第20話 剣と短剣
夕食を終えた図南と紗良は拓光との情報交換のため、隊商と冒険者たちが野営をしているエリアへと向かって歩いていた。
腰の長剣を見下ろすと、歩くのに邪魔だと紗良が不満げにつぶやく。
「置いてくれば良かった」
「そう言うなよ。確かに邪魔かもしれないけど、爺さんの好意なんだし、ありがたく受け取っておこうぜ」
紗良とは違って図南の方は、洗練されたデザインの剣を帯剣できることが嬉しくて仕方がない、と言った様子である。
その姿にオークから奪った長剣を手にしたときの図南と拓光のはしゃぎ様が、紗良の脳裏に蘇った。
「図南ったら子どもみたい」
「ロマンだよ、男のロマンってやつだ」
男とは幾つになっても刀や剣に憧れるものなのだ、と図南が力説するが紗良の方は然程興味を示さずに歩き続けた。
――――夕食前にフューラー大司教に呼ばれた図南と紗良は、そこで神聖教会の意匠が彫られた二振りの長剣と二本の短剣を渡された。
「今後はこれを帯剣するようにしなさい」
図南に神聖教会の意匠が彫られた、一振りの長剣と一本の短剣を差し出した。どちらも決して華美なものではないが手の込んだ彫刻が施されている。
「剣ならあります」
図南が腰に差したオークから奪った長剣を示すと、フューラー大司教が静かに首を横に振った。
「この長剣と短剣は、どちらも君たちの身分を示すものとなる。武器としての実用性も十分以上で、強化と自己修復の魔法が付与された魔剣だ。肌身離さず持っていなさい」
「そういう事でしたら」
素直に長剣と短剣を受け取る図南の隣で紗良が聞く。
「どちらも身分を示すものでしたら、短剣だけではダメなのでしょうか? 私は長剣も短剣も手にしたことがありません。手にした刃物と言えば包丁くらいのものです」
不慣れなものを持つと自分だけでなく他者に怪我を負わせるかもしれない、と不安そうに付け加えた。
「君たちがどのようなところで暮らしてきたかは知らないが、この国では街の外を歩くときに護身用の武器を持つのは当たり前のことなのだよ」
そして、神聖教会の騎士や神官は誰もが短剣以外の武器も所持しているのが当たり前なのだ、と説明した。
「承知いたしました。長剣と短剣を改めて頂戴いたします」
紗良が長剣と短剣を受け取った。
神聖教会が野営しているエリアを抜ける手前で、図南と紗良の二人は周辺を巡回中の騎士と遭遇した。
騎士は立ち止まると、右手を左胸に当てて直立不動の姿勢となった騎士に向かって、図南と紗良は騎士に向かって軽く会釈する。
「お疲れ様です」
「巡回、お疲れ様です」
「ありがとうございます!」
騎士から返ってきたのは畏まった返事だけだった。
呼び止められ、何者なのか、何処へいくのかと、職務質問めいたことを聞かれると考えていた二人は、胸を撫でおろしながら巡回に戻った騎士を振り返った。
「随分すんなりと、通してくれたな」
「そうね。何だか、妙に畏まってなかった?」
「畏まっていたというか、緊張していた感じだな」
「この神官服のせいかしら?」
紗良が神官服の胸元を軽くつまんだ。見えるはずもないのだが、図南の視線がその胸元に向けれられる。
それに気付いた紗良が図南の顔を見上げた。
「ん?」
「え?」
慌てる図南にからかうような視線を向ける。
「あれー」
「な、何だよ」
「覗き込んだところで服の構造的に、見えないわよー」
「し、知ってるよ、それくらい。だいたい、覗き込んだんじゃなくって、神官服を見たんだ」
「ふーん。いいわ、許してあげる」
「許すって何だよ」
嬉しそうに腕にしがみ付く紗良。
図南はそんな紗良を引きずるようにして待ち合わせの場所へと足を速める。
程なく、待ち合わせの場所へ来ると、既に拓光が待っていた。
「待ちくたびれたぞ」
拓光が図南と紗良の気配に振り向くと、満足げに図南の腕にしがみ付く紗良と振りほどく振りをしつつも、まんざらでもない顔の図南とが映った。
「すまない、少し遅れたようだな」
