第17話 別れ

私は用意された部屋で途方にくれていた。王妃様から次期王妃として、感情のコントロールが出来る様に練習しろと叱られ、頭を冷やす様にと閉じ込められてしまった。ただ涙だけが止まらず、流れ続ける。一度止まっても、ふとクルトとの過ごした記憶が蘇っては涙が自然に流れてくる。本当に終わってしまった。これは悪い夢なんじゃないかと思っても、今いるこの部屋が否応なしに現実だと叩きつけられる。これからはクルトに会っても、話す機会があったとしても他人として接し、極力関わってはいけない。でないと……。


私は夜風にあたりにバルコニーにでた。王城で用意された部屋は眺めがすごく良かった。今は夜だから感動まではいかなかったが。そんな夜景の中森の奥の方で、でかい何かがうごめているのが見えた。その異様な光景に私は釘付けになる。


なんで?なんで?あれは……見間違い?暗いし遠すぎてはっきりわからない。ただこの世界で森よりも高く何本も蠢く物体なんて知らない。背筋に嫌なザワザワ感を感じた。

私の前世の記憶が間違えてなければ…あれは敵になったクルトがゲーム上で使っていた魔法。うごめている木に雷が纏っている魔法。攻撃力が半端なく苦労したのを覚えている。でも、まさか!?ただ別れ際のクルトは辛そうではあったが闇落ちしそうな感じには見えなかった。でももしアレがそうなら…。クルトは…。

私が部屋を出ようと身構える前に下の方がざわめき出した。下を見ると兵隊の人達が十数人歩いていた。私の脳裏に最悪なシナリオが思い浮かび頭に血が上る。担がれてる人や肩を借りて歩く人…まるでどこか、戦場から帰ってきた様な…私はいてもたっても行かずに空間魔法で鍵を開けて部屋を飛び出した。鍵の構造さえわかってれば簡単だ。

部屋の前に待機していた兵士2人は慌てて追いかけてきたが、私だってちょっとした身体強化くらいできる。先にスピードを上げてしまえば追いつけるわけがない。私は迷いながらも玄関へと向かった。


玄関についたが誰もいない。焦る気持ちを抑えながら、すぐに玄関から外に出てすぐ別の入り口を探し始めた。裏手に回りながら探し続ける。すると、奥の方で光がさしていた。光の前には何人か人が立っているのが見える。怒りと不安が混ざり合うのを感じながら私は意を決して近づいた。近づくにつれて兵士が7、8人なかにむかい武器を構えているのと、見間違いかと思ったがシャルス王の姿がそこにはあった。怒りが和らいだ。中の誰かと話している様だが表情からえらく怒っているのがわかる。


「誰だ!?」


すぐに兵士に気づかれ私はゆっくりと近づき挨拶をした。


「アメリアでございます。」


「ん?アメリア?」


中の人物に話しているのを中断してシャルス王がこちらを向く。


「こんな時間に少女1人で外出とはよろしくないな。」


「申し訳ありません。わかってはいたのですが、どうしても確認したいことがありまして。中の兵隊さんたちに…ですが。」


「王に向かって言い訳するとは何事か!!」


兵士が声を荒げ叱ってきた。


「まあ、よい。しずまれ。まだ子供だ。許してやれ。それよりもアメリア。中にいる人間が何故兵隊だと?」


「申し訳ありません。…バルコニーより、妙な物を見た後に下より兵隊達が見えました故、急ぎまいりました。」


「ふむ。なるほど。それだけで、ある程度わかってここにきたのか?」


「……おおよそは。」


声が震えた。間違いでなければ、アレがクルトであるならば中の兵士は暗殺部隊。そう思うだけでクルトがどうなったのか知りたくて、平気なのか?闇落ちしてないのか?不安で心が押し潰される思いになった。


「そう、結果を悪い方に考えすぎではないか。言っておくが私がした事ではないぞ。まったく余計なことをしてくれたものだ。クルトは一応無事だそうだ。」


「え!?本当ですか?一応?ま、まさか…。」


「何を想像したがわからんが、おそらくさらに最悪だ。生きてはいるが、闇落ちの傾向が出ていたらしい。こいつらの部隊もほぼ返り討ちにあったらしいからな。実力的にはゼハルが言ってたのはあながち間違いではない様だ。」


