二輪
私は洗いざらい話した。
哀まれたい訳でも、同情されたい訳でもなかった。
彼女は自身の穢れも淀みもない美しいその手の平を、罪で形成されたこの殺人鬼の手の上に被せ、重ねあわせた。それは憐れみでも同情でもなく、彼女の持つ儚い優しさであった。だが、冷めきり血の通ってるかどうかも危ぶまれる私の手は、とうとう彼女の温もりも感じられなくなっていた。
「ねぇ、紅音」
紅音は首を傾げた。
「よかったら、私の最後のお願い、聞いてはくれないかしら」
「最後なんて、そんなの聞けるわけないよ!」
紅音は初めて声を荒げた。だがそれは、多くの女性がそうであるように、ヒステリックにただ甲高く喚くわけじゃなく、彼女には声を荒げたその様にすらどこか凛とした気高さ、美しさがあった。
「たった一年付き合っただけなのに最後なんて、そんなの嫌だよ!私はもっと、美咲と一緒に居たいよ!」
彼女はこれまでほとんど発露させなかった感情を爆発させる。その叫びは鉛色の空の心を打ち、咽び泣かせた。あてられたように彼岸花も啜り泣き始めた。風にざわめいていた湖面は天の涙によって乱される。
「でも、それはたぶん、無理だと思う」
「何でよ、何でそんな事言うの?明日から普通に......」
そこで、彼女は自身の失言に気付き、先程吐いた言霊を押し戻すように口に手を当てる。
「私は、もう普通に生きる事すら出来ないの」
「......私が支える。美咲が私を救ってくれたように、次は私があなたを救う番なのよ!」
彼女は尖った目尻からぽろぽろと清い水滴を絶え間なく流しながらも叫んだ。
「......馬鹿ね」
そんな彼女を言葉の刃で一刀両断にする。
「私に殺されるかも知れないと言うのに」
私は声色をひくついたように震わせて、言う。彼女のため、私は最後の、真実の道化を吐いた。
さっき聞いたばかりの私の話のように、自分も美咲の姿をした化け物に弄ばれて殺される。その様子を脳内で垣間見たのだろう。彼女の表情は一瞬青ざめたが、すぐに決心したように悲壮に満ちたものとなる。
彼女が次に言う言葉はわかっていた。
「私は、美咲になら......」
「殺されてもいい、......訳なんてない」
私は紅音を強く抱き締めた。そして、濡れて冷めた彼女の頬を間近に感じながら、囁く。
「......紅音は、私を選んでくれないの?」
彼女は肩を震わせて鼓動を乱して何処までも悲痛に嗚咽した。私も、何処までも、何処までも寂しい暗黒と思われた腹の底から、何か熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「......私の最後のお願い、聞いてくれるよね」
喉の調子が悪いみたいだ。引っかかるみたいで、きちんと発声できなかった。
紅音は嗚咽を一層大きくしたが、それだけで、もう何も反論することはなかった。
触れ合う胸で二つの鼓動が溶け合う。
私は、引っ込もうとする言葉を強引に絞り出す。その際、眼球が熱くなり溶けるようだった。
「殺して......」
二つの重なり合った号哭が彼岸花の園で融け合う。だがそれも、彼岸花を打ち付ける風雨が掻き消していく。
私達は、気が済むまで、幼稚園児のように大声で泣いた。ただ、泣き叫んだ。
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