第13話 新たな出会い

 図南と紗良の神聖魔法のお陰で隊商側の人たちと盗賊たち、双方ともに死者は一人もでずにすんだ。

 だが、捕らえた盗賊たちをどうするか、という問題が持ち上がる。


 捕らえた盗賊たちの処遇について相談したいと、


「捕らえた盗賊の処遇について相談させて欲しいのだが、いいかな?」


 護衛のリーダーである、マイヤーが図南に声を掛けた。


 図南は何故自分に聞くのか意味が分からずに内心で首を傾げる。


「処遇ですか? どういうことでしょうか?」


 駅馬車や隊商が盗賊に襲われた場合、普通なら盗賊を捕らえるような余裕がないので、応戦時に殺してしまうことがほとんどであった。


 とはいえ、撃退時に盗賊を捕らえることもある。

 その場合は神聖騎士団や領主の抱える騎士団、都市や町を守備する衛兵に引き渡すのが普通なのだという。


「生死にかかわらず、盗賊を引き渡せば報奨金が貰える」


 生きたまま引き渡せば、盗賊を犯罪奴隷として売却した金額の何割かが、通常の報奨金に上乗せされる。


 今回捕らえた盗賊たちの所有権は図南たちにあるので、当然、報奨金も図南たちのものだとマイヤーが説明した。


「皆さんも戦われたのですから、報奨金は全員で等分でしょう?」


 図南が紗良と拓光に視線で同意を求めた。

 拓光の方は『俺は関係ない』、と身振りでしめし、


「あたしはよく分からないから図南に任せる」


 と紗良は丸投げした。


「報奨金については当然の権利だし、我々としても全員がこの決定に納得している」


「分かりました。それで、相談と言うのは?」


「生きた状態での引き渡しを諦めて、ここで皆殺しにして欲しいんだ」


 マイヤーが、さらりと酷な提案を口にした。

 驚いたのは図南たち三人。


 予想もしなかった話の展開に図南は紗良と拓光に視線で助けを求めるが、二人ともあまりの驚きに無表情で図南を見返すだけだった。

 図南は腹を決めて問い返す。


「引き渡しができる都市が遠いんですか?」


「いや、ここから三日というところだ」


 口振りから彼らの感覚でも、然程遠くないことが分かる。

 ここから最も近い都市であるカッセル。隊商の目的地でもあるのだが、そこには騎士団と衛兵だけでなく、神聖騎士団も常駐していた。


「では、何が問題なんですか?」


「盗賊の人数だ。我々の人数であの数の盗賊を護送するのは危険すぎる」


「拘束してあってもですか?」


「何があるか分からないんだ、とてもじゃないが安心はできない」


 隙を見て拘束を抜けだす者が出るかもしれない。盗賊団の仲間たちが救出に来るかもしれない。別の盗賊団が襲ってきたときに潜在的な敵の戦力となり得る。

 マイヤーが言い難そうに幾つもの危惧を口にした。


 図南も彼の言いたことは理解できた。

 だが、己の一言で四十人もの命を左右することに恐れと戸惑いが湧き上がる。


「すみませんが、少しの間、三人で相談させてもらえませんか?」


「勿論だ。今夜はここで野営をするから夜までに結論を出してくれればいい」


 彼らは馬車の修理のためにここで野営をする決断をしていた。


 既に修理を始めている者たちや、修理に必要な木材を切り出しに森の浅いところに分け入る者たちの姿が見える。

 マイヤーが十分に離れたところで拓光が紗良と拓光に聞いた。


「二人の意見を聞かせてくれ」


「予想はしていたけど、異世界って命が軽いのな」


「盗賊とは言ってもちょっと可哀そうな気がします」


「それは意見じゃなくて感想な。と言うことで、もう一度だ」


「お前はどうなんだよ?」


 拓光が聞き返した。


「俺か? そうだな……、こくかもしれないが悪人の命を尊重して、一般の人が危険にさらされるのは違うと思う」


 一拍おいて言い切る。


「皆殺しにすべきだろう」


「お前ならそう言う気がしてた」


「で、拓光、お前はどうなんだ?」