「……」


私は膝をつき崩れ落ち俯いたまま涙を流していた。


「一先ず、向こうの問題が片付いたら先生…じゃなかったヴィシャー伯爵から連絡がくることになっている。ちゃんと知らせるから部屋で大人しく待ってなさい。」


シャルス王が私の肩に手を置いて慰める様に接してくれた。でも私の頭の中はクルトが敵になる事が悲しくて恐ろしくて、心が壊れそうだった。


「…で、でもクルトはもう…。」


私は胸をキツく抑えながら、やっと絞り出した声で問いかけた。


「大丈夫だ。まだ治せる範囲だろう。それも含めてちゃんと知らせるから。」


「ほ、本当ですか?直せるものなのですか?」


「ああ。帰ってきた者がいるのは本当だ。」


聞いた事がない。ゲームではなかった事だ。私は立ち上がり深々と頭を下げた。


「あ、ありがとうございます。重ね重ね失礼な態度申し訳ありませんでした。お手数おかして申し訳ありません。よろしくお願いします。」


「ああ。ではお前、アメリアを部屋まで護衛してくれ。」


「はっ!!」


私はそのまま部屋に戻り、眠れない夜を一夜過ごした。


知らせが来たのは朝になってからだった。まさか、王直々に来るとは思っていなかったから慌ててしまった。シャルス王は人払いをし、私と2人きりでの話となった。


「酷い顔だな。昨日はちゃんとねたのか?」


「お見苦しい姿で申し訳ありません。昨晩は少し眠りました。」


「いや、そういう意味ではない。しっかり寝ないと体がもたないぞ。」


「心遣い感謝いたします。」


「クルトは一先ずは大丈夫だ。まだ治せると知らせがきた。」


「本当ですか!?……良かったー。ありがとうございます。」


「後だな。………ゼハルが亡くなった。どう「え!?そんなはず…だって先に帰ってたはず……だから…だから…そんな訳ない。」


シャルス王が言ってる意味がわからなかった。ゼハルが……死んだ?


「クルトを正気に戻すために命を捨てたと聞いている。」  


頭がおかしくなりそう。涙も出ない。意味がわからない。何が起きたの?何がなんで?


「……ない。…ない。ないないないない。そんなの…じゃあ何のために私………。」


そこで私は意識をなくした。



気がついた時、私は自分の部屋で寝ていた。

あれ?夢?全部?最初から?クルトと婚約破棄したのも、ゼハルが死んだっていうのも…


私が呆然と周りを見渡していると、扉が開き喪服姿のお父様が入ってきた。


「アメリア!気づいたか。良かった。心配したぞ。」


「わたしは……?」


「王城で倒れて、葬儀に間に合わないと王の計らいで一時的に帰してくれたんだ。4日も寝ていたんだぞ。」


「え?じゃあ…。」


私の現実逃避が現実に戻された事で混乱し始めた。私は頭を抱えて痛みに堪える様に蹲った。自分でもどこが痛いのかわからない。頭?胸?心臓?……心が痛い。


「い、いやぁーーーー!!!」


わからない…わからない…わからない…


「アメリア!!?大丈夫だ。大丈夫だから。落ち着きなさい。」


お父様が抱きしめてくれている。


「ねぇ!!嘘だと言って!夢だったって言って下さい。お父様!!!クルトと別れたのも、ゼ…ゼハルが死んだってことも………お願いですから……おねがいですから。」


私は大粒の涙を流しながらお父様の服を掴んで懇願した。


「……アメリア。すまない。………すまない。」


お父様も泣いてるのがわかった。お父様も肩を震わせて一緒に泣いてくれた。



その後の記憶は曖昧だ。葬儀にでる準備をしてもらい、ご飯を無理矢理食べさせられ、後はただ呆然としていた。葬儀当日もゼハルの姿を見るまでは夢の世界にいるような現実とは違った感覚。

葬儀は滞りなく進められて、私がゼハルの前に来た時にはお父様が横にいてくれた。横から支えられながらゼハルの最後の姿を見た。涙が自然に流れ、足に力が入らなくなる。お父様が何とか支えようとしてくれたが、私はそれを振り解きゼハルにしがみついた。


