Chapter Ⅷ 洗脳者討伐後とクリスマスパーティー前
裏路地を出て、王宮前大通りに戻った。血痕が残った衣装をちらほら見る人がいたが、鼻をすする仕草をしてごまかした。まあ、鼻血が出て服に付いちゃったって感じだろうと思わせるために。
(とりあえず、服屋へ戻ろう。ひったくられた物を返しておかないと)
そう考えた俺は、服屋へ急ぎ足で向かった。一刻も早く被害者に物を返さないといけないな……それに血塗れの姿でこれ以上歩いたら、じろじろと人目に付いて通報されてしまう。
※
――数分後。不特定多数の人に見られたけど、怪しい目で見られず服屋に戻ってきた。
「レーちゃん! ほっ……よかった。怪我は無い?」
「えぇ、大丈夫ですよ大家さん。あ、怪我をした女性は何処に?」
「隣部屋で寝ているよ。悪いけど、起こしてくれねぇかね? いつまでもここに置くわけにはいけねぇべさ」
なんて見捨てるような口ぶりを言い残して、コートの売り場の方へ向かった。そう言えば、まだ買っていなかったもんなぁ……。お気に入りのコートが無くて、似たようなコートを探してくれているんだっけ。俺にしっくりくるコートを。
「わかった」と相槌を打って、隣部屋へ向かった。
※
隣部屋に入ると、布団が敷かれていた。その布団に、ひったくられた際に怪我をした女性がぐっすりと眠っていた。
「ふぅ……おい、起きて!」
女性の体を軽く揺さぶった。そして呻き声を上げて目を覚ました。
「――あれ……?」
「よう――体の方は大丈夫か?」
「え、えぇ……あっ! あの……巾着袋は!?」
「あ、あぁ……」と言って、ゴソゴソとポケットから巾着袋を取り出した。
「あっ! ありがとうございます!」
巾着袋を彼女に返すと、巾着袋を両手に包んで胸に押し当てた。
「――その巾着袋、何か思いでも?」
ふと気になったので女性に質問する。
「えぇ……これはおばあちゃんが作った大切な巾着袋です。こうやって胸に当てるとおばあちゃんが居るような気がして――」
「へぇ……おばあちゃんが……。きっと、『あぁ……帰ってきた』って言っているでしょうね」
なんて、冗談交じりの事を言う。
「ふふふ……そうかもしれませんね」
女性は俺の冗談じみた事に対して微笑んでくれた。
「さて……怪我の方は大丈夫だし、家へ帰れるか?」
「あ、はい……」
「そう……家まで送るか?」
「いえ……大丈夫です! 巾着袋取り返してくれて、本当にありがとうございました!」
女性はぺこりと深い一礼をした後、ご丁寧に布団を畳んで端に寄せた。客間から出て服屋の店内へ通りすぎる。
「あっ……」と、大家さんと出くわした。
「あの……手当てしてくれてありがとうございます」
「いいって事ヨ。怪我している人がいたら助けるのが元看護士の性分ってやつよ」
「で、では……失礼いたしました」
ぺこぺことお礼をした後、女性は服屋を出て行った。
「……レーちゃん、なんか怖らせるような事でもしたのか?」
大家さんが俺の顔を眺めながら、そう質問してきた。
「なっ……んな事しているわけねーだろっ!」
な、なに言っているんだ……俺は怖らせるような事や言葉を発していないぞ! それとも、さっきの家へ帰れるかが駄目だったのか? それとも怖い形相で帰れるかって言ってしまったのか? えぇ……ナンデだ? ホワイッ!?
「あぁ……ナンデだ、なんでだぁ……ッ!?」
がッぁぁぁっ……と頭をぼりぼりと掻き始めた。一体なんでぇ……?
「けへへ……冗談」
なんて、悪戯気に笑う大家さんであった。この話が冗談だという事に気づいたのは、大家さんの発言から五分後の事だった。
※
数分後、冷静を取り戻した俺は大家さんと一緒に毛皮のコートを探し始めた。
「むぅ……しっくりこないなぁ……?」
いつも着ているコートと着比べると、軽いんだけど綿でゴワゴワするんだよね……。
「そうじゃなぁ……? これはどうかのぉ?」
大家さんの手に持ったコートを手に取り、早速試着する。
「――おっ、これ結構しっくりくるな」
お気に入りのコートと着比べるとほぼ同じだ。コートの着具合はよく軽いし、ゴワゴワは全く感じない。
「じゃあ、これ購入する」
「あいよ。まだ他のコート見ていくかい?」
「うーん……まあこのぐらいで十分かな? マネーねーし」
「そう――これで会計するぞよ」
「うん」と頷いて、大家さんと一緒に会計の方へ向かった。
「えっと……いつものやつ一着と、レヴィ製コート、ベトベ製コート各一着――」
パチパチと算盤の珠を素早く動かして計算する俺は算盤なんて使った事無いからよく分からないけど……算盤って計算できるの? ただ球をパチパチ動かしているだけじゃん。何の意味があるの? よく分からないんだが。
「はい、五千三〇メドルね」
早っ……もう計算終わったの!? まあ、三着しか買っていないからな。計算が楽に終わったんだろう。因みにメドルはこの国の共通通貨だ。昔、異種族と人種族の通貨表記が異なり、両種族の店で購入する際にトラブルが頻繁に起こった事から両種族でも使える共通通貨の『メドル』が誕生した。なんて、ふとレオから嫌味レベルで聞き流していたうんちくを脳内で語る俺であった。
