第19話 上級神官の服を着た見習い神官
神聖教会の馬車隊と一般の隊商との混成の馬車隊が、やはり神聖騎士団と冒険者との混成の護衛部隊に守られながら、カッセル市へと続く街道を進んでいる。
馬車隊の中央付近を二頭の騎馬が揃わぬ足並みで、抜きつ抜かれつしながら進んでいた。
その二頭は周囲と速度を合わせて進んでいたかと思うと、突然早足になったり、横道にそれたり、と傍から見ても乗り手が不慣れなことがすぐに分かる動きをしている。
周囲の人たちはその二人を避けるように距離を取るので、彼らの周囲は自然と大きな空間ができていた。
その不慣れな騎手は図南と紗良。
二人とも白を基調とした神官服に身を包んでいる。
「うう、お尻が痛い」
紗良は鞍からわずかに腰を浮かせると、左手を自身のお尻へと伸ばした。
その
(やばい、意識しだすと止まらない)
視線を紗良の顔へと逸らす。
だが今度は、騎馬の歩みに合わせて揺れる、
視線が紗良の腰と胸とを忙しく往復する。
「ねえ、図南は大丈夫?」
紗良が彼の方を振り向くのと図南が慌てて視線を逸らすのとが同時だった。
「お、おう。大丈夫だ。問題ない」
「やっぱり、男の子は頑丈に出来てるのかなー?」
普段ならどうと言うことのないセリフなのだが、紗良の仕種や肢体に女性を意識した図南には、その何気ないセリフすら艶めかしく感じてしまう。
そして、照れ隠しから要らぬセリフを吐く。
「か弱いのをアピールしても助ける余裕はないぞ」
「図南の意地悪ー」
そう言って頬を膨らませると、
「木から飛び降りたときにお尻を打ったから痛みが酷いのかしら?」
と首を傾げた。
「そういや、木の上から落ちたときに尻もちを突いたんだったな」
「落ちたんじゃなくて飛び降りたの。あれだって図南がちゃんと受け止めてくれなかったからお尻を打ったのよ」
紗良がわざとらしくツンと顔を背けた。
「俺のせいか?」
「そ、図南のせい。だからちゃんと責任取りなさいよね」
(尻もちを突かせた責任ってどんな責任だ?)
「はいはい、責任取りますよ」
「やったー」
紗良が上機嫌でほほ笑む。
そこへ拓光の苦笑混じりの声が聞こえた。
「相変わらずだな、二人とも」
図南と紗良同様、不慣れな様子で馬を操りながら背後から拓光が近付いてくる。いつもと変わりない様子の拓光に図南が申し訳なさそうに返事をした。
「何だか拓光のことをほっぽっちゃってすまなかったな」
「別に構わないさ。そっちも忙しかったんだろ? それに、俺は俺で上手いことやっているからさ」
「その服はどうしたんだ?」
こちらの世界の一般的な若者が着る服へと着替えていることに気付いた図南が聞いた。。
「馬車を修理してくれたお礼に、ってテレジアさんから貰った」
テレジアとニーナの母子の馬車は破損が酷く修理を諦めていたのだが、その破損の酷い馬車を拓光が錬金術で修理したのだ。
「服以外にも食事と寝るところも提供してもらってる。それと、この馬もテレジアさんが貸してくれたんだ」
「不知火さんって、実は世渡りが上手なんですね」
「意外そうな顔をありがとう」
「お前が上手くやっているようで安心したよ」
自分と紗良だけが神聖教会の世話になることに後ろめたさを感じていただけに、図南は心底安堵する。
図南が笑顔を向けると拓光が話題を変えた。
「図南。お前、あのヒキガエルに何かしたのか?」
「ロルカって、奴隷商人のことか?」
「それそれ。詳しいことは知らないけど、『東方大陸出身の小僧に思知らせてやる』って息巻いているらしいぞ。俺は身に覚えがないからお前だろ?」
「逆恨みだ」
嫌なことを思いだした、とげんなりする図南に拓光が聞く。
「何があったんだ?」
「詳しく説明するのも面倒なんだが――――」
捕らえた盗賊たちの護送を代わりにするという名目で格安で買い叩かれそうになったこと。
もう、承諾するしかない状況に追い込まれて言葉に詰まっているところに、神聖教会の馬車隊が来て商談そのものがなくなったことを告げた。
「ご愁傷さま」
苦笑する拓光とは反対の方向から紗良のが話しかけた。
「図南、先手を打ってルードヴィッヒのお爺ちゃんに相談する?」
「些末なことで爺さんを煩わせるのもなー」
しばし考えこむと、図南は拓光に向かって言う。
「こっちでも気を付けるけど、拓光の方でも何か掴んだら教えてくれ」
「自分で対処するのか?」
「俺とお前とで対処する」
「あたしもー」
紗良が間髪容れずに名乗り出た。
「よし! じゃあ、三人で対処しよう」
慣れない手綱さばきで紗良が図南の馬と自分の馬を並走させる様子を見ながら拓光が聞く。
「なあ、二人とも神官になるんだって?」
神聖教会の神官や騎士たちの間でささやかれてるだけでなく、隊商や冒険者たちの間でも噂になっているのだという。
(まあ、聖教教会の天幕で寝かせてもらった上、神官服まで貸してもらったんだもんな。そりゃ、噂にもなるか)
「取り敢えず、な」
「現時点では仮採用です。正式に神官になるかは、神殿で半年間の試用期間を過ごしてからの結論になります」
曖昧に答える図南ときっぱりと否定する紗良の言葉が同時に拓光の耳に届いた。
拓光はもう一つの噂についても聞くことにした。
「隊商の人たちの噂だと、高位の神官として採用された、ってことになってるぞ」
本当のところはどうなのだ、と視線で問う。
「高位? そんな話は聞いていないぞ」
「あたしも図南も見習い神官のはずです、けど……」
そう言って紗良が自身の神官服を見下ろし、次いで図南と視線を交わした。
その様子に何かあると感じた拓光が別の噂を口にする。
「隊商の人たちや冒険者さんたちの態度が違うんだけど。この世界の神官ってそんなに尊敬されているのか?」
拓光が図南や紗良のことを話題にすると、途端に隊商の人たちや冒険者たちが恐縮して口を閉ざしてしまうのだ、と伝えた。
「いや、この神官服が割と上の階級の神官服らしいんだ」
図南が答えた。
「服の問題なのか?」
「服の問題だ」
「あたしたちは何の階級もないんですよ。ただの見習い神官です」
神官には階級と役職がある。
図南と紗良が着ている神官服は上級神官の位にある者だけがまとうことを許されたものだった。
「そんな凄い神官服をよく貸してくれたな」
驚く拓光に紗良が軽く返す。
「これもルードヴィッヒおじいちゃんのお陰です」
「誰?」
「この馬車隊の責任者の大司教。カッセル市の神殿の神殿長に就任するんだと」
「偉いのか?」
「一級神官の大司教だ」
教えられたルードヴィッヒ・フューラー大司教の階級と役職を告げた。
「よく分からないけど、偉いんだと言うことは分かった。で、その偉い人がお前ら二人の力を見込んだ、ってことか」
図南自身、階級と役職を十分に理解していないため、フューラー大司教がどの程度地位にあるのか分かっていなかった。
当然、説明する方が理解していない階級と役職の重みなど伝わるはずもない。
「神聖魔法が使えたから、らしい」
フューラー大司教の思惑や図南自身が神聖騎士団に所属するかもしれない、と言うことはこの場では伏せることにした。
そして、詳しいことは今夜にでも三人で話し合おうと告げた。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
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