Chapter Ⅷ 洗脳者討伐アクション!

 時を戻して十分前――俺とアーシェ、ダゼッタの三人はパーティー会場へ向かっていた。邪竜洗脳者が侵入したせいで静寂に包まれた寒い廊下が、今ではピリピリ……とまるで廃墟に忍び込んだような不気味な空気に包まれていた。

 そして案の定、邪竜洗脳者が居た。待ち構えていたというより、偶然に出くわしてしまった。多分、パーティー会場へ向かう途中なのだろう。


「アーシェ……イタッ! アーシェ……ガイタゾ!」


 一人の邪竜洗脳者が味方に呼びかけると、すぐさま俺達の方へ向かってきた。先にアーシェを討伐する事が、奴らにとって第一の目標なのだろう。


「まぁ……その目標、俺とアーシェでぶっ壊してやるぜッ!!」


 その意気込みと同時に邪竜洗脳者との殺し合いが始まり、今に至る。



「やあああああああああっ!!」


 アーシェは咆哮を轟かせ、剣で邪竜洗脳者の首をかっさらった。まるで壊れた噴水のようにぶしゃぁぁ……と鮮血が迸った。女では重くて持てないと思われる剣を片手で持ちながら、軽々と振るっている……。やはり最年少騎士団長の剣捌きは伊達じゃない。


「へッ――――」


 アーシェの背後から駆け抜け、邪竜洗脳者をかき分けるように斬り刻む。まるで猛獣に襲われて食い殺されるような一撃の剣捌き――俺の動きに邪竜洗脳者は戦慄を感じて一歩身を引いた。


「死ネェェェッ!」


 だが、それに立ち向かう邪竜洗脳者が剣を振り下ろす。だが、あっさりとその一撃を躱し、邪竜洗脳者が着用しているローブの襟首を掴んだ。


「テメーがなッ!!」


 助走時の勢いを使い、ぐるりと襟を掴んだまま回転する。重力が効かない空中での回し投げ……まるで空飛ぶ魔法を使ったような重力という概念を無視した動きだ。

 俺は腕に少しだけ力を加えて、複数人が突っ立っている邪竜洗脳者に向かって投げつけた。一気に何人かは倒れ込んで、起き上がる前に串刺しにする。


「ゲゲ……ゲッ――」と呻き声を上げた後、息を引き取った。


「同胞ノ仇!」


 ジワリとシャツに汗が染み込むような――不気味な気配が背中からじわじわ伝わってくる。一体……なんだ? 気味が悪い……。


「シネ! メイドヨッ! 冥途ノ切符ヲ送ッテヤルゼェェェッ!!」


 ダジャレ交じりのセリフを告げた後、俺ははッと背後を振り向いた。しかし、振り向いた時には邪竜洗脳者が唱えた火炎魔法が放たれていた。


(マズイ……やられるッ!?)


 咄嗟に横へ回避しようとするが、もう目の前に一直線に放たれた炎がやってきた。


「我を守れ――『盾(フォール)』ッ!!」


 アーシェが防御魔法を発動して、目の前に透明な盾が現れた。そして間一髪、炎に包まれた人形にならずに済んだ。


「何ッ――グハッ!?」


 気を取られているうちにアーシェは魔法を放った洗脳者の心臓を貫き、薙ぎ払うように斬り裂いた。


「何ボーっと突っ立っているの!? 魔法を発動しなさいよ!」


「お――私は防御魔法の呪文知らねーんだよ!」


「何で魔法が使えないの!? 普通騎士団になるなら基礎魔法ぐらいは知っておくべきでしょ!?」


「魔法の呪文なんて覚えられるかッ! クソ長い呪文ぱっかりだし! 暗記できるか!」


「はぁ? 普通知っているもんでしょ!? そんな底辺脳だったの?」


「悪かったなッ! 元々剣しかやってこなかったもんでねッ!」


「オオオッ! シネッ!」と、口喧嘩をしている隙に剣を持った邪竜洗脳者は咆哮を轟かせながら突進してきた。


「あぶねッ! 全く……会話の最中に割り込むなってッ!!」


 あっさりと剣戟を躱し、ザシュリッ……と背後から胴体を貫く。


「アーシェノ討伐ヲ邪魔スル者! 覚悟ォォォォォッ!!」


 邪竜洗脳者が壁をつたって、大きく振りかぶった一撃を放つ! 