「ゲッ……五千三〇メドルするん!?」
「これでも結構安い方だべさ。そこら辺の店じゃ、倍はかかるべ」
「うそぉ……? もう少し安くならねぇか?」
「安くしても、五千メドルきっかりまでだね」
「うげっ……きっかりなのかよ……!?」
クソぉ……コートだけで五千メドルぶっ飛ぶのは、安月給の俺に取ってすごい痛いなぁ……。でも、コートは一着しかないし――また身代わりにおじゃんにしちゃうからなぁ……。それに今年と来年の冬は寒いって言うし……コート無しは流石に凍死しちゃうよなぁ……。
「――分かった! 五千メドルで買おう!」
金欠になるけど仕方がない……コート代ケチってこの寒さを乗り越えるのは流石に無理だ。それなら、食費を削って寒さを乗り越えた方がマシだ。
「はいよ、五千メドルきっかりね」
ゴソゴソとポケットから財布を取り出し、千メドル五枚を抜き出して会計台に置いた。
「うぃ~~毎度ありぃ~~袋いるかい?」
「うん、いる」と言って、大家さんは紙袋にコートを丁寧に折りたたんで入れた。
「それじゃ、俺帰るな。体に気を付けろよ」
「なーに言っているんじゃ! 儂はこの通りピンピンじゃぞい!」
と言って、元気な素振りする大家さん。まあ、これだけピンピンしていれば百歳まではくたばらねぇだろ。
「そんじゃーな」と、後ろ向きで手を振って服屋を出た。
コートを買えた事だし、そろそろオルベアの鍛冶屋に戻ろう。ひったくり犯を追いかけたりアーシェに出会ったり……色々な事が起こって、一時間って言ったのに時間かかっちゃったからなぁ……。早く戻って、ペンダントを貰おう。
時間が掛かった以上これ以上遅らせるわけにはいかないと考えた俺は、急ぎ足でオルベアの鍛冶屋へ向かった。
※
「はぁ……はぁ……おおっす!」
全速力でオルベアの鍛冶屋に着き、玄関の引き戸を勢いよく開けた。
「おう、レオ。結構時間かかったじゃないか」
オルベアはガンガンと金槌で灼けた金属を打っていた。あいつ、こんな寒い中剣でも作っているのか? いつもなら寒い時の剣づくりは嫌だぁ~~って、布団にくるまって嘆いていたのに?
ガンガン……ガァン、ガァン……ガァン……。あぁ……鼓膜が破れてしまいそうにクソうるせぇ……この金属音ッ! 俺はこめかみをぴしりと浮き上がらせながら、耳栓をした。
「おーい! ペンダントの型枠、出来たのかぁぁぁッ!?」
「おおおおおおおおおっ!! 出来たぜぇぇぇぇぇッ!!」
金属音で聞こえないので、お互い大声で言い合う。
「でぇぇぇッ! 何処にあるんだぁぁぁぁッ!?」
「隣部屋の入り口に置いてあるからぁぁぁぁッ! 勝手に取って行けよぉぉぉぉッ!」
「わかったぁぁぁぁぁぁぁぁッ! ありがとよぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
ガァン……ガァン……ガァン……ッ! けたたましく響く金属音、何とかならないのか? 耳栓してもめっちゃ響くんですけど……。なんて、内心で愚痴を溢してオルベアが言っていた場所へ向かった。
(お、あった――)
隣部屋の入り口に、ペンダント化されたメダルが皿の上に置いてあった。早速、ペンダントのチェーンを手に持って、ペンダントの枠に溶接されたメダルを眺めた。
ほへぇ……ペンダントにするとメダルとは違う雰囲気があるな。なんというか……恋人から貰ったロザリオみたいにドキドキと心が躍っているような……。自分でも何言っているかよくわからなくなってきた。
(早速首にでもかけるか……)
早速出来立てのペンダントを首に引っ掛ける。こういう代物を付ける事無かったから鎖が首に触れるだけで、違和感あるな。まあ、違和感あるのは最初だけだ。そのうちに慣れる。そしてもう一度ペンダントを眺めた。アーシェの似顔絵メダルか……十歳の似顔絵と今の彼女の顔――見比べてみると顔つきとか髪型とか全然変わっていないよな。
ガァン…ガァン……ガァン……ガァン……ガァンッ!
しみじみとペンダントに刻まれたアーシェの似顔絵を眺めているところに、残響が鼓膜に残るほどの金属音でしみじみとした回想場面が台無しになんだが。
「おおおおぃぃぃっ! 俺ぇぇぇぇぇッ! そろそろぉぉぉぉッ! 帰るぞぉぉぉぉぉッ!!」
「ああああああっ! 分かったぁぁぁッ! 気ぃぃつけてぇぇぇぇぇ帰れぇぇェェェよぉぉぉッ!!」
普通の声音じゃ、金属音で聞こえないので大声でオルベアと会話する。
「ペンダントを入手した事だし、帰ってパーティーの支度でもしよう」
うるさい金属音から逃れるようにオルベアの鍛冶屋を離れ、宿舎へ戻った。
(そういえば、この招待券二人までオッケーだったよな……。ライでも誘うか……絶対に喜ぶだろうし)――なんて、思った。
(ムフフフ……)と、笑いながら今晩のパーティーを楽しみにしていた――
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