第44話 密談(白峰Side)
「こちらで殿下がお待ちでございます」
案内をしたメイドが白峰悠馬に恭しくお辞儀をし、続いて扉をノックした。
「殿下、ユーマ・シラミネ様をお連れいたしました」
「案内、ご苦労様です」
ビルギット王女の声にうながされてメイドが先導する。
『殿下がお待ちです』、というので案内されるままについてくると、そこは夕食を摂った食堂とそう離れていないところにある応接間のような部屋だった。
部屋の中央にあるソファーに座っていた王女がほほ笑む。
「シラミネ様、お待ちしておりました」
王女が白峰悠馬に自分の向いのソファーを勧める。白峰も特に遠慮するでもなくソファーに身を投げ出すようにして腰を下ろした。
(寝室とは言わねえが、私室くらいには招かれると思ったんだがな……。そう、チョロくはねえか)
白峰が内心で自嘲する。
「こんなに早く呼ばれるとは思っていなかったぜ」
「人払いは済ませてあります」
「二人だけか?」
「そうお望みの様でいらしたので」
(あくまでも、俺の意向を汲んでこの席を設けたってことかよ)
「王女様が淹れてくれたお茶を飲めるというのは幸せなことなのかな?」
「さあ、幸せかどうかは怪しいですね。ですが、一般的には名誉なことと受け取って頂けると思います」
目の前でお茶を淹れているビルギット王女をからかうように言うが、王女の方は軽く受け流して彼の前にティーカップを置いた。
王女の反応に白峰が面白くなさそうにつぶやく。
「自慢できるってことか」
「これから大きな功績を立てようという勇者様がこのような些末なことを自慢しては、自らの価値を下げることになり兼ねませんよ」
「勇者ねー」
白峰が紅茶を飲む間、王女は特に口を開く様子もなく黙って彼の所作を見ていた。
ティーカップを置いた白峰が切り出す。
「隣国との戦争、苦戦しているそうだな?」
「そうですね。手を焼いているのは確かです。何しろ突然の宣戦布告でしたので」
「先に奇襲を仕掛けたのはこの国なんだろ」
王女は余裕の笑みで答える。
「あら、どこでそのような
「敵は同盟国を含めて参加国。何れも国力はこの国に劣る上、中心となっている国は三年前まで他の国と接戦を繰り広げていたと聞いたぜ」
白峰がカマを掛けたのは事実だったが、それなりに情報収集をした上でのカマ掛けである。
王女の反応からは読み取れないが、それでも、当たらずとも遠からずというところだろう、と仮定して話を進めることにした。
「俺の国の常識から考えれば、そんな短期間での戦争、それも力が拮抗するような戦争が続けば国民が黙っていない」
「そう断じるには情報が足りないようですね。ご自身が仮定したお話に都合の良い――、願望が随分と混じっているようにお見受けしますよ」
「認めよう。情報が不足しているのは確かだ。だが、それでも俺はこの国から仕掛けたと思っている」
「では、私も認めましょう。戦争は当国から仕掛けました。ですが、仕掛けなくても何れ付け入れられると思ったからです」
「信じておくよ」
「真実なんて、それほど重要なことではないでしょう?」
王女が言外に認めた。
妖しく輝く彼女の眼差しが白峰には本題に入るよううながしているように思えた。
「戦争に手を貸して欲しいなら手を貸そう」
「他の皆さんはどのような反応を示されるでしょうね」
「どういうことだ?」
「伝承では魔物との戦いは承諾くださったそうですが、戦争への協力をお願いした途端、勇者様は姿を消されたそうです」
「俺たちが、いや、他の連中が人間同士の戦争を嫌がると思っているのか? 最悪は他国へ逃げ込むとでも考えているのか?」
躊躇しそうな面々が、綺麗ごとを並べ立てそうな顔が白峰の脳裏に浮かぶ。
「シラミネ様の言葉をお借りすれば、私たちの常識でも魔物との戦いは止む無しとして受けれても、人間同士の争いを
「全員とは言わねえが、それなりの人数を戦争に参加させられる。戦争に参加しない連中にしても他国へ逃げるような真似はさせねえ」
白峰に魅入られたようにビルギット王女の瞳が大きく見開かれる。
「条件は?」
「俺に嘘は吐くな。騙されるのが大嫌いなんだ」
「他には?」
「今のところ、連中は俺の言動に注目している」
後に続こうとしている者もいれば利用しようとしている者もいる。決して一枚岩ではないのだと付け加える。
ビルギット王女の目を真っすぐ見て白峰が言う。
「俺を勇者のリーダーとして扱え。あんたたちがリーダーとして扱えば、自然と他の連中もそれに
(『俺がリーダーだ』、と叫んだところで反発を買うだけだ。だが、権力のある第三者がリーダーとして扱えばそれが自然となる。何よりも俺は他の連中の先頭に立って行動することを怖がらねえ。俺なら出来る!)
「よろしいでしょう。あなたをリーダーとして扱います」
「決まりだ! よろしく頼むぜ、王女さん」
「こちらこそよろしくお願いします。勇者のなかの勇者様」
白峰の口元が綻ぶ。
ビルギット王女が家臣たちを魅了してやまない極上の笑みを浮かべる。
二人の視線が交錯した。
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