「そんな甘っちょろい剣戟で、私の首を取れると思ったのかッ!!」


 先ほど貫いた邪竜洗脳者の遺体から噴き出る大量の鮮血を手ですくい取り、それを邪竜洗脳者の目に向けて投げつけた。


「ギ、ギャァァァァァッ!! 目ガッ!! 目ガァァァァッ!!」


「あばよ」と邪竜洗脳者の耳にささやき、ずじゃり……と鈍い音を響かせた。そしてぼとり……と頭が地面に落ち、今は顔無き胴体から壊れた噴水みたいに鮮血があふれ出た。


「ヒ……ヒイイイッ!? ナ、ナンダッ!? コ、コノメイドハッ! ツ、強イゾッ!? マ、マルデ……『不死ノレオ』ノヨウナ……狂暴デ俊敏ナ動キッ……!」


 ご名答さんだ。そう、俺は不死のレオと呼ばれている張本人だよ。


「デヤァァァッ!! シネェェェッ! メイドッ!!」


 邪竜洗脳者の話に気を取られた隙に、背後にいた邪竜洗脳者が攻撃を仕掛けた。声に気付き背後を振り向くと、まるで獲物を狙うハヤブサのように一直線で俺の心臓に向けて狙い定めていた。


「あぶね……!?」


 体に刺さるギリギリのタイミングで体を捻るように仰け反り、牙突の一撃を回避する。そして躱されて空を穿った剣は、前にいた同胞の胸をじゅしゃり……と鈍い音を立てて貫いた。


「ナ……オマエッ! 俺……ヲ、サ……シテ……」


「シマッ……ガハッ!?」


 同胞を刺し殺して動揺している隙に、二体同時に首の頸動脈を斬り裂いた。


「同胞ノ仇ッ!! メイド、ワレラノ奥義、『闇ノ業火(ダークネス・インフェルノ)』二焼カレロッ!!」


 数メートル離れた場所に杖を持った魔法師達が、『闇の業火』の呪文を唱えていた。

『闇の業火』――文字通り、黒く染まった炎を放つ魔法だ。その炎に飲まれると、毒を飲まされたように苦しんで死ぬ。炎を消そうとしても身を滅ぼす以外、決して消えない地獄の炎……この炎で何人の戦友を失っているのだ。


「やれやれ……こんな室内で炎をぶっ放すなんて。普通は考えないけどなぁ~~」


 ポリポリ……と頭を掻き、呆れた言葉を呟いた。まぁ、洗脳者の目的は王国の奪略だから、王宮を壊しても構わないって考えているもんな。


(なら……放たれる前に殺すしかねぇな!)


「すぅ……」と息を吸って、剣を鞘に収めて抜刀術の構えした。この行為は諦めではない。必殺奥義の技を放つ為に必要な事なのだ。


「何ヲヤッテイルノダ!? アノメイドハッ! 諦メタノカ!?」


「構ワン! サッサトコロセッ!!」


「ハッ! 解キ放テ、『闇ノ業火』ヨッ!!」


 ビリッ……とした空気が全身を包み込む。『闇の業火』を発動する時が来たようだ。 


「はぁぁッ……!」


 息を吐き、まっすぐ魔法師の方へ視線を向ける。目を逸らすな……『闇の業火』の黒い炎を見つめろ!


「あれは『闇の業火』!? ……れ、レオナさんっ! 離れて! 炎に飲まれたら死ぬわよッ!」


 背後からアーシェの声が聞こえる。一体、どんな表情をしているのだろうか? まあ、声音から察するに少し強張った表情になっているのだろうな。


「シネェェェ!!」


「レオナッ!! 逃げてェェェ!!」


 邪竜洗脳者の叫びとアーシェの悲鳴が廊下中に木霊する。


 そして――敵も味方も呆然としてしまう必殺奥義を放った!



「――一閃剣ッ!!」


 ――――――――――――――――――――――――!!



 一体何が起こったのか……アーシェも洗脳者も理解するのに時間がかかった。

 ただ、目で追いつけなかった事だけははっきりと分かる。だって数人いた邪竜洗脳者を一瞬にして屍に変貌させたのだから。


「――な、何だったの? 今の攻撃――まるで時を止めて倒したような感じだった……?」


 アーシェは呆然と、血飛沫をまき散らす屍になった洗脳者と俺の立ち姿を眺めていた。


「レオナさん……すごい」と、壁にへばりついて身を潜めていたダゼッタも呆けた表情で見ていた。


 アーシェやダゼッタはこの奥義を目視出来なかったので俺が説明しよう。

 一閃剣……文字通り目の前の敵を一閃で斬り裂く神速で回避不可能の剣術だ。その動きは、まるで時を止める魔法を使っているように自分が斬り裂かれてしまっている事に気が付かない程の錯覚に陥るのだ。


「ふぅ……」と一旦息を整える。こんな大技、東洋大陸で剣術を学んだ先輩から教わってからまだ一回しか使っていない。なぜならこの技を使うと足の負担が異常にかかるからな。なぜって、神速を出すには強い踏み込みが必要なんだ。初めて使った時、足の骨に罅が入った事あるんだよね……。

 ――え、じゃあなんで使ったんだって? そりゃ――アーシェにかっこいい所見せたいからに決まっているだろ! さっきアーシェに魔法が使えない事をバカにされて悔しかったもん!