「皆殺しに一票だ」


 拓光がさらりと言った。

 そして、ここまで黙っていた紗良に二人の視線が注がれる。


「綺麗ごとを並べ立てるつもりもありませんし、郷に入っては郷に従え、と言います。あたしも二人の意見を指示します」


「決まりだな」


 図南に拓光が聞く。


「すぐに言いに行くのか?」


「そうだな……。いや、少し、落ち着いたらにしよう」


「それは周りが落ち着いたらか? それとも、お前が落ち着いたらか?」


 馬車の修理と野営の準備に忙しそうに走り回る人たちを見回す拓光に図南が返す。


「どっちもだよ」


 暗い表情をした図南に拓光が言う。


「なんなら、バインバインの美女に変身しようか? 落ち着くまでFカップの胸に顔をうずめるか?」


「やめてくれ!」


「不知火さん! 冗談でもそういうことは言わないでください!」


 図南と紗良、二人の抗議の声が重なった。


 ◇


 隊商の人たちや冒険者たちが忙しく動き回っている中、馬車の前で茫然とした顔でしゃがみ込んでいる母子が図南の目に止まった。

 テレジアとニーナの母娘だ。


 紗良もすぐに図南の視線の先に気付く。


「あの女の子、治療を手伝ってくれた娘だ」


「もしかして、女手だけで馬車の修理が出来ないでいるんじゃないのか?」


「不知火さんにしては鋭いですね」


「いや、ちょっと違うかもしれない。他の馬車に比べて破損が酷いように見える。もしかしたら、修理不能と判断してここに置いて行くとこになったんじゃ……」


 図南の見立て通り、テレジアの馬車はバリケードの前面に位置したこともあり、他の馬車よりも破損が酷かった。


「ニーナちゃんには治療を手伝ってもらいましたし、出来れば力になりたいですね」


 紗良が拓光を見た。


「え? 俺? ちょっと待って。俺は馬車の修理なんて出来ないぞ」


「拓光、錬金術で馬車を修理できないか?」


「あー、なるほど。錬金術か」


「出来そうか?」


 期待を込めた目で見る図南に拓光が返す。


「刃こぼれした剣を修理するくらいしかやってないんだぜ、出来るかどうかなんて分かる訳ないだろ」


「もっともだ」


 魔法やスキルの検証実験の一環で、拓光の錬金術を使って、倒したオークから回収した剣や防具の修理を試みていた。


 図南や紗良の無属性魔法同様、最大値まで引き上げられた拓光の錬金術は想像以上の成果をもたらす。

 剣の刃こぼれは瞬く間に消え、柄や装飾まで含め、まるで新品同様であった。


「やれるだけのことはやってみるよ。ただし、加減はできないぞ」


「加減の方は、もう今更だろ」


「そうねー、今更だよね」


「OK。それじゃ、ちょっくら人助けをしてくるよ」


 拓光はすぐに馬車の方へと駆けだした。

 その姿を目で追っていると、紗良が図南の背を突く。


「図南、何かあったみたいよ」


 紗良の示す方向へ目を向けると、偵察に出ていた若い冒険者が騎馬に乗って駆け戻ってくるところだった。

 若い冒険者が騎乗したまま報告する。


「隊商がこちらに向かってきます!」


「どれくらいの規模だ?」


 護衛のリーダーであるマイヤーが聞いた。


「箱馬車三台と檻馬車二台です」


 その報告に隊商のリーダーであるケストナーが顔をしかめた。その様子を不思議に思った図南が理由を訊ねようとする矢先、ケストナーが口を開いた。


「奴隷商人か……」


「後々面倒でしょうけど、この際ですから協力をお願いしましょう」


 とマイヤー。

 渋るケストナーマイヤーが説得する形となった。


「奴隷商ギルドに借りを作るのはなー」


 決して仲が良いとは言えない商業ギルドと奴隷商ギルド。

 どちらかと言えば、商業ギルド側が奴隷商ギルドを一方的に嫌っている。理由は一般の商店の側に奴隷商館が立つことを大半の商人が嫌うのである。


 カッセル市の商業ギルドの役員を兼ねているケストナーは、幾度となく奴隷商館の建設を反対したことがある。

