花が美しく咲いて散るように

 「どう?私の醜い体は?」

 いよいよ帳も落ちてきて、別れの時が近づく。私は、一糸纏わぬありのままを彼女にさらけ出した。

 紅音はあれだけ泣いたというのにまた嗚咽しながら、倒れこむようにして小柄な私を包み込んだ。彼女の陶器のように白く冷たい手のひらと指が、私の誰にも見せることのなかった醜い素肌に優しく触れた。

 「傷一つない、綺麗な身体だよ......」

 全てをさらけだした今でも、彼女は私に温もりをくれる。血の通っているのかも危ぶまれる肉体でも、今度はしっかりと温もりを感じ、伽藍の心にも何か温かいものが注がれていくようだった。ああ、空疎な心が死にゆく直前に満たされるとは何ともこれまでの人生への皮肉だ。

 

 美咲は岬の最先に立って、口を空ける奈落を見下ろす。

 

 「殺してとは言ったけど、私が自分で飛ぶから、紅音はただ、軽く背中を押してくれたらいい」

 涙を絶え間なく溢し続ける彼女を少しでも安心させようと投げかけた言葉。だが、そんな自分の声も格好悪く震えていた。

 「......今までありがとう、美咲。こんな状況だけど、やっと言えたよ......」

 紅音は、血を吐くように言った。

 「......馬鹿ね、お礼を言うのは私のほうよ。こちらこそありがとう、そして、私だけ先に死ぬことを許してほしい。こんなこと、厚かましいかもしれないけど」

 「ほんとだよ、馬鹿」

 そして、半年ぶりに笑い合った。あの日々のように、馬鹿みたいに腹を抱えてとはいかなかったけど、笑い声と泣き声が入り交じったおかしな声は、ある意味馬鹿みたいだった。

 「じゃあ、暗くなるし、雨も本降りだし、そろそろ私はあっちに行くよ」

「う......うん、......ぁぅぅぅ......ああぁ」

 「......ふふ。もう、何て言ってるのよ」

 最期にもう一度笑えた。紅音という大き過ぎる思い遺しはあるけれども、やり残したことはもう無くなった。

 「ほら、そんなに泣いてたらせっかくの綺麗な顔が台無しだよ」

 「......うん」

 「身体に気を付けて、自分を大事にしてね」

 「......うん」

 「私のことは気に病まないでね」

 「......うん」

 「後追いなんてしたら絶交よ?」

 「......うん」

 「......これまで、本当に楽しかったよ。今だから言うけど、紅音が私を人間にしてくれたのよ。救われたのは私。自分ばっかりに負い目を感じたらいけないからね」

 「......うん」

 「何処にいたって私達は友達だから」

 「うん」

 「紅音が私を忘れない限り、ずっと私はあなたの心を動かし続けるから。私が本当に死ぬことはないから。......それじゃあ、またね」

 彼女は溢れだそうとする嗚咽を噛み締め、私の背中に額を当て、そしてゆっくりと両の手に自身の口に出来なかった思いも共に送るように力を注いだ。いっせーのーでで、私は奈落に身を投げる。身体が空洞になって、

 風に吹かれたような脱力感に襲われて、世界が止まって見えた。すぐ意地悪になる重力が私を奈落に叩き落とす刹那、紅音のほうを振り向いてみる。紅音は涙でぐしゃぐしゃにしながらも、笑顔で私を見送っていてくれた。紅音に届いたかはわからないが、私も目一杯笑って見せた。嗚呼、意地悪。世界はもう早動き始めた。嗚呼、遠くなる彼女。この手を伸ばせど、もう誰も取ることはない。もう眼を瞑ってしまおう。私は命を差し出すから、どうかせめて一度くらいゆっくり眠らせて、意地悪な神様。

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赤い花 常雨 夢途 @tokosame_yumeto

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