護へ回るようになった。

 ──奇策のカウンターは王道だ。

 中盤での1対2が増え、誠一人では対応できなくなってきた。

「僕、そろそろ戻るわ」

「ハァ、ハア……頼むわ」

 自由に動いた僕の負担を誠が全て請け負う形は、かなり彼を消耗させていた。

「10番は僕が見る」

「りょーかい。カバーする」

 と誠は言ってくれるが、彼の消耗具合から見ても僕が1v1で勝つ必要性がある。

 ……まあ、10番もかなりキツそうだけど。

 その分サボりまくっていた僕の時間がやってきたという感じ。

「まずは守りから行くぞ!」

 誠の代わりにコールをする。

 ──ワンチャンス。

 それをモノにして勝てばいい。





 防戦一方の試合展開で一番キツいのは敵味方に関わらず多分ボランチ。

 ……中盤の小競り合いが多すぎるのだ。

 常にボールへ顔を出して、カウンターに参加してまた守備。

 ワンチャンスを狙う僕たちは辛うじて耐えることができていた。

 ベンチから「あと3分」と声が掛けられる。

 ──やっとか。

「そろそろ。行くぞラスト」

「さっきと同じ。ロングボールで飛び出せ、コージ」

 チームプランは既に修正されて、この時間から全員がカウンターの為に動くことになっている。

 一本の為に。

 まずしなくちゃいけないのは、中盤でのボール奪取だ。





 

 残りあと1分もない状況。

 ……勝利の女神は僕たちに微笑んだのかもしれない。

 ──あの10番がミスをした。

 緩いパスが僕の目の前に転がってきた。

 ラストプレーにもなろうかという時間帯、最後のチャンス。

「ここ、行くぞっ!」

 誠が今までで一番大きい声を上げ、チームが一気に前掛かりになる。

 僕はドリブルでサイドに持ち込んで、タッチラインで待つ右サイドハーフと2対1を作る──そしてワンツー。

 いとも容易くディフェンスラインを突破。

 サイドは攻略した。

 あとは中で合わせるだけ。

 クロスの準備をしながら、フリーのプレーヤーを探す。

 トップ二人は定石通り、ニアとファーに突っ込みディフェンスを引きつける。

 左サイドハーフはセンターに走り込んで、彼は二人を釘付けにする。

 ──そう、やっぱり最後はアイツしかいない。

「誠っ!」

 ペナルティーエリアギリギリで待つ彼に、折り返すように蹴り込む。

 10番は遅れてマークに付けていない。

 ──つまりだ。

 ディフェンスの頭を超すように、彼の右足に吸い込まれる僕のクロスボール。

 これは決まっ──。


「──?」

 ──?


 ──しかし、誠は足を振り抜けなかった。

 彼の足元を抜けて転々と転がるサッカーボールは、遅れていた10番の下へ。

「……やべぇ」

 全員が全員気を抜いていた。

 まさか、そんなことがある訳ないと。

 10番が驚異的な精度でスルーパスを8番へ。

 ここ一番の速度で飛び出す相手を、止める術を我がチームは持っていなかった。



 **********



 青い、青い空が見える。

 芝生が背中に突き刺さって痛いが、立ち上がる気力さえ僕には残っていなかった。

 コートの脇にある芝生広場で、僕らは湧き出る涙を太陽で乾した。

「……終わったな」

 僕は言う。

「……終わっちまったよ」

 誠は言った。

 スコアは1-2。

 結果だけ見れば”東中”の勝ち。

 ……下馬評通りの結果である。

「コージ、ごめんな」

「……前半足引っ張りすぎたわ。すまん」

 あの瞬間、誠の足は痙攣を起こしていた。

 途中1対2を続けていたこともあって、オーバーワークだったのだ。

 そもそも誠のおかげでここまで来れたんだ。誰も責めないさ。

「……あいつら、僕たちが抜けて大丈夫かな」

 後輩達は僕らを気遣い、先に片づけを始めてくれている。

「お前が思ってるより意外と、しっかりしてるよ」

「来年は頑張って欲しいね」

「……な」

 僕らの夏は終わった。

 マジであっけねー。

 空はなんで青いんだろう。雲は意思を持ってるのかな。

 最初から落ち着いてプレーしてれば。

 イエローカードなんてしょーもないことしなければ。

 ……あーあ。


「──いやいや、頑張ったなきみたちお疲れーっ」


 しんみりとする僕たちを、明るい声で慰める声は佐紀だった。

 3年生全員分のウィダーinゼリーを、1つずつ差し入れて回る。

「……もう少し空気読もうよサキ」

 後ろをついて申し訳なさそうにする谷口を佐紀は無視する。

「あのすごかったぞかわね」

 ホットパンツにTシャツの健康的な服装で、佐紀は誠の前に立った。

 そしてニッコリと笑顔を彼に向けると、誠は目を逸らす。

「……勝てなかったけどな」

 誠はまだ最後のプレーを引きずっているように見えた。

 それに、もあるし。

「おしかったねぇ~」

「……な」

 けど誠は告白しないんだろうな。

 そういうとこ頑固だから。

 ──しかしさっさと告ってくれたほうが、僕的には気が楽なんだけどなぁ。

 そして佐紀が僕の前に来る。

「……桜木、あーいう所あるんだ。知らなかった」

「どういうとこだよ」

「意外と、アツいねー」

 ──あー。

 イエローカードを貰ったところだと気づく。

「……あれは、ミスったな」

 佐紀からゼリーを受け取ろうとするが、佐紀は手を振って手ぶらであることを主張する。

 ──僕だけハブられてるとかマジ? いじめ?

 枯れ果てた涙が再び湧き出そうとしたところで、谷口が佐紀の前に出てきた。

「で、でも、カッコよかった」

 と言ってゼリーを手渡ししてくれた。

「……ありがと。負けちゃったけどね」

 面と向かって「カッコいい」とか……意外と照れるな。

 でもこれ以上近づかれたら、ミニスカートの奥が見えそうなんだけど。

 見たいわけじゃないけど視界に入るというか、実は見たいとか見たくないとか。

 見たいって言ったら見せてくれるのかな。──いや何考えてるんだ。

「──あー。やっぱ桜木変態じゃん」

「ばっ……何っ」

 佐紀は目ざとく、僕の邪な視線を見逃さない。

 ふざけんなっ。

「……そういうのダメだよ。桜木っ」

 そして便乗して谷口も加勢する。

 ──不可抗力だろ、マジで。


 そうしてみんな笑った。


 そんな夏だった。


 

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