第25話 報告(2)

 何から話していいか迷ったラルスは、最初から話をすることにした。


「騎士三人と神官七人で十数人の襲撃者を相手にしていたのですが、奇襲であったことと相手が手練れ揃いであったため圧されていました……」


 その戦いで同僚の騎士と神官を失った場面を思いだしたラルスが言葉を詰まらせる。それでも一瞬のことだった。


「そこにトナン様が駆け付けてくださったのです」、と話を続ける。


「突然、声を掛けられました。私はその声に思わず振り向いたのですが、振り向いたときには既にトナン様の姿はありませんでした。代わりに襲撃者たちの悲鳴が聞こえました」


『もしかしたら私の記憶違いかもしれませんが』、と前置くと、図南が声を掛けた場所とラルスとの距離が二十メートル以上離れていただろう、と告げた。


 ラルスの言葉通りだとすれば、図南が二十メートル以上の距離を一瞬で詰めるだけの速度で駆けたことになる。


 そのことにフューラー大司教の口元が綻んだ。

 余裕のないラルスはそのことに気付きもせずに報告を続ける。


「再び襲撃者たちに視線を戻したときには、反撃の隙すら与えずにトナン様が一方的に敵を切り伏せていくところでした」


「それで戦い方は、トナン君の戦い方はどうだったのだ?」


 フューラー大司教が身を乗りだした。


「正確なことは分かりませんでした。辺りが暗かったこともありますが、気が付いたときには敵が倒れていたのです」


 ラルスが申し訳なさそうな顔をするラルスに、フューラー大司教が話を続けるように身振りで示す。


「その後は致命傷を負った者たちを治療してくださりました。治療の魔法も素晴らしいものでした。正直、助からないと思っていた部下を瞬く間に治療して下さる様子は、まるで幻を見ているようでした」


 事実、襲撃者を瞬時に斬り伏せたことも、瀕死の重傷者の怪我が数秒後には何事もなかったかのように治療されていくことも、少年の日に聞いた物語の英雄を見ている思いだった。

 そのときの感情が蘇ったラルスが頬を紅潮させ、瞳を輝かせて語る。


「その後、突然、森に向けて高速の攻撃魔法を放たれました。最初は意味が分かりませんでした。ですが、森の中に予備選力があることに気付いたトナン様が先手を打って攻撃したのです」


 事実は微妙に違うのだが、ラルスのなかでは敵の作戦を見抜いた図南が攻撃魔法を放ったことになっていた。


「遠距離攻撃魔法か……。どのようなものだった?」


 隊商や冒険者たちから聞いた、紗良の放った攻撃魔法と同じものだろうか? とフューラー大司教が口に出さずに自問する。


「魔法の属性は分かりませんでしたが、火魔法や水魔法でないように思われます。撃ちだされた攻撃魔法が高速であったことと、暗闇とで見誤ったのでなければ不可視の攻撃魔法です。ですが、風魔法ともとも思えませんでした」


 隊商や冒険者たちの情報と合致した。


「不可視の攻撃魔法か」


 風魔法か無属性魔法しか思い当たらなかった。


「その不可視の攻撃魔法の威力を見た襲撃者たちが狙いをトナン様に定めると、トナン様を包囲するために慌てて行動を起こしました。ところが、トナン様は包囲が完成するのを待っているように余裕の笑みを浮かべてその場に立っておられたのです」


 少年のような瞳で語るラルスを見て、そろそろ脚色が入ってきているのではないか、とフューラー大司教は感じる。

 だが、図南と紗良の評価が上がるのであれば良しとするつもりであった。


 そして、それは態度に現れる。


「そうか、そうか。戦闘のセンスもあるというのは頼もしいことだな」


 満足げに微笑んだ。

 ラルスはさらに勢い込む。


「森に撃ち込んだ射程の長い攻撃魔法を警戒して包囲した者たちが一斉に距離を詰めて斬り掛かりました。ですが、襲撃者の刃が届いたと思った瞬間、斬り掛かった者たちは腰の辺りから両断されたのです。剣を地面と水平に振り回しただけです。たったそれだけの動作で十人からの襲撃者を斬り伏せてしまったのです」


「剣術の覚えはないと言っていたが、なかなかどうして、やるではないか」


「剣術の覚えがないというのは本当のことでしょう。大変失礼ですが、トナン様の剣技は素人のそれです。ですが、それでもあれだけの手練れを圧倒したのです!」


 剣で人を斬れば、その手応えがある。それは傍から見ていても分かるものだが、図南の斬撃にはそれを感じなかったと語った。


「剣術を覚えさせるのが楽しみになってきたのう」


「トナン様が剣術を修めたらと思うと胸が高鳴ります!」


 フューラー大司教の反応を目の当たりにして、まことしやかにささやかれている噂がミュラーの心中に蘇る。


『突然、司教待遇となった少年と少女。そのどちらか、或いは、二人ともがフューラー大司教の公に出来ない孫なのではないか』

 

 発端は妬みや嫉みであった。


 年若い二人の少年と少女が司教待遇となる。

 前例がないわけではないが、容易に納得できるものでもなかった。

 

 東方大陸出身者独特の容貌から血縁関係ではないかとささやかれ、いつの間にか孫であると噂されるようになる。

 そして、並外れた神聖魔法の術者であることが噂を加速させていた。


 ミュラーは心中に蘇った疑問を抑え込むと、ラルスに報告をうながす。


「ラルス、報告を続けろ」


 ラルスが報告を再開した。


「何よりも驚いたのは、攻撃をまともに受けても、負傷する端から魔法で治療して戦闘を続けていたのです」


 不屈の精神の持ち主だと、崇拝するような顔で語る。

 そして報告の最後にラルスが、


「――――特筆すべきことと言われても、たくさんあり過ぎますが……、敢えて言うなら驚異的な速度です。移動速度、斬撃の速度、目にも止まらぬ速度で動いて敵を切り伏せるのです」


 何度も見失う程であったと付け加えた。





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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


ぐぉぉ……!_:(´ཀ`」 ∠):


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