 なんて、ムキになって必殺奥義をぶっ放してカッコつける俺であった。


「はぁ……はぁ……レオナさん、そっち側の敵はどう?」


 邪竜洗脳者を全員倒し終えたアーシェは、敵が居るか確認の質問をしてきた。


「あぁ……なんとか片付けた」


「そう……少なくともここのエリアの敵は殲滅出来たようね」


「だな……はぁ~~」


 どさりと血の池だらけの床に尻餅をついて、緊張した表情を緩めた。久々の休暇なのに邪竜洗脳者と出くわすとはなぁ……ツイてない。


「アーシェ様、怪我などはございませんか?」


 ダゼッタは心配そうな表情でアーシェに駆け寄っていた。


「えぇ……怪我は無いわ。それよりもダゼッタ、貴方は大丈夫かしら?」


「は、はい! 大丈夫です! 怪我していませんし、洗脳されていません!」


 ビシッと敬礼をして答えるダゼッタ。お前は兵士か……って内心で突っ込んだ。


(……誰か来る)


 たたた……と微かに廊下を走り抜ける足音が聞こえた。段々と足音が大きくなってこちらの方へ近づいてくる。一体誰だ……?


「――――アーシェ様ッ!」と、聞き覚えのある声音が通路の角から現れた。


 ――声の主は友人のライネスだった。服は血や泥で汚れていて、血脂に塗れた剣を握りしめていた。なるほど、ライネスも邪竜洗脳者と戦っていたのか。


「えっと……貴方は?」と、アーシェはライネスに名を尋ねる。


「はい、私はライネス・アーガリア。王宮討伐隊所属の騎士でございます!」


 ビシッとアーシェに向けて敬礼するライネス。


「ライネス――あぁ、パーティー会場にいた……。ゴホン……そ、それよりもパーティー会場の方は大丈夫なの!? 国王様、襲われては――」


 こくりと頷いたアーシェは、急にライネスの襟首を掴んでぶんぶんと揺らし始めた。


「お、落ち着いてください、アーシェ様! だ、大丈夫です! 国王様とパーティー会場にいる招待客は全員無事です! 今、王宮騎士団が王宮内に侵入した邪竜洗脳者を探しておりますぅ!」


「そ、そう……ならよかったわ……!」


 安堵の表情を浮かべたアーシェはライネスを離した。


「……ハッ! そうだ! アーシェ様、レオを見ませんでしたか!?」


 ぎくり……と背筋が凍るような悪寒が走った。そ、そう言えば……ライネスにトイレに行くと言ったまま戻らなかったんだよな……。


「れ、レオ……って一体誰の事?」


「あぁ……そうでした。『レオナルド・ミロオ』という名前なんです。トイレに行ったっきりパーティー会場に戻ってこなくて……見ていませんか?」


「あぁ……見ていないな」と、アーシェは俺の方に視線を向けて誤魔化していた。


「そうですか……まあ、アイツなら何とかなるでしょう」


 じゃあなんで聞いたんだよ……ふざけるなよ! 心配してくれる気持ちに感動しそうになった俺の感傷を浸っていた時間を返せ!

 なんてギロリ……と鷹の目みたいにライネスを睨む俺であった。


「ムムッ!? 何か視線を感じる?」


 ぐるりと顔を後ろに向いて、ライネスは視線の正体を探し始めた。


「む! 君かッ!! 俺に熱い眼差しを向けてくれているのはッ!」


 ライネスはキラリーンと髪をかき上げながら、かっこいいポーズを決めた。


「――うざ」と、蔑んだ目でライネスを見つめた。


 あぁ……そう言えば、ライネスってイケメンの割には全然モテないキャラなんだよな……。その為か、何故かしら見知らぬ女子たちにナンパをかけいる。まあ、全部ナンパした女子に振られまくっているけどね。それでも諦めずにナンパを続けるなんて、ライネスのメンタル強いよな……。


