第47話 潜在能力

 水魔法と火魔法、神聖魔法の三つのスキル。

 カルラ・クロスは本人さえ知らないこれらのスキルを未発現状態で所有している。


 図南が口にした言葉にフューラー神殿長が息を飲んだ。


「……待ってくれ」


 かろうじてそう口にすると震える手で机の上に置かれた書類を手に取り、自らを落ち着かせるようと書類にゆっくりと目を通す。


 そこに書かれていることが記憶違いでないことを目にした途端、図南が口にした言葉が幻聴のように彼の耳に蘇った。

 年甲斐もなく逸る気持ちを無理やり落ち着かせたフューラー神殿長が改めて聞く。


「カルラ・クロスは神聖魔法の他に、既に確認されている風魔法を含め、基本四属性のうち三属性の魔法スキルを有しているというのか……?」


 わずかな懐疑と大きな期待とが込められた複雑な眼差しを図南に向けた。

 神聖教会において神聖魔法が使える人材は貴重である。


 それは神聖魔法が使えるというだけで助祭になれることからも容易に想像できた。

 その貴重な人材を発掘できる逸材が眼の前にいる。


 これまでの常識を覆す能力。

 フューラー神殿長の鼓動が早鐘を打つように高鳴っていた。


 眼前の少年を真っすぐに見つめる彼に向けて図南が自信満々でうなずく。


「未発現のスキルを発現させる手立てを知らないので証明のしようがありませんが、間違いなく彼女は潜在的なスキルを持っています」


 この真摯な瞳の若者を信じたい。

 どうやって信じればいい……?


 葛藤するフューラー神殿長の傍らで紗良が口を開いた。


「信じるわ」


「ありがとう、紗良」


 互いに信じあう少年と少女を眼の前にしたフューラー神殿長はわずかに抱いた懐疑心などみじんも見せずに言う。


「ワシも信じよう」


「ありがとうございます」


「フューラーのおじいちゃん、ありがとうございます」


 安堵の笑顔を向ける二人に『ギールの説得は任せなさい』と告げるが、


「問題は副神殿長一派じゃな」


 と顔を曇らせた。


 図南の能力を明かすわけにはいかなかったし、たとえ明かしたとしても嘘や妄想と切って捨てられるのは目に見えている。

 図南と紗良にしてもそれは十分に承知していた。


「フューラーのおじいちゃん、副隊長のギールさんはどうやって説得するんですか?」


「なに、簡単じゃよ。『何も言わずに結果が出るまで待て』と言えばそれで済む」


「うわー」


「大した自信だな」


 驚きのあまり、図南の口調が素に戻った。


「気になるか?」


「詮索はやめておきます」


「そんなことよりも副神殿長一派に対してどうするか考えましょう」


「何か腹案はあるのか?」


「実績を示すしかないでしょうね」


「ほう」


 感嘆の声を上げるフューラー神殿長を見た図南が申し訳なさそうな顔をする。


「期待させたなら申し訳ありません。カルラ・クロスの未発現の能力を開発する目処が立ちません。なので、純粋に小隊として実績を示す、と言うことです」


「妥当なところじゃな」


「ご期待に沿えず申し訳ありません」


「数は少ないが、成人してからスキルが発現した例はある。ワシの方でその事例を少し調べてみよう」


「ありがとうございます」


 フューラー神殿長の言葉に図南の顔が明るくなり、紗良が飛びあがらんばかりに喜んだ。


「ありがとう、フューラーのおじいちゃん!」


「もう一つ頼みごとがあるんだけど、良いですか?」


 喜ぶ紗良の姿に相好を崩したフューラー神殿長に図南が聞いた。


「実績を示す、と言ったことかね?」


「ええ、そうです……」


 フューラー神殿長の察しの良さに舌を巻きながらも続ける。


「私の同郷の友人で拓光・不知火は憶えていますか?」


「もちろんじゃ」


「その拓光から訴えがありました――――」


 奴隷商人のロルカと教会の上層部が結託して陰で犯罪を行っている可能性があることを伝えた。


「――――俺にその調査をさせてください。邪魔されずに捜査を進められれば教会の上層部の誰がロルカと繋がっているのか調べてみせます」


「犯罪捜査をしてもらうのは本意だが……、もう少し経験を積んでからでは無理かね?」


「いまやらなければならないことです」


 フューラー神殿長にしても教会内部の腐敗や犯罪を見逃すつもりはなかった。明らかにできるのなら白日の下に晒して正当な裁きを与えたいと考えいる。

 不正に手を染めている者が対立する勢力であれば願ってもないことだ。


 だが、不安もある。


 下手に嗅ぎまわって相手に知られれば確たる証拠を掴む前に隠蔽される。

 犯罪調査を逆手に取られ、無実の罪を着せようとした、などと言い掛りを付けられる可能性もある。


 そうなれば自分の置かれた状況が悪化する。

 だが、最悪の想定は折角確保した優秀な手駒である図南を失うことだ。


「随分と自信がありげに見えるが、これまで捜査をしたことはあるのかね?」


「前にも話しましたが俺たちは学生でした。実際に犯罪の調査を行ったことはありません。ですが、真相を暴く自信はあります」


「根拠のない自信などない方がマシだな」


「根拠ならあります」


「聞かせてもらおうか」


「一つは俺の能力です。どんな窮地に陥っても生還してみせます。二つ目は拓光の能力です。秘密裏に情報を集めて逃げ切ることが出来ます。この点においては俺も紗良も拓光の足元にも及びません」


 基本的な能力値も異世界人に比べれば比較にならない程高い。何と言っても、拓光の変身魔法があれば潜入することも逃げることも容易い。


「具体的な能力は教えては貰えないと言うことか……」


 椅子の背もたれに体重をあずけると考えこむように双眸を閉じた。


「俺たちは学生でしたが、この国の大人たちが想像すらできないような犯罪の手口に関する知識があります」


「犯罪に対する知識……?」


 フューラー神殿長が図南の言葉に反応した。


「教鞭を取れるくらいの知識はあります」


「過去にこの国でどのような犯罪が行われたのか、一般的な犯罪の知識がどの程度のものなのかも分かっていないのではないかな?」


 フューラー神殿長が無表情で図南を見つめていた。

 図南はその表情と視線にすべてを見透かされているような居心地の悪さを覚える。


「……それは」


「己の知識に自信があるのは良いが、この国の人間を侮るのは感心せんな」


 孫氏の有名な言葉が図南の脳裏に浮かぶ。


「謝罪します。ですが、それでも俺たちを信用して欲しい。神殿長には絶対に迷惑をかけないと約束します」


「あたしからもお願いします」


「ありがとう、紗良」


 図南が紗良に笑顔を向けると紗良も満面の笑みを返す。


「あたしも手伝うね」


「ダメだ」


 図南が紗良の申し出を即座に断った。


「何で!」


 紗良の抗議の声を聞き流してフューラー神殿長が言う。


「良かろう、許可しよう。ただし、サラがこの件に関わらないという約束でだ」


「その条件でお願いします」


 図南が即答した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る