第29話 それぞれの道(2)
互いに声をひそめる図南と拓光とは対照的に紗良が前のめりで食いついた。
「女性として生きようだなんて……。不知火さん、この三日間に何があったんですか? あたしが居るところで話しづらいなら席を外しましょうか?」
その様子はとても席を外す気があるようには見えない。
瞳が妖しく輝いていた。
そんな紗良に拓光が呆れたように返す。
「闇雲……。お前、俺をどういう目で見てるんだ?」
「そうですね、何だか見る目が変わりそうな予感がしています」
頬を染めた紗良が図南を気にするように視線を向ける。だが、図南の方は何も聞こえなかった振りをして黙々と肉にかぶり付いていた。
拓光は軽く首を振って話しだす。
「姫プレイをしようというのは、変身能力が使えることが分かった時点から考えていたことだ。それに、森の中でもそんな話をしたと思ったけど?」
拓光が図南に視線を向けると、図南も肉を傍らにおいて答える。
「いや、聞かされてはいたけど、本当にやるとは思わなかった。それもカッセル市に到着早々とか、色々と大丈夫なのか?」
「決断させたのは錬金術だけどな」
拓光が不敵な笑みを浮かべた。
「錬金術も、やっぱり普通じゃないのか?」
「錬金術を使って生きていけそうなのでしょうか?」
図南も紗良も、拓光の錬金術がチートクラスだと予想はしていたが、得意満面に本人の口から語られるとなると期待感が煽られる。
「俺の錬金術、やっぱりチートだったわ」
あっけらかんとした口調でそう切り出すと、
「剣の刃こぼれを修復するくらいはこちらの世界の錬金術師でもできる。優秀な錬金術師なら鋼と鉄のインゴットから鍛造の剣を作りだすことも可能だ。だが、そんなのはほんの一握りの錬金術師しかいない」
と続けた。
「お前はそれができるのか?」
出来るのだろう、と思いながら図南が口にした。
「鋼や鉄のインゴットも必要ない。そこら辺の土や岩から鋼と鉄を精製して鍛造の剣を作った」
ただし、作った剣はお世辞にも見た目がよいものではなかったと付け加えた。
「つまり、デザインセンスがなかったのか?」
「お前の魔弾みたいなものだ。練習すれば何とかなると思う。感触だが、百メートル先の的に遠距離攻撃魔法を当てるよりも簡単そうだ」
「少し練習すれば超一流の錬金術師と言ことですね」
紗良が安堵の表情を浮かべた。
「不知火拓光として超一流の錬金術師を目指しつつ、シーラ・タクミンとしてはポーション作成専門家——、つまり薬師として姫プレイを満喫するつもりだ」
もっとも、それ以外にも適当に変身して色々とカッセル市での生活を楽しむつもりだ、と拓光が付け加えた。
図南が首肯しながら言う。
「錬金術師の方は分かったけど、薬師の方は確認したのか?」
「薬師と言っても使うスキルは錬金術師のスキルだし、既に何種類かのポーションは試作してみた」
「問題なかったんだな?」
念を図南に拓光が力強くうなずく。
図南が聞く。
「錬金術師になるにしても薬師になるにしても、工房や店を開く資金が必要になるだろ? それはどうするつもりなんだ?」
「それは隊商の人たちの店と小さな取引をしながら資金をためるさ。この錬金術と現代日本人の知識と教養があれば、上に行けることは間違いないんだ。姫プレイだけじゃなく底辺から駆けあがる成り上がりプレイも楽しむことにするさ」
実に楽しそうな笑顔で語る拓光を見て、図南が自分たちの提案を口にするのを躊躇った。
図南の躊躇いを見て取った紗良が悪者役を引き受ける。
「実は不知火さんの成り上がりプレイに水を差すようで言い難いのですが……。捕らえた盗賊たちの報奨金を不知火さんにあたしたちの分も受け取って欲しいのです」
「え? いや、それはさすがに貰えないよ。そもそも、俺は何にもしてないんだし、等分するのだって気が引けてるだぜ」
図南が言う。
「俺と紗良は神殿から前払いで給料が貰えることになったんだ。だから、報奨金は拓光に受け取って欲しい」
自分と紗良だけが仮初とは言え安定を手に入れたことへの罪悪感もあった。図南と紗良の表情からそれを読み取った拓光が言う。
「分かった、これは貸しだからな」
「受け取ってくれるのか?」
と図南。
「だから、貸しだと言っただろ」
照れくさそうにそっぽを向く拓光を見て図南と紗良がほほ笑む。
「ありがとう」
「不知火さん、本当はいい人なんですね。少し見直しました」
「じゃあ、早速貸しを返してもらおうか」
「どんなことだ? 何でも言ってくれ!」
「お前たちが世話になっているその大司教にお願いして、不知火拓光だけでなく、シーラ・タクミンの身分証明書も発行してもらえないか?」
二つの身分証明書が欲しいと口にした。
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あとがき
□□□□□□□□□□□□□□□ 青山 有
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