「不知火さん、油断しているところに不意打ちの様に声を掛けるのは心臓に悪いのでやめるようにお願いします」
図南と紗良が対照的な反応を返した。
「別にいいんだけどな」
拓光は軽く流して、図南と紗良の腰に差した長剣に目を留めた。そして、自分も隊商の代表であるケストナーから貰ったのだ、と腰に差した長剣を見せた。
「この世界では武器を持っているのが当たり前なのですね」
寂しそうな表情を浮かべた紗良が自分の腰の長剣にそっと触れた。その様子を見ていた図南が言う。
「紗良は戦わなくてもいいよ」
「そういう訳にはいかないでしょ」
「紗良のことは俺が守る。戦う必要があるなら俺が紗良の代わりに戦う」
頬を染めた紗良が図南を真っすぐに見た。
何も言えずにいる紗良に図南が紗良に言う。
「勘違いするなよ。戦うのは男の役目だからだ! この世界がどうとかは関係ない。俺の中の価値観の問題だ」
「図南ったらー」
紗良が嬉しそうに寄り添うと、今度は図南が頬を染めて明後日の方向に視線をさまよわせた。
そんな図南に紗良が嬉しそうにまとわりつく。
「うふふふふ。となーん」
「だから、やめろって!」
「なあ、そろそろ俺の存在を思いだしてくれてもいいかな?」
いつものように拓光が話しかけた。
「そうだよな、情報交換だった」
「不知火さんは、もう少し空気を読むことを覚えた方がいいと思うんです」
二人がそう口にした瞬間、拓光の表情が険しくなる。
「静かに! 何かが索敵に引っ掛かった」
「森か」
図南と紗良が拓光の視線の先を見る。
「あたしの千里眼では暗くて分かりません」
暗視が出来るわけではないので、彼女に夜の森の様子を視認することは難しかった。
「いるな。これって、人間みたいだ。百人以上いるぞ!」
身体強化と感覚強化を使った図南が森の中で動く何者かを知覚した。そして、図南は無意識に長剣を抜き放っていた。
同じように抜剣した拓光が、真っすぐに森の方へ視線を向けたまま二人に聞く。
「どうする? 騎士団と護衛に知らせるか? それとも――」
「それとも、はなしだ。騎士団と護衛に知らせよう。まだ敵と決まったわけじゃない。仮に敵だったとして、戦いに不慣れな俺たちが勝手に戦闘を始めたら、周囲にどんな被害が出るか分からない」
「OK、俺たちは降りかかる火の粉を払うことに専念しよう」
図南と拓光が互いにうなずく。
それを合図にしたように、踵を返すと互いに元来た道を走りだした。
図南と紗良が身体強化された運動能力を駆使して、夜の闇を疾走する。
「いた!」
図南の隣を走っていた紗良が天幕に戻ろうとしていた騎士を見つけた。
ミュラー隊長だ。
「ミュラー隊長!」
図南が呼び止めると、足を止めて二人を迎える。
「どうしたのですか、お二人とも」
「森の中に誰かいます。正確な人数は分かりませんが、五十人以上です」
四十人の盗賊の襲撃から二日と経たずに、今度は百人以上の盗賊の出現である。盗賊にも縄張りがあるだろうから、まともに取り合ってもらえないかもしれない、と図南は考えていた。
だが、現実は違った。
「森の中ですね。どの辺りですか?」
「左側はあの大木の辺りから、右側はあの大岩の辺りまでです。四つのグループに分かれて十人程度ずつで固まっています」
図南が指さす。
「ありがとうございます。お二人はこのことを大司教に知らせてください。我々は襲撃に備えます」
ミュラー隊長の言葉に従って図南と紗良は再び走りだした。
「紗良、爺さんが天幕にいるか確認してくれ!」
紗良は即座に千里眼を発動させる。
「灯りが点いてる。ルードヴィッヒのお爺ちゃん、天幕にいた!」
千里眼でフューラー大司教の天幕を視界に捉えた紗良が声を上げ、図南の強化された知覚が連射される
次の瞬間、幾つもの火矢が夜空を赤く染めた。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
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