第46話 フューラー神殿長への報告
「そうだね、可愛らしいとは思うよ」
ギールの『隊長の目から見てもカルラ・クロスは可愛いと思いますか?』、の質問に対する答えがそれだった。
事実、カルラの容貌も肢体も図南の好みであることに間違はない。
「愛人候補ですか……。見習い神官ならともかく、騎士はいけませんや。任務が任務ですから命を落としかねません。考え直してください」
ギールが真剣な顔で詰め寄る。
(ここでもかよ……。どうも異世界の教会ってのは、俺が考えている以上に乱れているみたいだな)
「誤解しないでくれ。俺は彼女たちを純粋に戦力として見ている」
「周りはそうは見ません」
そう口にする彼も同様だった。
その反応に辟易となった図南がこの話題を切り上げようとする。
「これ以上問答しても埒が明かないんじゃないのか?」
「分かりました。一ヶ月様子を見させて頂きます。それで、小隊長があの小娘に手を出すようなら俺は副隊長を降りさせてもらいますからね」
副神殿長の差し金で副隊長になったのにいいのか? と内心で思いながら言う。
「分かったよ。それでいい。じっくりと見ていてくれ」
その後、三人の面接を経て、正式に図南が小隊長を務める第一特別小隊が設立された。
◇
「噂になっとるぞ」
神殿長室に図南が足を踏み入れた途端、フューラー神殿長が呆れたように言った。
そこに紗良が続く。
「最っ低ね!」
聞いてはいけないことだと思ったのか、案内をした見習い神官が慌てて扉を閉めた。
続いて遠ざかっていく足音が響く。
「誤解です。それも悪意のある誤解です」
「まだ何のことか言ってないわよ」
神殿長よりも先に紗良がピシャリと返す。
不機嫌さを顕わにしている紗良に『言いたいことがあれば幾らでも言う機会を用意するから、いまは少し黙っていてくれんか』、と制して神殿長が図南に言う。
「愛人にする目的で見習い騎士を神聖騎士に取り立てた、と噂になっておるぞ」
騎士団長よりも階級が上の神官——、それも新たに赴任してきた神殿長の縁戚である若造が小隊長として神聖騎士団に入るというだけでも騎士たちから反感を買うには十分だった。
そこへもってきて、採用した小隊メンバーの三人が三人とも見習い騎士だということで、騎士たちから更なる反感を買っているのも知っていたし予想もしていた。
ある意味、図南としてはこの状況は想定内と言える。
「カルラ・クロスのことですね。下衆な噂が流れていることは知っています」
彼女の美しい容姿と華奢に肢体が図南の脳裏をよぎる。
(確かに美少女だ。紗良が一緒でなければ口説きたくなるような女の子なのは認めるよ)
「彼女の噂が最たるものだが、小隊メンバーの人選そのものに疑問があるとの報告も上がっている」
「報告、ですか。ギールの言うことを真に受けないでください」
「そういう訳にはいかんよ」
「ギールは副神殿長の差し金で俺の副官になったヤツでしょ?」
「呆れたものじゃな」
「呆れたわね」
フューラー神殿長と紗良の声が重なった。
こめかみの辺りを押さえてヤレヤレと言った様子で首を振る神殿長。その傍らに立っていた紗良が大きなため息を吐いてうな垂れる。
「え? 違う……?」
「ギールはワシの信頼するベテラン騎士じゃ」
「あれ? 副神殿長の息のかかった騎士が潜り込んでいる、とか言っていませんでしたっけ?」
「言ったかもしれんが、それをそのまま放置しておくほどワシは無能ではないよ」
百戦錬磨の
「それにしても教えてもらえないと分かりません」
「今夜、この部屋で改めて知らせるつもりだったのだが、ね」
フューラー神殿長は『まあいい』、と言うと、
「それで、愛人候補を含めた選出した小隊メンバーについて理由を聞かせてもらおうか」
と続けた。
「純粋に戦力になると思ったから採用しただけです」
「確かに君は――」
そこでチラリと紗良を見て言い直す。
「君たち二人は並外れた能力を持っているのは認めよう。それは神聖魔法をはじめとした魔法だけでなく、教育や教養もそうだ。だが、騎士を見る目はギールの方が間違いなく上だとワシは思っておる」
その信頼するギールが『問題あり』、と報告してきたのだから図南のいまの言葉だけで納得は出来なかった。
図南が難しそうな顔をしているフューラー神殿長から隣に立っている紗良に視線を向ける。
紗良と目が合った。
部屋に入ったときから紗良が怒っているのは図南も感じていたが、彼女の目と表情からは、怒りだけでなく不安や悲しみもうかがえる。
(噂やじいさんの誤解はともかく、紗良を悲しませる訳にはいかないよな)
意を決した図南が声をひそめる。
「まだ話してませんでしたが、俺は他人の能力やスキルを見ることが出来るんですよ。それも未発現の能力――、つまり、本人すら気付いていない能力を見ることが出来るんです」
「どういう……」
フューラー神殿長が言葉を詰まらせた。
図南の言葉の意味を頭では理解出来ていたが、彼のなかにあった常識や理性が受け入れられずにいた。
「俺には『解析』というスキルがあります。この『解析』は他人のHPやMP、所有しているスキルが分かるだけでなく、所有スキルの熟練度まで分かるんです。スキルには熟練度があります。もちろん上限値もあります」
図南はスキルの熟練度を数字で知覚できること、上限値が10で下限値が0であることを説明した。
「熟練度……?」
この世界では明確な数字としての熟練度と言う概念はなかった。感覚として研鑽を重ねることでスキルの効果が上がる、というものだった。
そして、図南が最も衝撃的なことを口にする。
「この熟練度が0のスキルを本人は認知していません。誰にも知られていない潜在的なスキルと言うことです」
「にわかには信じられんが……、信じられんが、信じるしかないのだろうな」
「つまり、図南はその解析スキルで本人さえ知らない能力を基準にして小隊メンバーを選んだってこと?」
「解析スキルで確認した能力を基準にして選んだのは確かだ。ただ、未発現の能力があったのはカルラ・クロスだけだった」
「未発現の能力か……。確かにそんなものを基準に選んだのでは周囲は不思議に思うだろうな。いや、本人も不思議に思うはずじゃ」
「そのカルラちゃん? 可哀想……。きっと、いま頃はあらぬ噂を信じて悩んでいるでしょうね」
誤解を解け、と紗良が目で訴えた。
「明日、ちゃんと話すよ」
「ところで、カルラ・クロス騎士の未発現のスキルとはどのようなものなのだ?」
脱線しかかった話をフューラー神殿長が戻した。
「水魔法と火魔法、そして神聖魔法の三つです」
フューラー神殿長が息を飲んだ。
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