「おおっ! これは……可愛いメイドさんではないですか……!」


 ぐいっと俺の顎を上げて、興味津々に眺め始めた。雑誌とかで見たけど、イケメン男子がやる顎クイってやつだ。


「むぅ……これはこれは、美しい顔だ! まるで儚い雪景色みたいな白い髪、キラキラとブラックサファイアのような煌めく黒い瞳! 正しく――俺のヴェストウーマンだぁ……!」


 パッチン……と指を鳴らして俺に指しながら、再びかっこいいポーズを決めた。


「――――とりあえず、ごめんなさい。私、チャラ男嫌いなんで」


 早速俺はライネスの告白を断った。正体知られるわけにはいかないし、こんなチャラ男と付き合ったらめんどくさそうな展開になりそうだ。


「ガァァァァッ!! そ、そうですか……ち、チックショォォォォォぉ!!」


 血だまりの上で蹲り、振られた事に対して泣き叫んでいた。


「うわチャラ……」と、汚物を見るような目で見るアーシェ。


「キモイですね」と、蔑んだ表情で見下すダゼッタ。


「とりあえずキモイから向こうに行ってくれない?」と、俺は蔑んだ目で毒舌を言い放つ。そんなチャラ男に向けて、毒舌トリプルパンチをお見舞いさせた。


「う、うわああああああああああああん!! お、俺わぁぁッぁ!! もてぇぇぇないんだゎゎああああ!!」


 どうやら効果覿面だったらしい。号泣し始めて、血だまりの床が水浸しになっていた。


「はいはい、ライ。とりあえず、泣くのは止めましょう」


 溜息交じりにライネスの背中を優しく撫でる。まあ、可哀想だし慰めてあげよう。


「……ん? 今、ライって言いませんでしたか? ライって……俺とレオだけのあだ名だけなのに……?」


 あっ……ヤバッ!? うっかりライってあだ名で呼んでしまった。そう言えば、ライって俺とライネスの友情の証っていう事で頭二文字を取ったんだよな。それを癖でぽろっと言うなんてぇぇ! あぁ……バレたかなぁ? ばれたら、女装趣味あるんだぁ~~ってドン引きされちゃうよ。下手すりゃ、脅迫ネタにされちゃうよ!


「そう言えば、君――なんかレオと面影が似ているような……?」


 おいぃぃぃぃぃ!! めっちゃ感づいているんですけど! バレそうなんですけど!


「もしかして君―――――」


 あぁ……終わった。脅迫ネタ確定だよ。アーシェと付き合えること出来たんだし、死のうかな……。


「――レオの妹?」


 ――あれ、もしかして気付いていない? よし、このままそう言う設定にしておこう。俺に妹が居たという話はしていないと思うが……。


「そ、そーなの! 私、レオナ・ミロオって言うの! お、お兄ちゃんがいつもライネス君の事、ライって呼んでいたから……そのお兄ちゃんが言っていた呼び方で言っちゃったの……」


 自分でもドン引いてしまう程、妹キャラを演じてライネスを誤魔化した。


「ハスハス! レオナちゃんって言うのかッ! 改めて――俺はライネス・アーガリア! レオの唯一無二の友達だッ!! よろしくッ!」


 キラリーン……と、ナルシストレベルにキモイポーズを決めて自己紹介してきた。

 あぁ……頭は明晰だけど、性格が馬鹿のライネスで助かった。まったく……バレたかと思って肝が冷えたぞ。でもまあ、バレずに済んでよかった。


「ねえ、それよりも早くパーティー会場へ行きましょう。無事とはいえ、国王様と招待客が心配だわ」


 アーシェは心配そうな表情で、ライネスと俺に向けて言った。


 まあ、確かに……無事と伝えられても実感が湧かないよな。実際自分の目で確認した方が納得はする。


「――アーシェ様の言う通りですね。私も国王様と招待客が心配です。それに邪竜洗脳者はパーティー会場の方へ向かってる可能性があります」


 俺はアーシェの意見に賛成する事をライネスに伝えた。


「――――分かりました。アーシェ様の言う通り、パーティー会場の方へ行きましょう」


 すんなりとアーシェの話を受け入れた。そうだ……こいつ、性格はバカだけど判断力はいいんだよな。戦場での殲滅作戦でも、判断が委ねる指揮官の代理任務を何度かやっているのだ。


「ありがとう。それではパーティー会場の方へ行きましょう」


 こくりとアーシェの言葉に頷き、俺達四人は警戒心を持ちながらパーティー会場の方へ向かった。


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