第22話 襲撃(2)
身体強化された圧倒的な運動能力に任せた高速の斬撃は、図南の手に肉を斬る感触と骨を断つ感触を伝える。
血の臭いが鼻孔を刺激する。
地面に転がる男の苦痛の声が喧騒の中にあって鮮明に聞こえる。
図南の背中を何かが駆けあがるような不快感が襲った。
それは、オークとの戦闘では感じることのなかった感覚。突然襲ってきた得体の知れない感覚に恐怖する。
一瞬、図南の動きが止まった。
それを見逃さなかった襲撃者が図南に切り掛かる。
「恨むなら戦場で動きを止めた己の未熟さを恨めよ!」
図南よりも二十センチメートルは背の高い大男が巨大な戦斧を振り下ろした。その巨大な戦斧に中段に構えていた長剣を切り上げるようにして合わせる。
甲高い金属音が響き、手には重い衝撃が伝った。
(何だよ、これ!)
あまりの衝撃に図南が顔を歪める。
同時に大男も顔を歪めていた。
隙を突いた振り下ろしの一撃だった。
体格差を活かした、重い戦斧に体重を乗せての振り下ろし。
切り上げた長剣を勢いに任せて押し切って致命傷を与えられるはずだった。或いは、長剣が戦斧の勢いに耐え切れずに折れる可能すらあった。
「バカな!」
勝利を疑わなかった男の戦斧を図南の長剣が大きく弾き飛ばした。
戦斧が勢いよく夜空に舞う。
予想しなかった結果に、大男が慌てて距離を取る。
「遅い!」
図南が叫んだ。
(加速!)
大男の目には図南の姿が消えたように見えたかもしれない。飛び
「グアッ!」
長剣を水平に薙いだ図南の一撃が、大男の両脚を太もものあたりから斬り飛ばした。
叫びながら地面に転がった男を捨て置き、次のターゲットへ向けて駆ける。
「グハッ!」
「退くな! 持ち堪える――、ガハッ!」
「敵が手強すぎます!」
「手数が足りない! 増援を頼む!」
神官たちの切羽詰まった叫びが図南の耳に届く。
視線を向けると、見覚えのある騎士と三人の神官が倍以上の襲撃者と対峙していた。彼らの足元には数人の騎士と神官が横たわっている。
甲高いい金属音と悲鳴が響くなか、図南が叫んだ。
「ラルスさん! 加勢します!」
(加速! 集中!)
図南の声を聞いたラルスが咄嗟に振り向く。
だが、そこには誰もいなかった。
「ゴフッ!」
「グゥッ!」
「な、何が……」
「き、気を付け――ガッ!」
襲撃者たちが悲鳴を上げて次々と倒れていく。
闇に紛れた図南の動きに対応できる者は一人もいない。
身体強化と感覚強化、さらに加速と集中を重ね掛けしたその速度は、襲撃者に何が起きているのか理解する時間を与えなかった。
襲撃者だけではなかった。神官たちも何が起きているの理解できなかった。
時間にして数秒。
八人の襲撃者が戦闘力を奪われた状態で次々と地面にくずおれる。
「倒れている人たちで瀕死の方はいますか?」
「あ……、ああ、こ、この二人が危険な状態です」
その問いにラルスがかろうじて答える。
図南が瀕死の二人を治療する様子と、周囲で苦痛の声を上げる襲撃者たちを、ただ茫然と眺めていた。
いま、何が起きたんだ?
これを眼の前の少年がやったのか?