 ここで借りを作ることがギルドとしても、個人としても得策でないことは十分に分かっていた。


 修理の材料や機材が不足して困っている隊商の人たちを、マイヤーが視線で示す。


「この状況です」


「やむを得んな。俺が頭を下げよう」


 ケストナーはそう言うと、何人かの人たちに声を掛けて奴隷商人を出迎える準備を急がせた。


 ◇


 青空にケストナーの怒鳴り声が木霊する。


「困っている者を助けようという気はないのか!」


「何を言っているのか分からんな。こちらは修理に必要な資材も譲るし、機材も貸し出そうと言ってるじゃないか」


 大柄で恰幅かっぷくのよいロルカを小柄で線の細いケストナーが顔を真っ赤にして睨み付けた。二人のその姿は図南に、ヒキガエルとアキアカネを連想させる。


「相場の十倍以上じゃないか!」


「価格と言うのは必要とされれば上がり、不要と思われれば下がるものだろ?」


 完全に自分の立場が上だと理解した奴隷商人――、エルナン・ロルカが底意地の悪そうな笑みでケストナーを見た。

 ロルカが合図を送ると、配下の使用人たちが修理に必要な資材や機材をこれ見よがしに地面に並べ出す。


 その様子を見てケストナーが益々熱くなった。


「このことは後でギルドを通して文句を言わせてもらうからな!」


「ほう。どんな言い掛りを付けるのか楽しみだな」


 そう言うと、遠巻きにしている他の隊商の人々に向けて言う。


「価格はいま、話した通りだ。必要なものは揃っているが数に限りがある。支払う用意ができた者から私のところへきなさい」


 その様子を見ていた図南が眉をひそめる。


「本当に酷いもんだな」


 こちらに向かっている奴隷商人の馬車隊が、エルナン・ロルカのものだと知った隊商の一人が、『寄りによって何でロルカなんだ!』と天を仰いだ姿を思いだしていた。

 聞けば、ロルカはカッセル市でも有名な悪徳奴隷商人だと言う。


「ねえ、図南。不知火さんにお願いして、他の馬車も錬金術で修理してもいましょうよ」


「いよいよとなったらな」


 隊商の人たちと冒険者の何人かが、修理のための資材を調達しに森の中へ入っていた。上手く行けば資材の大半が揃はずである。


 どうやっても揃わないのは破損した金具やクギの類だと聞いていた。

 それらの金具やクギ類も拓光の錬金術であれば容易に揃うことは想像に難くない。


「図南、何だか意地悪そうな顔になってわよ」


「あのロルカって奴隷商人をどうやってギャフンと言わせてやろうか、と考えていたんだ」


「あきれた」


 紗良がわざとらしく頭を横に振った。


「ああいうヤツって許せないだろ」


「意地悪だとは思うけど、商人としてはあながち間違っていなようにおもうの」


 紗良の言うことも一理ある、と図南が言葉に詰まったそのとき、ロルカが突然話を変えた。


「先ほど言っていた、捕らえた盗賊たちについても話をさせてもらいたいんがな」


「盗賊の話なら、あの少年と少女と話してくれ」


 ケストナーさんが図南と紗良を見ると、ロルカもその視線を追って二人を見た。図南と紗良の二人が十五、六歳と見て取ると、小ばかにしたように鼻で笑う。


「子どもじゃないか」


「子どもかもしれないが、あの盗賊たちの所有権は彼らにある」


「ほう」


 ロルカの口元が綻んだ。


「どうするの?」


「無視するわけにもいかないだろ」


 図南は紗良にここで待っているように言うと、真っすぐにケストナーとロルカが着いたテーブルへと向う。

 ケストナーの隣に座った図南がロルカに聞く。


「あの盗賊たちがどうかしましたか?」


「あの人数だ。護送は無理だろ」


 驚く図南にケストナーが種を明かす。


「護衛の人数を割り出したのだよ」


 隊商の規模や取り扱う商品の種類と量とで、護衛の規模を割り出すのは用意なのだと説明した。