「ねぇ?ゼハル?起きてよ。お願いだから起きてよ!ゼハルには見て欲しかったんだよ。私の隣で私がクルトと幸せになって結婚式あげる姿……。結婚生活で2人で困った事があったらゼハルとレイチェルに相談なんかしたりして…それで…それでね。出来たら私達の子供…見て欲しかったんだよ?…お願い……起きて!!それまで私の隣にいてよ!!起きてよ!……おきてよ。」


「…アメリア。アメリアがそんなんではゼハルに心配をかけてしまうぞ。それでは未練が残ってしまう。やすらかに寝かせてあげよう。ゼハルはお前の大事な人の為に命を落としたことを忘れるな。感謝の気持ちで見送ってあげよう。」


私は黙ってただ泣き続けた。私をおいてその後、葬儀はつつまなく勧んだ。途中、ゼハルの遺族がお父様に挨拶してるが見えた。その中の私と同じくらいの男の子がお父様にしがみつきながら泣きながら懇願していた。私はそれすらも呆然と見ていた。そして火葬の時、私は直視する事ができなかった。

私は少し早く葬儀場を出た。夕陽が周りを照らしている。そんな中森の奥の方に2本の木らしき影が森よりも高く伸びているのが見えた。


ク、クルト?


「クルトーーーーーー!!!!!」


聞こえるはずもない。私も見えてるか怪しいぐらいの距離。ただ叫ばずにはいられなかった。


会いたい。今すぐ会いたい。私は後悔してばかりで苦しい。きっとクルトも今苦しんでいるはず。だから…だから今は我儘を聞いてほしい。許してほしい。クルトに会いたい。


しばらくして中の人たちも次々に帰り始めた頃、木は縮んでいき消えていった。私はただそれをただ呆然と見ているしかなかった。帰るよう促されるまでその場に座り込みクルトがいた方向を眺めていた。


『クルト視点』


ゼハルの葬儀当日。父様に無理を言って離れた所からでも最後を見届けたいと懇願した。近くに行くのは危ない。王城の人間やたくさんの騎士たちが参列者にはいる。ましてや遺族に会うのは今はもっとも良くない。もちろん、謝罪はするが今は身の安全が危うい状況には変わらないので厳しい。それではなんの為にゼハルが命を落としたのかが意味をなくしてしまう。

バレたらすぐ離れるのを条件に許可がおりた。実際には父様も母さんも行きたいのだと感じた。


「ではそろそろ行こうか。葬儀もそろそろ中盤を過ぎた頃合いだろ。まもなく火葬されるはずだ。」


「「はい。」」


初めての喪服に悲しさと後悔が滲む。隣で母さんが何も言わずに背中をさすってくれた。3人で林の奥の方へと進んでいった。  


「仕方ないことだが、距離的には建物が見えるだけだからな。なるべく近くを選んだつもりだ。」


「はい。わかりました。」  


父様から念を押すように言われた。それなりの距離があることを覚悟した。道中、ゼハルとは知り合って3年という短い期間しかいなかったことに驚きがあった。3年間ほぼ毎日、先生としてアメリアの執事として接してきた。俺の成長していく上でかけがいのない信頼のおける師匠だった。もっとあの人のもとで学びたかった。もっとたくさんの時間を過ごし結婚式を見せたかった。アメリアと内密にザハルとレイチェルには結婚式が叶ったらそれぞれに感謝の手紙を渡すことを2人で決めていた。まだずいぶん先の話なのに、そんなことも決めていた。形はどうあれ、俺とアメリアが幸せになった姿を見せたかった。……すべてはあいつらのせいだ。


やはり俺は今平常ではないな。


未だ続く怨念の心を確認しながらも近くを歩く両親を見ながらゼハルとの約束を思い出す。


ふと父様は今どんな気持ちなんだろう?と父様の背中を見ながら思った。


幸せ…なのかな?嫌、幸せになろうと頑張ってるんだろうな。


俺もアメリアが幸せになれる道を、最善の道を歩ませることを1番に行動すべきだと心に誓いながら父様の背中を見続けた。 


とある場所で父様が立ち止まった。なんともない、林のど真ん中だ。何を目印にここまで来たのか疑問に思いながらも父様の言葉を待った。


「この辺がギリギリだな。クルト、私の隣でプラインで上まで登るぞ。私と高さは合わせるように。レイチェルはこっちに。」


「「はい。」」


あの魔法、プラインって言うんだ!今更知った。

父様は頭が人が乗れるような形の下木を下から突き出して2人でそこへ乗った。


「同じようにやってみなさい。イメージが大事だからな。」


「はい。」


俺は父様の形を真似するようにイメージして1人様に木を出した。まあ、不格好だが落ちはしないかな。


「まあ、最初はそんなもんだ。では行くぞ。」


2本の木が林よりもさらに上に登っていく。父様が手で合図をくれ、同じ高さで止まった。奥の方にいくつか建物が見える。父様から建物の特徴とある程度の場所を聞き、葬儀がされている場所がわかった。

