開花

 どうやら頭が壊れてしまったようだ。いや、困ったな。

 猛烈な吐き気が何度も波のようにやって来ては遠退いていく。波と言っても私は海を実際に見たことはないのだけれど。

 洗面所に備えられた鏡にうつる自分は、いつかの犬のように、ひどくやつれて薄汚ない。それに、よく凝視していると、洗面所のライトに照らされた髪が、そのライトの光に所々溶け込むようになっていたり、刃の切っ先みたいに煌めいたりするようになっていた。外見まで、常識の枠をはみ出し始めたようだ。これまで、見た目にはそれなりに気を使って来たというのに、徒労じゃないか。少し悲しく思った。

 「......うぐっ」

 腹の底から何か熱をもったものが押し上げられてくる。腹の残留物はとうに吐き出してしまって、口からは透明な熱いものが勢いよく飛び出した。

 「はは......。紅音には、見せられないわ」

 鏡にうつる化け物が口を紡ぐ。何が可笑しいのか邪気な笑みを浮かべて。脳が捻れるようになって軋む。私の意志に関係なく、狂った諸行が逆流してくる。それに、私は今痛みに苦悶しているはずだ。それに対し、鏡にうつる自分は醜い笑みに歪んでいる。

 ああ、だめだ。

お次は私の意志を無視して、右手が勝手にナイフを取った。

 ――今日は誰を......。

 腹の内で化け物が奇妙に震える声色で呟いて、それは鐘のように腹の底の冷たい暗闇で鳴り響いて、私の意識を混濁とさせる。

 心は彼女の体温を欲していた。

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