いまも瀕死の者が瞬く間に回復してく……。
ラルスは自分の目に映るものが信じられなかった。
図南は二人の治療をしながら周囲の様子をうかがう。
幾つもの天幕が炎を上げて燃え上がり、戦闘の様子を照らしだしていた。
黒ずくめの襲撃者と白を基調とした神官服に身を包んだ騎士や神官たちが斬撃を交わしている。
一見、手当たり次第の襲撃に見えるが、襲撃者側は騎士団並みに統率が取れていた。
火矢の一斉射撃。
続く火矢の第二射とそれに紛れるように放たれた黒く染められた矢。斬り込んできた襲撃者たちの統制の取れた動き。
夜襲を仕掛けてきた者たちがただの盗賊でないことは明らかだった。
二人の治療を終えた図南がラルスに言う。
「ここは任せて大丈夫ですか?」
「お任せください」
その一言にうなずいた図南が、野営エリアの奥深くを目指そうとしている集団に目を留めた
「あの爺さんのところには紗良がいるんだ! 行かせるかよ!」
襲撃者たちの動きが、フューラー大司教の天幕を目指していると見て取った図南が気を吐く。
駆けだそうとした図南の眼前に新たな襲撃者が飛びだした。
図南に向けて剣が真っすぐに突き出される。
その突きを、わずかに身体をずらしてかわし、すれ違いざまに肺を通過する軌道で剣を横なぎに一閃させた。
図南の剣が襲撃者の肺を両断し、背骨を断つ。
剣術の覚えなどない図南である。
身体強化された運動能力と感覚強化により研ぎ澄まされた五感に頼った接近戦は効率が悪いと判断し、己の最も頼りとする魔術を発動させる。
「魔刃!」
力強い言葉と共に彼が手にした長剣に魔力が絡みつく。オークを大木ごと容易く両断したときの魔力の刃が長剣を包み込んだ。
次の標的を定めた図南が、魔力の刃をまとった剣を襲撃者めがけて振り下ろす。
その一撃を剣で受けようと襲撃者は自分の大剣を振り下ろされる図南の剣に合わせた。
だが、図南の長剣は大剣ごと男の右腕を斬り飛ばす。
「グゥ!」
男が地面に転がった。
一連の戦闘を見ていた襲撃者の一人が戦闘を忘れて驚きの声を上げる。
「剣を斬っただと!」
図南の眼光がその男を射抜く。
「ヒッ!」
「戦闘力を奪わせてもらう」
男が恐怖に顔を引きつらせた瞬間、図南が男の傍らを通過していた。振り抜かれた図南の長剣が男を腰から両断する。
「グワーッ!」
叫び声を上げて上半身だけの男が地面をのたうち回った。
手当たり次第に襲撃者たちの脚を斬り飛ばしながらも、森の様子に意識を集中する。図南の研ぎ澄まされた感覚が幾人もの人間を知覚した。
「まだ森の中に潜んでいるのは予備戦力か!」
こちらの手薄な箇所に戦力を投入し、突破を図るつもりだと判断した図南が矛先を変えた。
「魔弾!」
右手を突きだすと、魔力の弾丸が撃ち出される。
魔弾は森の闇へと吸い込まれるように消えると大木に当たって重低音を轟かせた。
(やはり狙ったところには飛んでいかないか)
図南は開き直ると、狙いを付けずに数十発の魔弾を森の中に向けて水平に連射する。
森の中から幾つもの重低音が轟き、襲撃者たちの悲鳴が上がった。
次いで、斬り込んできた者たちが叫ぶ。
「強力な魔術師がいるぞ!」
「攻撃魔術だ!」
「魔術師を先に黙らせろ!」
図南の放った攻撃魔術の威力に襲撃者たちが浮足立つ。
「動揺を誘う役くらいにはなったようだな」
己が放った魔弾の思わぬ効果に思わずそうつぶやくと、続いて、自分が魔術師であることを知らしめた。
「魔術師はここだ! 背中を見せれば遠慮なく狙い撃つ!」
再び森の中へと魔弾を連射する。
森の中に潜んでいた後詰の部隊の叫び声が夜の森に木霊した。
「気を付けろ! 桁外れの攻撃力だ!」
「まだ子どもだが、相手は魔術師だ。侮るなよ!」
襲撃者たちの標的が変わった。
フューラー大司教の天幕へ向かおうとした者たちまでが図南を標的と定める。襲撃者たちは図南を包囲するように一斉に動きだした。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
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