じんわり涙が浮かぶ。3人は煙が出るのを確認すると目をつむり、黙祷した。


ゼハルさん。すみませんでした。俺は取り返しのできないことをしてしまった。最後、あなたが笑ってくれたのが唯一の助けになりました。あなたに助けられたこの人生、必ず…必ずアメリアのためにアメリアの幸せの為に使います。どうか心配しないで下さい。あなたの分アメリアを導いていけるようにこの人生を全うして見せます。どうか安らかに。


俺は改めてゼハルさんに誓いを立てた。しばらくして目を開けて涙を拭う。見ていた建物から人が出てきたのが見えた。顔なんかわからない距離。何故か目があった気がした。そんなまさか…。心がざわつくのを感じた。


「父様!!」


「ん?どうした?」


「ごめんなさい。」


「え?まさか…。」


父様の返事の前には俺は木から飛び降りていた。


「おい!クルトーーー!!!」


木の枝につかまりながら遠心力を使いアメリアのいる方角に向かってジャンプした。外目からやってること見たら猿だろなー。俺はそこから体制を変え、枝を蹴りながらジャンプを繰り返しどんどんスピードを上げていく。


どれだけ時間がかかったのかわからないが、やっと街並みが見えてきた。でもさっきの建物とは違う気がした。丘にある?俺は急いで林から抜けないように街を避けながら、途中高い木の天辺にでて確認しながら場所を探した。


何度目だったか?それらしき建物が見えた。裏手は林になってるかもしれない。俺は全速力で林から町が見えるギリギリの所から裏手に周った。途中登りになり、予想通り葬儀がされていた建物の裏に来れた。俺は恐る恐る周りを確認しながら建物沿いに沿って玄関が見える位置まで動いた。


アメリアは玄関すぐの階段の隅っこの上で座っていた。後ろ姿だがなぜか確信があった。久しぶり見るアメリアに心が締め付けられる。実際、1週間くらいしか経っていないが何年も会ってなかったように思えた。

俺が表に身を乗り出そうとした瞬間、誰かに体を抱きつかれた。


「待て!!クルト。ここは危険だと言ったろ。!?お前アメリアがみえたのか?」


「父様!!…いえ、見えたわけでなく、なんとなくそんな気がして。」


「…そうか。しかし、周りを見ろ。もう参列者が出てきてるだろ!」


「……でも。」


「今は我慢しろ。ゼハルとの約束を果たす時は必ず来る。いや、私がつくる。必ずだ。今度こそ間に合わせる。ゼハルにも誓った。必ず今度こそやり遂げる。だから今は我慢しろ。」


俺は黙ってアメリアを眺めていた。すぐにカーティス公爵が来てアメリアに話しかけていた。やっと顔が見れた。目が腫れてしまっいる。余程泣いたのかがわかる。その顔に罪悪感に心が痛んだ。俺はただ唇を噛み締めて去って行くアメリアを見つめていることしかできなかった。


父様に連れられ林を通りながら帰ってる途中、林の先に薄らと馬車が走り去るのが見えた。俺は慌てて身を隠しながら道側を眺める。


「おい!クルト!!なん……。」


俺は父様が言い終わる前に捕らえた。カーティス公爵の家紋をした馬車が2台走り去るのを。恐らく後ろに公爵とアメリアが乗っているはず。俺は身体強化で馬車と並走しながら他の馬車がいないのを確認して叫んだ。


「アメリアーーー!!!!」


何度も叫んだ。何度も何度も。道がふた別れになり俺がいる逆に馬車が行ってしまうまで何度も。最後、林から姿を見せた状態でアメリアの乗る馬車の後ろを眺めていた。

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