 その説明に眼の前にいる不摂生の塊のような男が、決して侮っていい相手でないのだと知る。


「護送が無理かはもう一度――」


「盗賊はうちの護衛がカッセル市まで護送する。お前の取り分は討伐証明で手に出来る金額だ。損はないだろ」


 図南の言葉を遮ってロルカが言った。

 奴隷をここで殺しても、首を持ち帰るなどして討伐したことを証明する必要がある。討伐を証明して初めて奴隷討伐の報奨金を得られる。


 ロルカはその手間を掛けることなく報奨金と同額を図南に支払うと言う。

 だが、生きたまま衛兵に突き出せば、盗賊を犯罪奴隷として売り払うことが出来る。そして、売り払った金額の一部は討伐した者に渡る。


「生きたまま護送すれば、盗賊を犯罪奴隷として売り払えますよね?」


 図南がそのことを示唆する。


「どうやって護送するつもりだ?」


「あの人数の盗賊を捕らえたのは俺たちです。いざとなれば自分たちだけでも護送できます」


「ケストナーの顔を見てみろ」


 ロルカが呆れた口調で言った。


 ケストナーは『バカなことはやめてくれ』、と言わんばかりの顔で図南を見ている。図南はそこで初めて自分の切ったカードが悪手であることを知った。


(大人相手に交渉ってのは、やっぱり無理があるよなー)


「舐めた罰だ、討伐報奨金の四分の三がお前の取り分だ」


「ちょっと待ってくれ、幾ら何でも横暴だろ」


「二分の一がお前の取り分だ」


「な!」


 ロルカが右手を突き出して図南の言葉を制した。


「これ以上一言でも発してみろ、お前の取り分はどんんどん下がるからな。お前に出来ることは首を縦に振る事だけだ」


 ロルカが図南を睨み付けたそのとき、街道の偵察にでていた冒険者が大声を上げながら駆け込んできた。


「馬車隊が来ます! 神聖教会の馬車隊です! 神聖騎士団も同行しています!」


「神聖教会だって!」


「作業は中断だ!」


「おい! 街道を開けろ! 教会の馬車隊が通れるだけの道幅を確保しろ!」


 蜂の巣を突いたように慌ただしく動き出す人たち見ながら、紗良は神聖魔法を使って隊商の人たちや冒険者たちを治療していたときのことを思いだす。


 誰もが驚きの表情を浮かべていた。

 畏敬と言ってもいい。言葉すら発せずにひれ伏す者すらいた。


「神聖教会って、あたしたちが使った神聖魔法と何か関係があるのかな?」


「あるんじゃないのか?」


 図南の神聖魔法を見た冒険者が『神聖教会の助祭様でしょうか?』、と緊張した様子で聞いてきたのを思いだす。

 神聖教会が畏怖の対象なのか、畏敬の対象なのか、図南は彼らの様子からは判断しかねていた。


「さて、厄介なことにならないことを願おうか」


「穏便にことが運びますように」


 誰にともなく、胸元で両手を組んでお祈りをする紗良が、ハタっと気付いたように付け加える。


「不知火さんを巻き込まないよう、他人の振りをしましょう」


「賛成だ」


 何れにしても自分と紗良が神聖魔法を使えることは既に皆に知られている。いまさら隠すのは無理だと腹を括るのだった。





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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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『【改訂版】国境線の魔術師 休暇願を出したら、激務の職場へ飛ばされた』

を一部改訂して投稿しております。

こちらもお読み頂けますと幸いです。


【改訂版】国境線の魔術師 休暇願を出したら、激務の職場へ飛ばされた

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894983245

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